(4)
偶然の再会以降、それから瑞姫と凌は毎週のように閉店後遊びに来てくれるようになった。
旧友同士積もる話もあるだろうに毎回強制参加させられてしまう結子だが、始めは遠慮しつつも皆と話せばすぐに楽しい時間になるのも毎回のことだった。
3人の中学時代の話で盛り上がっても、傍で聞いているだけの結子にいつも気を遣ってくれる瑞姫は本当に優しい女性だ。
端麗な容姿のなかでも意志の強さを物語っている二重の大きい彼女の目は一際華やかで、小さく形良い輪郭に艶やかなセミロングの黒髪がとてもよく似合っている。
長身のスレンダーでありながらしなやかそうな身体つきが、より一層彼女の美しさを引き立てている。
第一印象はどうしても派手な印象を受けるだろう彼女は、性格も竹を割ったようにさっぱりとしていて物事をはっきり言葉にする。
いつも気さくで遠慮なく話しかけてくれる瑞姫に、いつのまにか結子もすっかり打ち解けてしまった。
今ではメールやラインで互いに会話を楽しんだりと、この地に越してきて1年経て初めてできた女友達に、結子の毎日はさらに楽しいものになった。
一方の寡黙な凌だが、彼は聞き役に徹することもあり結子とは直接話す機会もきっかけもほとんどない。
凌にとって結子はおそらく邪魔者でしかない存在だろうが、彼はあまり感情を表面に出さないので実際にどう思われているのかわからないのが現状である。
複雑な立場の結子だが新太と瑞姫が自分の存在を喜んでくれるので、この際ずうずうしく開き直るしかないと諦めた。
強引に誘われるままに、皆との会話を毎週楽しんでいる。
「駅前のイルミネーションは見た?」
来週に迫ったクリスマスの話題になり、向かいに座る瑞姫が思い出したように尋ねてきた。
「ううんまだ。新太は?」
「一度車で通りかかった時チラッと見たくらい。すごいよね、あれ」
普段店から離れている中心市街地の大きな駅には用事がない限り滅多に行かないので、イルミネーションの存在も知らなかった。
毎年この季節になると綺麗に輝く電飾は通行人を大いに楽しませているらしい。
「瑞姫さんの会社は駅に近いから、毎日楽しめるんじゃない?」
「うん、クリスマスが終わってもしばらくは続けるらしいから結子さんも一度見に行ってみなよ。買い物ついでに」
駅周辺はファッションビルが立ち並ぶので、特に若者の姿が目立つ。
瑞姫も普段はその辺りで服などを購入しているらしいが結子はほとんど近場のショッピングモールで済ませているので、今まで行く機会がほとんどなかった。
「クリスマスっていえば、お前らどうすんの? 予定は?」
今年のクリスマスは平日なので、当然瑞姫と凌は仕事のはずだ。
この店も通常通りの営業なので新太と結子はいつもと変わらないし、特にお互い夜の予定もなかった。
「あいにくの独り身ですからね、家族とケーキ食べるくらいかな。凌は?」
「いや、特に何もない」
…………………………。
偶然にも揃って恋人のいない4人だが瑞姫と凌にクリスマス予定がないというのも、よく考えれば不思議な感じもする。
周りがよく放っておくものだ。
「だったらさ、その日もうちで集まればいいじゃん。料理は俺と結子で用意するし。結子いいよね?」
特に2人に予定がないとわかると、突然新太がはりきり始めイブに集まろうと提案した。
急に話を振られた結子は一瞬止まってしまったが、すぐさまハッと気づきうんうん頷いた。
「もちろん、瑞姫さんと凌さんがよければ是非うちで」
おそらくクリスマスに瑞姫を誘うきっかけが欲しかったのだろう、やけにはりきる新太の心情を察し、結子も協力しようと積極的に2人を誘った。
「残念だけど遠慮しとくわ。もしかしたら急に残業入るかもしれないしね」
