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「凌さん、すっきり片付きましたね」

 空になったダンボールを畳み終えると、綺麗に収納された部屋の中を見渡し満足感に息を吐いた。

 昨日越してきた新居だが元々互いの物もそう多くなかったせいか、今日午後一ですべて片付いた。


「お疲れ、結子さん…………あれ、これは何?」

 傍に近寄った凌が結子の隣に今だ残ったままのどでかいダンボールに気付き、さっそく手を伸ばした。

「……あ! これは大丈夫なんで、はい」

 さっさとクローゼット奥に隠さずいつまでも手元に置いておいたせいで、すかさず見つかってしまった。

 凌が触れる前にさっと後ろに隠す。

 結子の毎日絶対に欠かせないこれだけは凌には決して知られたくない。

 明らかにわざとらしい結子の態度にも、凌は特に気にすることなくあっさり手を引いてくれたので、ホッと安堵する。

「結子さん、クローゼットの奥にしまうのは俺がやるから。漫画は意外に重いからね」

 いつの間にか結子の毎日絶対欠かせない趣味をちゃんと理解してくれていた凌に優しく微笑まれた。



「お茶でも入れましょうか」

 無事恥を忍んで重い漫画も収納してもらい、一休みしようとキッチンに向かう。


「コーヒーと緑茶、どっちにします?」

「うん……その前に」

 後から付いてきた凌に振り向くと、凌は笑みを浮かべ両手を前に広げた。

 すぐさま頬をぽっと赤く染めた結子は、おずおずと彼の胸に抱きついた。


「やっと二人きりだ……」

 胸の中の結子を思う存分ぎゅっと抱きしめ、感慨深く息を吐く。

 ここ最近とにかくバタバタと慌ただしく、こうして2人で過ごせる時間がほとんど持てなかった。

 それでもこれからはずっと一緒にいられる。

 凌の胸に顔を埋め、結子の心も喜びに満ち溢れた。


「お茶入れなきゃ」

「いいから」

 お茶を入れにキッチンへ来たのにいつまでもここで抱き合っているのも照れくさく身体を押し離すと、すぐさま止められ両手で頬を包まれる。 

 凌が嬉しそうに顔を近づけてきたので、結子もそっと目を閉じた。





ピンポ―――ン…………



 突然玄関チャイムが鳴り響き、寸前で止められた互いの唇を慌てて引き離す。

「誰か来たみたいですね」

「いいから、放っておこう」

「何言ってるんですか、駄目ですよ」

 不機嫌を露わにする凌を咎め、足早に玄関に向かった。


 




「お義父さん、お義母さん……」


 突然家に現れたのは凌のご両親だった。

 ついさっきお2人の息子とキス寸前だった結子は気まずさとやましさにオロオロと1人慌て始めた。

 

「はぁーい結子ちゃん、さっそく遊びに来ちゃった。アハハ」

「済まないねぇ、忙しいところ押しかけてしまって……」

 とっても軽い義母とどんより気を遣う義父は常に行動を共にしている仲良しご夫婦だ。


「わざわざここまですみません。どうぞ中へ」

「お邪魔しまぁーす」

「済まないねぇ、じゃあほんの少しだけ……」

 急いで家の中へ促すと、足取り軽く廊下を駆けていく義母に足取り重くひどく遠慮がちに義父も続く。


 


「一体何しに来たんだ」

 せっかくの両親の突然の訪問に不機嫌息子はさらに不機嫌になった。   

 さっそくソファに手足伸び伸び寛ぐ義母と部屋の隅っこに小さく座る義父を交互に見やり、怒りを露わにした。

「凌君、そんなにカリカリしないの。アハハ」

「済まないねぇ、済まないねぇ」

「いいから、とりあえず今日はもう帰ってくれ」

 両親が来た早々帰宅を促す凌を慌てて止める。

「凌さん、そんなこと言っては駄目です。お義父さんお義母さん、どうぞごゆっくりしていってください」

「結子さん!」

「やったぁ! じゃあ今日はここに泊まっちゃおうかしら。結子ちゃん、一緒におやつ作りましょ」

 ソファに軽く飛び跳ね喜んだ義母はそのまま結子の手を引っ張り、足取り軽くキッチンに向かった。

 

「済まないねぇ、済まないねぇ」

 新婚早々あっという間に結子を実母に横取りされた凌はがっくり床に座り込み、義父はひどく申し訳なさそうに慰めた。



 凌からプロポーズを受け1か月後、身内とごく親しいものだけで挙式と簡単な食事会というささやかな結婚式を済ませ、2人は晴れて夫婦となった。

 その後休む暇もなく、バタバタと慌ただしく新居のマンションへ越してきた。

 今日突然訪れた凌の両親とはプロポーズ後すぐに挨拶に出向いたのだが、一か月後に式を挙げると宣言した無謀な息子に義母は軽く飛び跳ね喜び、義父にはただひたすら謝られた。

 幸い結子も気に入ってもらえたようで、今日もこうして引っ越し直後さっそく遊びに来てくれたらしい。

 

「結子ちゃんは私の可愛いお嫁さん、アハハ」

「あはは……」

 とっても軽い義母に同調し笑いながら、2人で楽しくクッキーを作った。

 

