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瑞姫と凌が再び店にやって来たのはそれから5日後、閉店後の夜8時前の頃だった。
「へえ……じゃあ結子さんとはクラスも部活も一緒だったんだ」
今夜は4人で話そうと誘われるままに、厨房で新太と準備した食事を共にする事にした。
魚の煮付けに惣菜数種、漬物など有り合わせのおかずは今日客に提供した残りだが、向かいに座る瑞姫も凌も以前と同じく美味しそうに箸をつけてくれている。
「昔から料理好きだったけど、まさか調理部に入るなんてね…………結子さん、こいつちょっと変わってるでしょ?」
「確かに男子は新太1人だけだったんで最初は戸惑いましたけど、私よりずっと馴染むのは早かったんですよ。料理も上手だったし」
結子の知らない中学時代の新太が吹奏楽部に所属していたことは以前から知っていた。
当時料理は家で作る程度で、休日になると遊びに来る瑞姫と凌相手に腕を振るっていたんだそうだ。
「結子だって上手だったよ。煮付けは今だに結子には敵わないもん。こいつは絶対将来俺のパートナーになる奴だって確信して、散々追いかけ回したんだよね」
「うん、散々追いかけ回された。新太本当にしつこいんだもん」
高校時代常に自分の周りにひっついている新太を思い出し、おかしくなって思わず笑ってしまった。
「結子さんも災難だよねぇ、この新太に目つけられちゃうなんて」
「でもそのおかげでこうして無事働かせてもらってますから、すごく感謝してるんです」
瑞姫に呆れ交りに同情されたが今こうして毎日楽しく働けるのだから、しつこく追いかけ回してくれた当時の新太に今更感謝だ。
「結子、こいつら同い年なんだし敬語はなしだよ」
「そうそう、結子さんもうちょっと気軽に話してよ」
それでもずいぶん砕けはしたものの今だ敬語が抜けない結子に不満だったらしい、新太と瑞姫に指摘され、結子は思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「じゃあ……はい、気を付けます」
「全然気を付けてないじゃん」
言ったそばから敬語が抜けない結子を、隣りの新太が笑いながら突っ込んだ。
話題がいつの間にか自分に集中してしまい申し訳なく感じたが、幸い瑞姫も楽しそうに笑ってくれている。
一方の凌はというと元から寡黙な性格なのかもしれない、結子の話に入ってからは聞き役に徹しているが、特に退屈している様子はないのでとりあえず安心した。
「ええと……2人はずっと一緒なの?」
自分の話題からそらそうと勇気を持って敬語を取り払い、向かいの2人に質問してみた。
「もともと私と凌は家が近所で幼稚園からの付き合いなんだよ。しかも大学までずっと一緒の腐れ縁」
「へえ! それはすごい」
まさかそれほど長い付き合いとは思っておらず、思わず驚きの声を上げた。
今は働き出し仕事は別々だがおよそ20年という年月、人生の大半を共に過ごしてきたということだ。
「……ねえ結子さん、もしかして誤解してない? うちらただの友達だからね」
おそらく今まで散々誤解されてきたのだろう、ただただ感心する結子に瑞姫はあえて念を押してきた。
確かに初対面では完全恋人同士だと勘違いしたのは事実だ。
「……なに、お前ら今まで一度も付き合ってないの?」
結子に代わって隣の新太が怪訝の表情を浮かべ問いかけた。
何も聞いていなかったのか、新太も今日の今まで2人の事を何かしら誤解していたらしい。
「ちょっと! 新太までやめてよ」
「……お前、ふざけるのも大概にしろ」
まさか新太にまで勘違いされているとは思ってなかったらしい。
瑞姫と凌が揃って仲良く怒り始めた。
2人に責められた新太は一瞬たじろいだが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「なんだ、そっか…………そうなんだ。ごめん」