当然喜んで承諾してくれるとばかり思っていた瑞姫にあっさり辞退されてしまい、新太と結子はいきなり出鼻をくじかれた。
「え、でも」
「そういうわけだから凌、あんたも当然不参加だからね」
「ちょっと、瑞姫」
「あ、やばいもうこんな時間だ! そろそろうちら帰るね、今日もごちそうさま」
食い下がろうとする新太の言葉をどんどん遮って勝手に話を終わらせてしまった瑞姫は、慌てたように立ち上がり帰宅の準備を始めてしまった。
思わずポカンと呆気にとられてしまった新太と結子を置いて、続いて立ち上がった凌と共にそのまま帰って行ってしまった。
「まったく情けないねぇ、もうちょっとうまく誘いなさいよ」
茶の間で落ち込み俯く新太を慰めていると、風呂から上がったばかりの明美がこっちに近付いてきた。
「……お母さん、得意の盗み聞きかよ」
ガバリと伏せた顔を上げた新太がギロリと明美を睨みつけた。
なぜかその場にいなかったはずの明美に事情が筒抜けなのだから、確かに得意の盗み聞きしか考えられない。
「失礼ねぇ、ちょっと下に降りたついでに聞こえちゃったんだから仕方ないじゃない」
「それを世間じゃ盗み聞きって言うんだよ!」
「素気無く断られたからって八つ当たりしないの。あんな中途半端な誘い方じゃ、瑞姫ちゃんが他を優先するのも当たり前じゃない」
……つまり、ご馳走ごときじゃ瑞姫は釣れないよって明美は言いたいのだろうか。
今一理解に苦しむ新太はとうとう頭を抱え、結子も首を大きく傾げた。
「まったく、あんた達は2人揃って色恋にはてんで疎いんだから…………そんなんじゃ孫の顔を見られるのも当分先になりそうだねぇ」
すでに孫を期待されているらしい新太だが、明美が見てもわかるように彼の恋は前途多難の様だ。
呆れ顔で呟いた明美は言うだけ言って、そのままさっさと寝室に行ってしまった。
「くそぉ……結局どうすりゃいいって言うんだよ」
「……新太ぁ、そんなに焦っても仕方ないよ。今回は諦めてまた次頑張ればいいじゃん」
瑞姫と再会してまだ日も浅いのだ。今日は素気無く断られてしまったが、別に新太の気持ちを悟られたわけでも振られたわけでもないのだから、焦らず次のチャンスを待った方がいい。
慰めながら助言すると、新太は諦めの息を漏らした。
「焦ってるのはわかってるよ。あいつ今はフリーだけど、いつどうなるかわかんないからさ……つい」
新太のどうしても先を急ぐ気持ちはよくわかる。
あの瑞姫のことだ、明日突然恋人ができてもおかしくない。
決してうかうかしてはいられない。この際玉砕覚悟でぶつかってみる必要もあるかもしれないが、意外に打たれ弱い新太のことだ、すっぱり振られでもしたらしばらく立ち直れないに違いない。
恋とは難しいものだと、悩む新太の姿に思わず結子もため息を漏らした。
結局今年のクリスマスイブはもちろん瑞姫と凌は店に来ることはなく、新太と結子は新太両親とともにケーキを食べる程度で慎ましく過ぎていった。
「あれ、今日はお前1人? 瑞姫は?」
いつも1台の車で連れ立って店に来る瑞姫と凌だが、今夜はなぜか瑞姫の姿は見当たらなく、新太がすかさず問いかけた。
「用事があって少し遅れるらしい。すぐ来るだろ」
「ふーん、そうなんだ」
そのまま席に腰を下ろした凌の言葉に、新太はほっと安堵を浮かべた。
相変わらず週一で店に遊びに来る瑞姫と凌だが、それでも新太にとっては足りないのだろう。
どうやら気落ちせずに済んだ新太に、同じく結子も隣でほっとしてしまった。
とりあえずいつものように有り合わせで用意した食事を3人で先に食べ始めると、しばらくして玄関引き戸が勢いよく開いた。
「ごめーん、遅くなった」
