(2)
「紹介するね結子、俺の中学時代の友達で佐野瑞姫と神路凌」
「初めまして、よろしく」
向かいの瑞姫が笑顔で握手を求めてくれたので、慌てて差し出された手を握り返す。
「初めまして、新田結子です。えーと……」
「結子は高校からずっと一緒なんだ。今じゃ仕事仲間でもあるんだけど、ね?」
「うん」
結子が自己紹介を戸惑ってしまうと、隣の新太が笑って助け舟を出してくれた。
どうにもぎこちなくなってしまうのは、やはり緊張しているせいだ。
向かいに並ぶ瑞姫と凌を相手に、結子は視線さえまともに向けられなかった。
「本当はこのまま話したいのも山々なんだけど、あいにくまだ仕事中なんだよね」
「わかってる、うちらもご飯食べに来たんだから。待ってるよね? 凌」
閉店まで残り1時間程ここで待つと言う瑞姫に、連れの凌も頷きで同意した。
再び2人が席に腰を下ろし落ち着きが戻ると、店の玄関から他の客もぽつぽつ現れ始めた。
新太も厨房に戻り、接客に追われ始めた結子も仕事に集中し始めた。
彼女達が注文したサバ味噌の定食を厨房から受け取り席に運ぶと、2人は結子に礼を言いゆっくり食べ始めた。
後から来た客が早々食べ終わり店を出て行った頃合いを見計らって、食器を下げに再び2人の席に近付いた。
「一度下げますね、ごゆっくりどうぞ」
温かいお茶を差し出してから、綺麗に完食された食器を片づける。
「ごちそうさま、とても美味しかったです」
「ありがとうございます。もう少しだけお待ちくださいね」
「あの、料理は全部新太が?」
感謝を述べ再び厨房に下がろうと背を向けると、再び瑞姫に呼び止められた。
「いえ、全部ではないですけど……」
「今日のサバ味噌と和え物は結子、漬物はうちの母さんだよ」
エプロンを外しながら背後からやってきた新太が割って質問に答えた。
「お待たせ」
そのまま新太は瑞姫の隣に座ってしまったので、一度時計を確認する。
すでに閉店10分前だ、おそらくもう客は現れないだろうと、とりあえず暖簾を終う為その場を離れ玄関に向かった。
「それじゃ、ごゆっくり」
久しぶりに再会した3人の邪魔をしてはいけないとそっと声を掛け会釈すると、早々厨房に向かった。
「そんな、結子さんも一緒に」
なぜか瑞姫に呼び止められてしまい、戸惑いの表情を浮かべた結子は再び振り返った。
「瑞姫、結子とはまた今度ゆっくり話せばいいよ」
結子の気持ちを察してくれた新太がとっさに口を挟んだ。
「……それじゃ、結子さんまた今度」
「はい、また」
すぐに笑みを浮かべ引いてくれた瑞姫に同じように笑って挨拶すると、ようやくその場を後にした。
「凌君と瑞姫ちゃんでしょ? 懐かしいね、ちゃんと覚えてるよ」
2階の茶の間に上がり、すでに食事が準備されたテーブル前に腰を下ろした結子が簡単に事情を説明すると、向かいに座る明美が懐かしそうに喜んだ。
「昔はよくここに遊びに来てたけど、あの3人まだ親交があったんだねぇ」
「いえ、そういうわけじゃなくて偶然の再会だったみたいですよ」
正確には旧友の住んでいた家を訪ねた2人のおかげなのだから偶然とは言えないかもしれないが、詳しい事情は新太から説明してもらおう。
いただきますと挨拶し、共に食事を始めた。
「なんだ、新太の友達が来たのか?」
明美の隣に座る新太の父・高次が2人の会話に割って入った。
「お父さん覚えてないの? 休日よく遊びに来てたじゃない。新太の中学のクラスメイトの男の子と女の子」
「……もしかしてあれか、美男美女の」
「そうそう、昔もよく話してたじゃない。この辺りじゃめずらしく綺麗な子達だよねって」
やはり当時も話題に上がっていたらしい。
当然かもしれない、結子も思わずたじろいでしまったようにあの2人が並べば誰だって驚く。
「結子ちゃんもビックリしたんじゃないの?」
「ええ、そりゃあもう……目も合わせづらいくらいでしたよ」
