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「今日は出掛けないの?」

 昼食を食べ終わりしばらくすると、休日しかできないからと店の大掃除を始めた明美にならい棚の食器を磨き始めた。

 勢いよくモップを動かす明美に尋ねられ、一度手を止めた結子は視線をそっちに向けた。

「別に予定はありませんけど…………どうして?」

「最近はよく遊びに行ってるじゃない、瑞姫ちゃんと」

 確かに明美の言う通り休日は以前より外に出るようになったが、それも月1、2度程でそう頻繁ではない。

「思いっきり遊べるのも今だけなんだから、休みの日くらいここから離れなさい。せっかく女友達だってできたんだし」

 最近ようやく新太以外の友達と外で遊び始めた結子をもっと遊べと追いやる明美に、とりあえず笑って承諾した。


「新太は羨ましがってたけどね。悔しかったら自分からデートに誘えばいいのに、まったくいつまでも情けない」

「新太にはちょっと申し訳ないけど、女同士の楽しみなんで」

 結子が瑞姫と遊びに行くとわかるといつも自分も連れて行けと目で催促されるが、申し訳なくも気付かないふりをする。

 明美の言う通りそこは自分で瑞姫を誘うべきだと思うし、瑞姫も納得しないだろう。


「ここが終わったらちょっと買い物行ってきます。本屋にも行きたいし」

「新太がいないけど、どうする?」

 新太は今日、父親と共に知り合いの農作業の手伝いに出掛けているので車は出せない。

 田舎暮らしにもかかわらず、あいにく結子は車を所有していないし明美はペーパードライバーだ。

「大丈夫。荷物もどうせ少ないし、たまには運動がてら自転車漕いできますよ」

 ここから最短のスーパーは自転車で15分程度の距離だ。傍には本屋やホームセンターもあるのでだいたいの用事をそこで済ませることができる。

 私用の買い物程度なら、気分転換に自転車で行ってブラブラ見てまわるのも楽しいものだ。

 


 磨き終った食器をすべて棚に戻し綺麗に揃え終ると、明美に挨拶しその場を離れた。

 6月も半ばを過ぎた梅雨の中休み、陽気の良い暑い日がここしばらく続いている。

 今日も雲一つなく晴れ上がった空は半袖シャツ1枚でちょうど良い。

 薄手のカーディガンとトートバックを持ち、店の裏側にある車庫に向かった。

 隅に一台置かれている家の自転車を車庫から引っ張り出す。

 両手で引きながら家の脇を通り抜け表に歩いていくと、ちょうど同じタイミングで1台の車が店の駐車場にゆっくりと止まった。

 遠目に車を見つめ一度立ち止まった結子は、再び自転車を引き歩き出した。

 今日は店の定休日なのだが、おそらくはそれを知らない客だろう。

 そのまま車の傍まで近づいていくと、今だエンジンをかけたまま一向に中から出てこない様子に、しかたなく窓からそっと中を伺った。

 急に具合でも悪くなったのだろうか、運転席の人は今だ握るハンドルを覆うように顔を伏せてしまっている。

 とりあえず声を掛けようかしばし躊躇っていると、結子の気配に気付いたのか、ようやく伏せた顔を前に戻した。

 すぐに車の傍に立つ結子に気付いたその人は、意外にも見慣れた顔だった。

 窓に向かって軽くお辞儀をすると、車のドアが開かれた。


「こんにちは」

「こんにちは…………あの、大丈夫ですか? 具合でも悪くなりました?」

 休業日の今日なぜか店にやって来た凌はそのまま車を降りてくれたので、とりあえず体調を尋ねてみる。

 顔色を確かめても特にいつもと変わらないのだが、さっきは明らかに様子がおかしかった。

「いや、特に何でもないよ。これからどこかに?」

「はい、ちょっと買い物に。凌さんはもしかして新太と約束でもありました? 今出掛けてるんですけど」

 幸い特に具合が悪いわけではなかったらしい、笑みを浮かべた凌にとりあえず安心した。

 新太に用事でここまで来たのなら、申し訳ないがあいにく彼は今不在だ。

「ただ近くまで来たついでに寄っただけだから、約束はないよ。買い物は自転車で?」

「はい、そうです」

「付き合うよ、車で行こう」

「……え? いや、いいです! 大した距離じゃないんで」

 何を思ったのか凌が突然買い物に付き合うと申し出たので、驚いた結子はすぐさま全力で遠慮した。

 身振り手振り必死で遠慮したにもかかわらず凌はそのまま後部座席のドアを開けると、なんと自転車のカゴに入れておいた結子のバックとカーディガンを中の座席に勝手に置いてしまった。