それでも思ったより早く現れた瑞姫の姿に、さっそく新太が椅子から立ち上がった。
「おかえり、瑞姫」
新太が嬉しそうに呼びかけると、一度立ち止まった瑞姫が訝しげに眉をひそめた。
「……ちょっと新太、おかえりとかやめてよ。大袈裟なんだから」
どうやら新太の呼びかけが気に入らなかったらしい、結子から見ればバレバレな新太の態度に相変わらず何も気付かない瑞姫は途端不機嫌になってしまった。
「遅かったね瑞姫さん、早く座って」
とりあえず気まずくなった場の空気を誤魔化そうと明るく声を掛けると、瑞姫もすぐに笑って椅子に腰を下ろした。
瑞姫に素気無くされ少しばかりしょぼくれてしまった新太に同情しつつ、遅くなった瑞姫に食事を勧めた。
「用事は終わったの?」
「うん、思ったより混んでなかったからね。意外に早く済んだよ」
「……どこ?」
瑞姫の話から今一場所が判断できず再び問いかけた。
「ごめん、言ってなかったよね。駅前ビルのチョコ売場だよ。帰るついでに寄って買って来たんだ」
「チョコ…………あ、そっか! もうすぐバレンタインかぁ」
チョコで思い出し、ようやく納得した。
瑞姫の用事はバレンタインチョコの購入だったらしい。
「結子さん、バレンタインは明後日だよ。気付くの遅すぎ」
さすがに驚いたらしい、瑞姫が呆れを交え結子を見やった。
「結子っていつもこうなんだよ。周りに教えられてようやく気付くんだから、鈍すぎだよね」
「もう新太、余計なことまで言わないでよ」
可笑しそうにからかい始めた新太を不満の表情で見つめる。
確かに事実なのだから否定できないのが情けない。
「でもさ、思い出したついでにいつもチョコ作って食べさせてくれるじゃん。去年は父さんにもくれたよね」
去年の新太と新太の父・高次にあげたチョコを思い出したらしい、新太も楽しそうに笑って話した。
「結子さん、お菓子も作れるんだ。すごいね」
「ううん、簡単なものしか作れないよ…………ええと、瑞姫さんは会社の人に?」
まさか新太以外の本命チョコではありませんようにと懇願を込めて、何気に探りを入れてみた。
おそらく隣の新太もただいま心臓バクバク状態のはずだ。
「うん、会社とあとは父親と弟の分」
「そっか、そうなんだ。それは買うのも大変だね」
幸いにも本命チョコは含まれていないらしい、とりあえずホッとし隣にチラリと視線を向けると、新太も明らかに安堵の表情だ。
「だったらさ、ついでに俺にもちょうだい。だめ?」
安心したついでに勢いに乗ってしまったらしい、大胆にも新太がさりげなく瑞姫にチョコを催促した。
勇気ある発言に結子もドキドキものだが、突然チョコを催促された瑞姫は一瞬きょとんと放心してしまった。
「……ちょっと新太、ふざけないでよね。今だけでも大変なのに友達にあげる余裕なんてあるわけないじゃん。凌にだってあげたことないのに」
今度はプリプリ怒り出した瑞姫の容赦ない態度に、おそらく隣の新太はひどく気落ちしてしまっただろう。あまりに可哀想でもはや視線も向けられなかった。
どうやら瑞姫は結子の想像以上に鈍感者らしい。
案の定元気を失くしてしまった新太を精一杯励まそうと、バレンタイン当日結子は精一杯の愛情を込めていつものガトーショコラを焼き、昨年同様に新太の父の分も含めプレゼントした。
当然その日瑞姫からのチョコはなく、大きなガトーショコラを家族4人でかいフォークでつつきあい、バレンタインは慎ましく過ぎていった。
その間、情けない情けないとブツブツ繰り返す明美は、どうやらまたこっそり階段で息子達の会話を得意の盗み聞きしていたらしい。
余計に落ち込んでしまった新太に、結子はまたさらに深く同情してしまった。