(4)
「……何?」
ソファに座る凌の隣に腰を下ろした結子は、静かに彼の前に差し出した。
凌は怪訝な表情を浮かべると、一度結子に視線を向けた。
「誕生日プレゼントです、凌さんに」
「昨日もらったけど……」
「あれは没収しました。これは今日新しく買ったものです」
結子の手にあるそれは、中休みに店を抜け出し新たに購入したものだ。
「私が1人で選んだものなんで、凌さんに気に入ってもらえるかわかりません。でも、これは凌さんのことだけ考えて選びました」
結子は笑顔を浮かべ、はっきりと自分の気持ちを凌に伝えた。
ただ結子をじっと見つめていた凌は、ようやく結子の手元に視線を向けた。
「パジャマ……」
無事結子の手から受け取ってくれた凌はそのまま梱包を開くと、ボソリと呟いた。
結子が選んだプレゼントは、近所のショッピングセンターで見つけた夏用のパジャマだ。
「2つ」
「はい……お揃いです」
パジャマの下にもう1つ重なっていた色違いのパジャマは凌のものとお揃いで、結子のものだ。
恥ずかしいが一緒に梱包してもらい、一緒に渡してしまった。
2つのパジャマを見つめたままの凌に、結子はそっと手を伸ばし彼の手を握りしめた。
「私は鈍感です…………凌さんの気持ちに気付くことなんてできません。新太に怒られて、ようやく気付くことができた大馬鹿者です。これからもきっとわかりません」
「………………」
「凌さんに教えてもらえないと何も気付けません。教えてくれますか? 全部教えてほしいんです」
正直な自分の気持ちを告白し、彼の気持ちを知りたいと素直にお願いした。
結子の手からそっと離れた凌は、そのまま結子のお腹をぎゅっと抱きしめた。
「……結子さん、パジャマありがとう」
「いいえ」
「もう二度とデパートに行かないで」
「はい」
「名刺なんてもらわないで、絶対触れないで」
「はい」
「俺のことを見て、俺だけ考えて」
「はい」
「客とは話さないで、目も合わさないで」
「それは…………無理です」
「ラッキー、ブランド物じゃん」
店の客席でガサガサと乱雑に梱包を剥がした新太は中身を両手で広げ、思わぬ収穫を笑顔で喜んだ。
結局凌から没収した前の誕生日プレゼントは、今回大変お世話になった新太に感謝のお礼としてプレゼントした。
「良かったじゃん、無事仲直りできて」
「うん……ありがとう新太」
友人の気持ちをちゃんと理解していた新太のおかげで凌とのわだかまりも解け、改めて互いの思いを見つめ直すことができた。
「でも新太、よく気付いたよね。デパートの樫本さんだって」
今回、事の発端となった常連客の樫本の存在だが、凌が樫本を気にしていることによく気付けたものだ。
自分と同等に鈍感だと思い込んでいた新太が意外にも察しが良かったことに、結子も今改めて感心した。
「ああ、そのこと? だって瑞姫から聞いてたし。常連客の樫本さんは結子に下心で近づく要注意人物だって」
そういえばすっかり忘れていたが、瑞姫は樫本のことを無銭飲食を企む詐欺人物だとひどく怪しんでいたのだった。
下心は下心でも、瑞姫の忠告に新太は別の意味で勘違いしたらしい。
「そういえば、樫本さんって最近来ないよね…………どうしたんだろ」
今まで週二日は必ず店を訪れていた樫本だが、ここ2週間程ぱったり姿を現さない。
今頃になってようやく気付いた結子は不思議に思い首を傾げた。
「そんなの決まってるじゃん。あいつだよ、あいつ」
「……え?」
「あいつが排除したに決まってるじゃん。おそらく結子がデパートに行ったことを知った翌日にでもデパートに乗り込んで、妻がお世話になりましたとか何とか言って穏便に樫本さんに釘を刺したんでしょ。それでもあいつ、よく我慢した方だよね。結子が名刺もらった時点で即行動するかと思ってたけど」
「……そういえば新太、何で凌さんが樫本さんの名刺に気付いたこと知ってたの? 私なんにも話してないのに」
結子が樫本の名刺を落としたせいで凌に樫本の存在を知られたわけだが、この前確かに新太は結子が話す以前にそのことを知っていたはずだ。
「そんなの当たり前じゃん。結子が樫本さんに名刺もらったことをあいつにリークしたのは俺なんだから」
「…………………」
「あいつは心配性だからね…………結子の周りに近付く輩が現れたら即行教えろって無理やり脅してくるんだもん。でも良かったよね、俺のおかげで無事樫本さんはいなくなったんだからさ」
得意げに笑い自分の活躍をベラベラ暴露し始めた新太を見つめた結子は、静かにその場から立ち上がった。
「あ! 結子何すんの!?」
「没収」
結子と凌のわだかまり問題の発端が樫本ではなく自分であったことに今だまったく気付いていない新太が、結子から貰ったブランドシャツを結局着ることが叶わなかったのは至極当然の話だ。