謝りながらも明らかに安堵した新太の様子を隣で感じ取った結子は、さりげなく新太に視線を向けた。
なんだ、そういうことか…………。
いくら色恋には鈍感な結子でも気が付いてしまうほど、新太の態度はバレバレだ。
鈍感な結子にさえバレバレなのだから、当の瑞姫にだって当然気付かれているだろう。
今度はさりげなく向かいの瑞姫の様子を伺うと、彼女は今だプリプリと怒っている。
……どうやら瑞姫の鈍感具合は結子より上手だったらしい、新太もこれから相当苦労しそうだ。
苦労しそうだが、新太に訪れたらしい新たな恋の予感に結子も嬉しくなり内心笑みを浮かべた。
その夜は明るい新太と快活な性格の瑞姫のおかげで場は大いに盛り上がり、結子も久しぶりに声を上げ笑ってしまうほど楽しい一時を過ごした。
瑞姫と凌に対しずっと感じていた気後れも、笑っている内にすっかり消え去ってしまった。
結局11時過ぎるまで何だかんだと話は尽きず、今度また話そうと約束し2人は帰って行った。
「バレた……?」
厨房で食事の後片付けをしていた結子を隣の新太が窺うように覗き込んできた。
一瞬何の事かとキョトンとしてしまった結子もすぐに思いつき、笑って頷いた。
「新太、バレバレなんだもん」
まさか新太自ら白状してくるなんて思ってなかったが、昔から結子には隠し事できないのが素直な新太の良いところだ。
結子の言葉に、新太はガックリと肩を落とし項垂れてしまった。
「あいつにもバレたかな……」
「大丈夫だと思うよ。まだ気付いてないみたいだった」
「え、本当!?」
「多分ね」
瑞姫に自分の気持ちを気付かれたかと心配だったのだろう、結子の返答を聞くとすぐさま安心したように喜び始めた。
「もしかしてずっと好きだった?」
おそらく昨日今日のことではないに違いない、新太の態度に想いの深さを感じ取り、そうだろうと聞いてみる。
「まあ……結果的にそうなんだろうな。あいつ以上に好きになれる相手は結局見つからなかったから」
ここ数年浮いた話は聞かないが以前新太には彼女がいたし、これまで2度交際経験があったはずだ。
結局当時の彼女達とは別れる結果となってしまったが、もしかしたら原因も瑞姫とまったく無関係ではないのかもしれない。
「さすがに女々しいよな……こんな自分が嫌になる」
大きなため息を漏らし落ち込んでしまったので、慰めるように肩をポンポン叩いた。
「女々しくなんかないよ。新太に好きな人ができて私も嬉しかったもん」
偶然にもようやく本気の恋に再び巡り会えた新太に結子も嬉しいし、諦めず頑張ってほしい。
新太だって逆の立場になれば同じように思ってくれるはずだ。
「……結子にそう言われちゃ、俺も頑張るしかないよなぁ」
「そうだよ、せっかくまた瑞姫さんに会えたんだから…………でも良かったよね、あの2人付き合ってなくて」
おそらくずっと懸念していたのだろう、今日解けた誤解に新太と同じく結子も安心した。
新太のライバルが友人の凌だったらかなり複雑な心境だったろうし、幸いにも瑞姫は今フリーらしい。
新太にも十分チャンスはあるということだ。
「俺が引っ越した時あいつらと別れるのは確かに辛かったんだけど、実は離れられてホッとしたのも本音なんだよね…………あいつら、そのうち絶対付き合うと思ってたから」
当時の自分を思い出したのかしんみりと語る新太は、おそらく二重の意味で辛い心境だったらしい。
好きな人が友人と付き合う姿を傍で見守るのは、確かに耐えられないかもしれない。
それほど新太は本気で瑞姫を好きだったのだろう。
それに、新太が誤解してしまうのも無理はない。
美男美女のあの2人が並べば当然お似合いだし、新太が尻込みしてしまう気持ちも痛いほどわかる。
それでも新太はそんな瑞姫に対し前に進もうと決心したのだから、結子もそんな彼を精一杯応援してあげたかった。
「一週間後が待ち遠しいね」
一週間後、また遊びに来ると2人は約束してくれた。
さっき別れたばかりだが早く好きな人に会いたいだろうと笑った結子に、新太も素直に頷きで答えた。