明美がからかうように笑ったのですぐに肯定した。
新太の旧友の瑞姫と凌は稀に見る美しい人達だった。
故郷もそして今現在もずっと田舎暮らしの結子は、まるで都会にしか存在しないようなあれほど綺麗で洗練された人間を見たことがなかった。
どこに勤めているかは知らないが、今日スーツ姿で店に現れた2人はおそらく会社帰りなのだろう。
同じスーツでも着る人が違えばここまで様変わりしてしまうんだと、思わず感動してしまった。
そんな2人が並ぶ姿は一際迫力があり、結子が動揺してしまうのも無理はなかった。
「久しぶりの再会なら、あの子たち今夜は長くなりそうだねぇ」
「あいつ飯どうするんだ?」
新太の食事が残されたテーブルを見つめる高次に、結子もしばし考えた。
友人の2人は先ほど店で食事を済ませたが、すでに8時過ぎ、新太もさすがに腹が減ってるだろう。
「どうせ酒でも飲むんだろうし適当に店のもの摘まむわよ。結子ちゃん、先お風呂入ってね」
「はい」
いつも女性陣が優先的に風呂を済ませるが、明美はいつも結子に先を勧めてくれる。
食事を済ませ明美と片付けを終わらせると、着替えの準備をして風呂に向かった。
「結子、いい?」
「うん」
ドアをノックされすぐに返事をすると、新太が部屋に顔を見せた。
「早かったね、いっぱい話せた?」
ベットに寝転がり本を読んでいた結子が一度時計を確認すると、まだ10時過ぎだ。
意外に早く戻ってきた新太はそのままテーブル前に腰を下ろした。
「どうせ近いうちまた来るから今日は近況報告程度で済ませた。明日もあいつら仕事だし」
「よかったよね。偶然でも再会できて」
ベットに座り直した結子が笑いかけると新太も同じように頷いた。
「あいつらとは3年間クラスも一緒だったから、なにかとつるんでたんだよね。ここにもよく来てたし」
「仲良し3人組だったんだ。じゃあ新太が引っ越した時はお互い辛かったんじゃない?」
「……うん」
結子の問いかけに、新太は一瞬躊躇いの表情を浮かべ肯定した。
「何かあった?」
いつもの新太らしくない態度にとっさに理由を尋ねると、新太はすぐに笑みを浮かべた。
「別に何もないよ。瑞姫が今度は結子ともちゃんと話したいって」
「……うーん、でも私がいたんじゃ気を遣わせちゃうよね」
瑞姫の気持ちは素直に嬉しいのだが、正直なところ新太の友人関係にまで入り込みたいとは思わない。
それにどう見ても自分とはタイプの異なる2人と気軽に付き合える自信もなかった。
「もし結子が嫌じゃなければ友達になってやってよ。あいつ、相変わらず女の子の友達少ないみたいなんだよね」
「……瑞姫さん?」
「一見派手な奴だからさ、昔からやっかみとか多くて。そんなんであいつも俺達とばっかつるんでたし」
新太が教えてくれた瑞姫の事情も、想像でしかないが何となく理解はできた。
おそらく瑞姫が綺麗過ぎるせいだろう。だから周りから嫉妬もされる。
それがもし今も何かしら続いているのなら、同性の友達が少ないのも十分わかる話だった。
「あいつ女の子は敬遠してたのに、めずらしく結子には興味示したんだよね。結子は絶対いい奴だって瑞姫も一発で見抜いたんだよ」
「もう……会ったばっかりなのに、そんなのわかるわけないじゃん」
新太があまりに買いかぶりすぎるので困り顔で文句を呟いた。
瑞姫を外見で判断してしまったのは結子だって同じだ。
それが嫉妬の感情ではなくても、近付きがたいと敬遠してしまった。
「結子はもっと自信もちなよ。なんたって俺が見込んだ女なんだからさ」
いつもの新太らしく明るく励ましてくれたので、1つ諦めの息を吐いた。
「……そうだね、ちょっとは自意識過剰にならなきゃまともに向き合えないかも。じゃあ少しだけ仲間に入れてもらおうかな」
「そうこなきゃ! あーよかったぁ……これであいつに怒られずに済む」
美人が怒ると相当怖そうだ。
新太の見るからにホッとした表情に思わず結子も笑ってしまった。