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「あれ?」

 茶の間のテーブルに座っていた結子は廊下をズカズカ勢いよく横切っていく姿を偶然目に止め、慌てて立ち上がった。

 急いで廊下に出ると、すでに玄関前にいる後ろ姿を足早に追いかけた。



「新太どこ行くの? もしかして結婚式?」

 休日の日曜日、黒スーツに正装しビシッと決め込んだ新太の姿はおそらくそれしか理由が思いつかない。

 何も話を聞いていなかった結子が慌てて確認すると、靴を履き終えた新太がようやくこっちに振り返った。

「新太、それは一体何……?」

 ギョッと目を見開いた結子の視線の先には、なぜか真っ赤な薔薇の花束を両手に握りしめた新太の姿があった。

 新婦さんに渡すのかとやや怪訝に首を傾げると、新太は再び結子に背を向けてしまった。

 

「新太……」

「結子、行ってくる」

「あ、うん。いってらっしゃい」

「今から瑞姫に告白だ」

「告白?…………こ、告白!?」

 なんと、ビシッと黒スーツに薔薇の花束で決め込んだわけは瑞姫への告白のためだったらしい。

 今までずっと指咥えひたすらチャンスを待っていただけだったのに、新太の突然の勇気ある行動に結子は告白を絶叫した後すぐさま絶句した。

 ハッと我に返ると、慌てて彼を引き止める。

「新太待て。しばし、しばし落ち着こう」

「俺は至って冷静だ、行ってくる」

「なぜ? なぜ急に告白?」

 行かないでと必死に黒スーツにすがりつきながら事情を尋ねると、邪魔するなとすがりつく結子の手を無理やり引き剥がしていた新太がピタリと止まった。

 

「……俺さ、情けないよ。あいつのこと頑張るって粋がったくせに結局何もしてない。俺はいつもこんなんだ」

「新太」

「俺は今度こそ頑張るよ。ちゃんとぶつかってくる…………だから結子、俺の事はもう心配するな」

「……………………」

 こっちに背を向け結子を労わる新太に、おそらく彼の突然の行動が結子の為でもある事をようやく悟った。

 新太の思いに複雑に顔を歪めた結子は握りしめたスーツをわずかに緩めた。

 

「……あ!」

 結子がスーツを緩めた途端ここぞとばかりに隙をつき、新太が玄関を飛び出していってしまった。


 



「新太待って!」

 猛ダッシュで庭を駆けていく新太の後を必死に追いかける。

 猛ダッシュで駆けていった新太だが両手に抱えた薔薇の花束が意外に邪魔したせいか、あっという間に結子に追いつかれた。

「新太お願い! 行かないで!」

「結子離せ! 俺を止めるな!」

 再びスーツにすがりつき必死に引き止める結子を素気無く振り払う。

 どんなに素気無く振り払われても、結子はどうしても新太を止めずにはいられなかった。

 どうせ新太が瑞姫に振られるのはわかりきっている。

 彼が傷つく姿なんて結子はもう見たくなかった。



「いや! お願い離して!」

「いいからさっさと来い」 


 2人がすったもんだ揉めていると、遠くから男女の争い声が耳に届いた。

 思わずピタリと動きを止めた結子と新太は、同時に声の方向に振り返った。

 遠目に見つめた先には、ひどく抵抗し嫌がる女性の腕を強引に掴み無理やり引きずり歩く男性の姿があった。


「……凌さんと瑞姫さん?」

「なにやってんだ、あいつら……」


 自分達の事は棚に上げ不審に見つめたのは、やはり凌と瑞姫の姿だった。

 ポカンと2人の姿を眺めていると、あっという間にこっちに近付いてきた凌と瑞姫がようやく立ち止まった。

 無理やり凌に引きずられた瑞姫はようやく目の前の結子と新太に気付いたらしい、目を見開き驚くと慌てて顔をそらした。

 強引に瑞姫の腕を掴んでいた凌はようやく手を離すと、目の前の新太を見やった。



「おい新太、いい加減さっさとぶちまけろ!」


 鋭い声で凌に一喝され、それまでボケッとつっ立っていた新太はハッと息を呑んだ。

 すぐさま勢いよく突き進み、凌の隣にいる瑞姫の前に立ち止まる。

 呆然と見つめる瑞姫に、新太は両手に抱えた薔薇の花束をガバリと差し出した。


 

「佐野瑞姫さん! ずっと前から好きでした! 俺と付き合って下さい!」

 


 超ストレートな告白をぶちかまし、瑞姫への愛を叫び上げた。


 


 突然の新太の絶叫告白に瑞姫はあんぐりと口を開けてしまった。

 薔薇の花束を突き出し顔を伏せじっと答えを待つ新太をしばし唖然と見つめていたが、突然その綺麗な顔に猛烈な怒りを滲ませた。


「信じられない! 何言ってんの!? 私はあんたの事なんか好きじゃない!」

「わかってる…………ごめん瑞姫。でも好きなんだ、ごめん」

「私は好きじゃない! あんたなんか好きじゃない!」

「ごめん瑞姫、ごめん」


 怒りを爆発させ新太を拒絶した瑞姫に、ただ顔を伏せたままひたすら謝り続けた。

 瑞姫にこっぴどく振られあまりに悲痛な新太の姿を傍で呆然と見つめていた結子は、これ以上見ていられず目をそらした。





「……結子さん、ごめん。私、結子さんに嘘を吐いた」

「……え?」


 突然謝罪の言葉を呟かれ慌ててそらした目を戻すと、いつの間にか瑞姫が結子の目の前にいた。


 

「ごめん結子さん…………私、好きなんだ。新太が好きなの…………ごめんなさい結子さん」

「瑞姫さん……」



 ぽろぽろと頬に零れ落ちる涙をそのままに、瑞姫は自分の想いをとうとう溢れ零した。

 結子に嘘を吐いてまで自分の想いを誤魔化そうとした瑞姫の想い人は、どうやら新太だったらしい。




「………………俺?」

 

 今だ薔薇の花束を突き出したまま顔だけこっちに振り返った新太は、ただ呆然と瑞姫を見つめた。





 

 店の玄関引戸の隙間からじっと4人の姿をいつものようにこっそり盗み見していた明美は、深い息をひとつ吐き出した。


「どうやら孫の顔を見られるのもそう遠くないかもしれないねぇ……」




    

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