 ポカンと呆気にとられてしまった結子に、再び凌は振り返った。

「迷惑じゃなければ一緒に、駄目かな?」

「いえ! 全然迷惑とかじゃなくて…………その、凌さんが」

「だったら決まりだ。自転車はどこに? 置いてくる」

 まるで結子の言葉を遮るように勝手に決定してしまった凌はさっそくとばかりに自転車を奪い取り、店の方向にさっさと向かって行ってしまった。


「……あ、あの、あの」

 一見さり気なくもかなり強引で素早い彼の行動にまったくついていけず、結子は意味のない言葉を呟きひたすら後を追いかけるしかなかった。  







「あそこのスーパーだと、隣に本屋もあるよね」

「はあ…………そうですね」


 何とも言葉巧みに、あれよあれよといつの間にか凌の車の助手席に乗せられてしまった結子だが、今だ自分の状況についていけず戸惑いながら言葉を返した。

 隣で運転する彼はいつもとまったく変わらないので、一体何を考えているのかよくわからない。

 とりあえず、彼は結子の買い物に付き合ってくれるらしい。


「ついでに帰りに寄っていこう。いい?」

「はい、それはもちろん」

 元々ついでに本屋に寄る予定だったのでちょうど良いのだが、車に乗せられた身分としては抵抗できるはずもなかった。



 スーパーまで自転車で15分程の距離も車では5分程で着いた。

 前の駐車場に車を止めると、ギクシャクしながらも共に歩き始めた。

 

「今日は何を?」

「ええと……調味料とお茶菓子と、後は文房具です」

 思い出しながら順に答えると、凌は誘導するように店の通路を歩き始めた。

 

 気を遣ってくれた彼が持つカゴに購入品を見つけては入れていく。

 幸い今日は買い物も少ないし、重いものじゃなくて本当に良かった。

 最後に文房具コーナーの棚に行きペンとノート数冊、ガムテープを選ぶとそのままレジに向かった。

 

 店に入ってすぐに気付いてはいたが、通りすがりの客が時々こっちを、正確には隣をチラチラと気にしている。

 瑞姫といる時も度々起こる現象だが特に気にしてはいなかったのに、なぜか今日は大変居た堪れない。

 隣にいるのが自分でごめんなさいと、さりげなく顔を横にずらした。

 


 なるべく顔を隠しながらの買い物は大変気疲れするものだった。

 凌は購入した買い物袋を車の後部座席に積むと、再び鍵を閉めた。

「すぐそこだから、歩いて行こう」

「はい」

 そうだった、とりあえず返事はしたものの実はうっかり忘れていた。

 すでに帰る気満々だった結子だがついでに本屋による用事を思い出し、内心がっくり項垂れた。

 もちろん表面には出さず、再び彼と並び歩き始めた。

 


 本屋に入ると即行勝手に動き出し適当に女性誌コーナー辺りをうろつき始めた結子だが、凌も他の棚を見ているらしく、しばしの安息にホッと息を吐いた。

 気を取り直してさりげなく隣の列の料理本コーナーに移動すると、じっくり棚の本を眺め始めた。

 店の常連客や毎日来てくれる凌のためにも、新しいメニューをそろそろ考案しなければならない。

 今日本屋に立ち寄る目的も、参考にする料理本の購入の為だった。

 いくつか気になる本を手に取りパラパラと眺めとりあえず気に入った一冊の購入を決めると、さっそくレジに持っていった。

 会計を済ませ辺りを見回しながら店内を歩いていると、結子にはまったく無縁の専門書コーナーの前に佇んでいる彼の後ろ姿を見つけた。

 しばらく離れて待っていようと背を向けた瞬間こっちに振り返られ、凌はすぐに近づいてきた。


「終わった?」

「はい、お待たせしました」

 実際待たせたのかわからないが軽くお辞儀をすると、再び視線を向けた。

「凌さんは終わりましたか?」

「うん、行こうか」

「はい」

 特に未練はなさそうだったので同意すると、入口に向かって歩き始めた。



 


「結子さん、まだ時間は大丈夫?」

「え?」

 入り口ドア手前で立ち止まり突然尋ねられ、すぐに背後を振り返った。


「良ければ、そこでお茶でも飲んでいこう」

 彼が指さした場所に視線を向けると、本屋の中に隣接されているコーヒー店だった。

 つまり彼はこの店に入り、これから結子とお茶を飲むつもりらしい。

 無意識に中の様子を遠目にのぞき込み、8割方女性客でほぼ満席状態の店内にすぐさま拒絶反応を示した結子は半歩ほどたじろいだ。

 冗談じゃない、残酷な視線の嵐に自ら突っ込んでいくほど自分は馬鹿じゃない。

 

「えっと……すみません。買い物したものがあるんで、早く帰らないと」

「生ものはなかったから、急ぐ必要はないはずだよ」

 即座に思いついた断り文句に即座にまっとうな意見で返されてしまい、一瞬ぐっと言葉を詰まらせた。


「……そうなんですけど、調味料がないとおばさんが困るんで」

 実際まったく困らない明美のせいにして大変申し訳ないが、この際逃げ切るためだ。

 今の結子は嘘も厭わない。


「だったら一度家に戻って荷物を届けよう。出直せばいい」

「……………………」

 わざわざ出直してまで、彼はなぜかどうしても結子とここでお茶を飲みたいらしい。


 結子の苦し紛れの言い訳をスパスパ切っていく彼に、これが最後とばかりに再び口を開いた。

「ごめんなさい。夕食は私も一緒に作るんで、今日はもう帰らないといけないんです」

 最初から下手な言い訳なんてせず、はっきり断ればよかったんだ。

 のらりくらりとやんわりかわしたばかりに、結局彼に嫌な思いをさせてしまった。


 頭を下げ最後の言い訳をすると、彼も今回は結子の言葉を受け入れてくれた。

「それじゃあ、帰ろうか」

「はい」

 店の入り口傍でしばらく佇んでいた2人は再び共に歩き出し、ようやく店を後にした。

 



 

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