 結局義母の今日はここに泊まる発言は軽い冗談だったらしく、皆で一緒にクッキーとお茶を楽しむと夕方2人は仲良く手を繋いで帰って行った。




「相変わらず仲良しご夫婦ですね」 

 微笑ましくご両親を見送ると、今だ項垂れた凌はうんざりと息を吐いた。

「……ごめん結子さん、騒がしくて」

 凌とはまったく性格の異なるあの軽い義母には、彼も今まで何かと苦労させられたのかもしれない。

「優しいご両親じゃないですか。私も楽しかったですよ」

「結子さん……」

 テーブルの食器を片づけながら明るく慰めると、ようやく顔を上げた凌は結子の手をぎゅっと握りしめた。

「凌さん、片付けが」

「いいから」

 そのままぐっと引き寄せられ、凌と間近で顔を合わせる。


「結子さん、ようやく二人きりだ……」

「……はい、凌さん」

 嬉しそうに見つめる凌が近づくと、結子もそっと目を閉じた。






ピンポ―――ンピンポ―――ン…………




 突然玄関チャイムが鳴り響き、寸前で止められた互いの唇を慌てて引き離す。

「また誰か来たみたいですね」

「駄目だ、無視だ」

「何言ってるんですか、駄目ですよ」

 結子の手をひっぱり引き止める凌を咎めると、無理やり振り払い足早に玄関に向かった。




「新太、お母さん……」

 

 新たに突然家に現れたのは新太と明美親子だった。

 

「やっほー結子、さっそく遊びに来たよ」

「結子ちゃん、片付けはもう済んだかい?」

 結子と凌の新居は目と鼻の先すぐご近所にもかかわらず、2人は引っ越し直後さっそくやってきた。


「いらっしゃい、どうぞ中へ」

「へえ! 綺麗じゃん」

「あらまあすっかり片付いちゃって」

 急いで中へ促すと、すぐさま2人はズカズカ遠慮なく部屋へ進んでいった。

 


 

「おばさん、わざわざすみません」

 新太はともかく明美を無下にできるはずもなく、さっきまで駄々をこねていた凌もちゃんと大人の笑顔で迎え入れた。

「ごめんねぇ凌君、急に来て。なんせ結子ちゃんが突然いなくなっちゃったでしょ? 私も心配でねぇ」

「お母さん、結子がいないから寂しくて昨日からずっとメソメソしちゃってさぁ」

「なによ、あんただって昨日はずっと茶の間の隅で体育座りだったじゃない」

「……お母さん……新太……」

 これからも毎日店で一緒に働くことは変わらないのに嫁に行ってしまった結子を嘆く2人の思いに、結子はじんと涙が込み上げた。

「お母さん、新太、せっかく来てくれたんだから夕食もうちで食べていってくださいね」

「結子さん、おじさんが1人家で待ってるんだから無理は言わない方がいいんじゃないかな」

「安心して凌君、うちのお父さん今夜は会合でいないから。結子ちゃん、一緒にごはん作ろう」

「はい、お母さん」

 明美に手を取られ笑顔で頷いた結子は、仲良く一緒にキッチンへ向かった。



「どうしたのお前、新婚早々急に落ち込んで。何かあった?」

 いきなりがっくり床に座り込んでしまった凌に、傍に近寄った新太はオロオロと心配そうにのぞきこんだ。



 明美と一緒に作った夕食を皆で食べわいわい楽しく盛り上がると、いつの間にか時刻は8時過ぎ、明美と新太は惜しみながらも家に帰って行った。




「……お母さん……新太……」

 突然の親子の来訪ですっかりホームシックになってしまった結子がテーブルに顔を埋めていると、そっと背後から凌に抱き包まれた。

「結子さん、そんなに悲しまないで。これからは俺がずっと傍にいるから」

「凌さん……」

 つい寂しさに凌の事を考えず嘆いてしまった自分を反省した結子は、彼に抱きしめられようやく元気を取り戻した。

「凌さん、私はもう大丈夫です。片付けを」

「いいから」

 テーブルの片づけをしようと立ち上がろうとする結子を押さえ、再びぎゅっと強く抱きしめた。

 

「結子さん、ようやくやっと二人きりだ……」

「はい……凌さん」

 ようやく生まれた実感に結子と凌は喜びにじっと見つめ合うと、そっと顔を近づけ合った。





 

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポピンポンピンポン…………




「……またまた誰か来たようですね」

「絶対駄目だ、どうせろくでもない」

「何言ってるんですか、駄目ですよ」

「やめろ、結子さん出るな」

「ちょっと凌さん、行かせてください」

「無理だ、行かせない」

「やめて、凌さん離して」

「嫌だ、絶対離さない」

「いや、凌さん苦しい」

「結子さん、死んでも離さない」

 





「……凌、あんた結子さんに何やってんの?」

「凌さん、最低……」



 すでに鍵の開いていた玄関から勝手に入ってきた瑞姫・吉隆姉弟は、床に伏せ苦しむ結子の足にヘビのようにからみつく凌の姿を軽蔑の眼差しで見下ろした。









 

「凌さん、そろそろ機嫌直してくださいよ」


 夜11時過ぎ、瑞姫・吉隆姉弟が無事帰りようやく家に静けさが戻ると、すっかりふて腐れ子供のようにベットに潜り込んでしまった凌に囁いた。

 結子のご機嫌取りにも反応しない様子に、諦めの息を吐く。


 

「凌さん、寂しいです…………抱きしめてください」


 即行ガバリと毛布から飛び出した凌に、照れながらもニッコリ微笑む。


「結子さん……」


 手を伸ばし、愛おしげに結子の身体をぎゅっと抱きしめる。

 凌の温もりに包まれ、結子も愛おしい身体を優しく抱きしめた。




「凌さん、愛してます」


「俺はもっと結子さんを愛してる」





 

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