(4)
(ある日の某母娘+弟、ちょこっと父の会話を抜粋 ※本編15話参照)
「お帰り………………きゃああああ般若!」
たった今帰宅した娘を笑顔で迎え入れたはずなのに、突然リビングに現れたのは不幸にも般若だった。
よくよく老眼を凝らしてみれば般若そっくりの実娘だったことにようやく気付き、ほう……と胸を撫で下ろした。
「どうしたの? そんなに怖ろしい顔して」
ドカリと勢いよくソファに腰を下ろした今だ般若顔娘に若干脅えつつ事情を尋ねると、娘は鼻息荒く口を開いた。
「がっかりだよがっかり! あれじゃ純粋無垢な結子さんが隠れ小悪魔女子に変貌するのも無理ないよ!」
「隠れ小悪魔女子…………ああ、確かこのまえ会話した結子さんの恋の駆け引き事情のことね?」
とりあえずここで前話の会話内容をざっと大雑把に振り返ってみよう。
旧友との10年振りの再会で恋に目覚めた娘の幼馴染の彼は、ライバルの彼女に意図的に近付き2人の恋路を邪魔するはずが、彼女に逆手をとられ恋の駆け引きの当て馬に利用されるという何ともおマヌケな結果となった話だ。
今回(裏)恋模様最終回にしてとうとうおマヌケ幼馴染からライバル隠れ小悪魔女子に完全主役の座を明け渡されたらしい。
「まったく、新太があそこまで鈍感な奴だとは思ってなかったよ…………あいつ、今月末の花火大会に結子さんと行くらしい」
「あらまあ! それは良かった。素敵じゃない」
苦難の末とうとうデートに漕ぎつけたらしい2人に、母は我が身の事のように喜んだ。
「全然良くないよ! あいつ折角の結子さんとの花火デートなのに、なんと私まで一緒に連れて行くって言い出したんだよ!?」
「まあ! 新太君があなたまで?」
「しかも、隣に座る結子さんの前で堂々と私のこと誘うんだよ? 結子さん慌ててアイコンタクトで新太を止めたんだけど、あいつそれでもお構いなしで絶対結子さんと私と3人で花火に行くんだって、逆にアイコンタクトで結子さんを怒り出してさ」
「新太君が絶対あなたと3人で……」
「それでなくてもあいつ、照れ隠しに隣の結子さんじゃなくいつも私ばっかり嬉しそうに見つめてくるし、バレンタインの時なんて、結子さんに遠回しにチョコを催促するために私にチョコちょうだいなんて言い始めるんだよ? あれじゃ不安になった結子さんが新太の気持ちを試したくなるのも無理ないよ」
「……あら、ママひょっとすると勘違いしてたのかしら。新太君ってもしかして…………」
すごいぞ年の功、超鈍感なのに娘に向けられた恋愛感情を娘より先に機敏に察知したようだ。
いつものように真実に気付きかけた母が言葉を続ける前に、娘の隣からハア……と大きなため息が零れた。
「まったくこれだから超鈍感母娘は………………失恋だよ、失恋。凌さんは失恋したんだよ」
暇つぶしに外を散歩していて偶然物置から発掘してきた父が中学時代に1日はまったギターを暇つぶしにテーブルでいじくりまわしていた弟が、なぜか突然ここにきて当て馬にされ(裏)恋模様の主役をマヌケに降板させられた幼馴染の彼を無理やり食いこませてきた。
「しつれん……? しつれん…………しつ……れん…………室……練…………は! 室内練習!」
「もしかして凌君、今月末の花火大会に向けてこっそり太鼓の室内練習してたんじゃない?」
「失恋とは恋する相手への気持ちが成就しないこと。つまり、凌さんは今日とうとう完全振られたんだよ」
しつれんを無理やりしつとれんに分け、しまいには今日話題の花火大会に強引にこじつけてきた母娘にほとほと呆れつつ、弟は再び口を開いた。
「新太さんが結子さんと2人で行くはずの花火大会にあえて姉貴を含めて3人でと強調するのも、凌さんの隣に座る姉貴ばかりを見つめるのも、すべては凌さんを完全無視するため。つまり新太さんはすでに凌さんの気持ちに気付いていて、態度で気持ちには応えられないことを伝えてるんだよ」
確かにその場にいなかったはずなのに姉の友人3人の想いすべてを悟っているとんでもない洞察力の弟に、母娘は白目縦線で驚愕した。
「じゃあ、やっぱり新太君が好きなのは……」
「……そういえば凌、帰りの車で明らかに挙動がおかしかった。いつも安全運転なのに制限速度若干オーバー気味だったし、私を家に降ろすと猛スピードで走り去っていったし…………あれって失恋したせいで早く家でひとり感傷に浸りたかったってこと?」
「姉貴、すでに失うものがない今の凌さんは要注意だよ。花火デートを楽しむ新太さんと結子さんの後つけ回して、逆恨みして会場内で結子さんに危害を加えるつもりかもしれない」
神妙な面持ちで忠告する弟にハッと反応した姉は、きゅっと硬く表情を引き締めた。
「あいつにそんなことはさせない…………結子さんの身の安全は私が守ってみせる」
「こうなったら家族総出で凌君の犯罪を未然に食い止めましょう!」
互いの目を合わせた母娘は強く頷き合い、2人の健やかな未来を守るため花火大会当日会場内での彼を動向を徹底的に監視し、家族一丸となって戦うことを固く誓った。
母娘の様子を傍で見つめた弟は、ここ最近の母の察しの良さには内心とにかく冷や冷やさせられた。
とりあえずその場しのぎで彼への誤解継続をなんとか維持できたが、今頃彼は無事彼女を花火に誘っていることだろう。
大のお気に入りである彼女をこのまますんなり彼に奪われるなんてやはり全然面白くない。
自分の暇つぶし材料にされたばかりに犯罪者一歩手前まで仕立て上げられた彼だが、これからも家族総出で2人の恋路を邪魔することにしつつ、再び1人ギターをいじくりまわし始めた。
「おーい、たまにはパパも仲間に入れてくれよ……」




