(12)
ひと月振りに瑞姫と駅前のファッションビルを散策し、すっかり遅くなってしまった昼食をどうしようかと2人で顔を見合わせた。
「けっこうお腹空いたし、今日はカフェじゃなくてちゃんとごはん食べようか」
「そうだね、どこ行く?」
とりあえずビルを抜け出すと、ブラブラと適当に歩きながら辺りを見回した。
「うーん……和食、中華、イタリアン辺りかな。結子さんは何がいい?」
「そうだね…………とりあえず中華以外なら何でもいいかな。瑞姫さんピザ好きだよね。そうする?」
先週の高級中華にわずかなトラウマを残したままの結子はとりあえず中華を省き、瑞姫が好むイタリアンを提案した。
「ピザいいね、パスタと一緒に頼んで半分こしようよ。あそこにする?」
「うん」
ピザと聞いて俄然はりきり始めた瑞姫が指さし教えたすぐ傍のイタリアン店を確認すると、さっそく歩き始めた。
「よくよく考えれば私の好物ってカロリーの塊だよね。最近外食多いし気を付けなきゃ」
こってりチーズたっぷりピザも甘いものも大好きな瑞姫は、あつあつピザにかぶりつきながら体重の心配を始めた。
普段和食中心で甘いものもそこまで食べない結子はあっさり和風きのこパスタをグルグルフォークに巻きつけながら、向かいの瑞姫の姿を改めて振り返った。
こってり好き瑞姫が華奢なのにあっさり派結子の方が確実に肉付き良い現実に、人間の体のつくりとは不平等で不思議なものだと今つくづく実感させられた。
「先週は結局食べ過ぎたなぁ。ケーキ17個はさすがにヤバかった」
「ケーキ17個…………そういえば瑞姫さん、ケーキバイキングはどうだった?」
今日聞こう聞こうとずっと思っていた質問にタイミング良く話題を切り出され、とっさに問いかけた。
「どうって? 今言ったじゃない。ケーキ17個食べたよ」
「17個食べたのはもうわかったよ。そうじゃなくて、楽しかった?」
何気に自慢なのかケーキ17個から離れてくれない瑞姫が怪訝を浮かべたので、再び問いかけた。
「そりゃ美味しかったけど…………朝ごはん食べなきゃなぁ、あともう5個いけたかも」
「そうじゃなくて、新太とはどうだった? 楽しかった?」
いつまでもケーキの未練を捨てきれない瑞姫に埒が明かず、本題をずばり問いかけた。
「新太?」
「うん」
思わずハラハラと懸念を浮かべた結子を見つめ、瑞姫は一瞬黙った。
「……結子さん、心配しなくても大丈夫だよ。私も新太もケーキばっかり夢中だったし、新太とはその後すぐ別れたから」
「え?…………あ、うん。それは新太から聞いたけど」
まるで結子を安心させるような優しい瑞姫の言葉にわずかに矛盾を感じ、けれどどこがどうおかしいのか今一わからずしばし苦悩する。
「そういえばケーキと新太で思い出した。結子さん、私が好きな漫画で今ちょうど実写化されてる映画があるんだけど、知ってる?」
「ああ……うん、あれでしょ? 全45巻完結の」
「結子さんすごい! よくわかったね!」
瑞姫にものすごく驚かれたが、知っているのは当たり前だ。
先週その映画で瑞姫にフラれた新太を慰めたのは結子なのだから。
「新太が大人買いして最近読んだばかりだったから…………映画も先週初めて気付いたくらいだし」
「……先週? 結子さん、もしかして映画観たの? 先週の用事ってそれだった?」
「ううん、そういうわけじゃなかったんだけど…………たまたまその日映画館の近くに行ったから、ついでに」
おそらくまだ観ていないのだろう瑞姫には申し訳ないが正直に答えると、瑞姫はなぜか大きい目を更に大きく見開き驚きを露わにした。
「先週…………確か、凌も先週観たって言ってた」
一瞬ギクリと身体を固めた結子はすでに口まで開いて待ち構えていたパスタグルグル巻きフォークを寸前で止め、内心かなり動揺した。
今だ驚き茫然とこっちを凝視する瑞姫にとうとう観念し、仕方なく口を開いた。
「うん……実は、先週凌さんとランチの約束してて、そのついでに映画も」
「……え? どういうこと? もしかして結子さん、凌と一緒に映画観たの?」
「……………………」
失敗した!
てっきり瑞姫に先週凌と映画を観たことを悟られたと思い正直に告白したが、実際瑞姫はこれっぽっちも悟っていなかったらしい。
瑞姫が超鈍感なことをすっかり忘れていた。
「……瑞姫さんごめん。内緒にするつもりはなかったんだけど、つい言いにくくて」
男性の凌と2人きりなど余計な心配をされそうで、新太と瑞姫には言いづらくて黙っていた。
瑞姫にしてみれば正直に話してほしかっただろう、驚かせてしまった彼女に声小さく謝った。
「……わかってる。私には言えなかったんだよね?」
明らかに険を含んだ声に瑞姫の怒りを感じ取り、緊張で身体が強張った。
「凌に無理やり強引に誘われて、仕方なく嫌々付き合わされたんでしょ? 大丈夫、ちゃんとわかってるから」
「……は?」
なぜか瑞姫の怒りの矛先が凌に向けられ、一方的に彼を悪者扱いし始めた。
「あいつ、あれだけ散々注意したのに今だ毎日店通いやめないし、その上また結子さんに迷惑かけたなんて絶対許せない」
「いや……瑞姫さん、そうじゃなくて」
実際瑞姫の言う事はあたらずといえども遠からずなのだが、瑞姫が目を吊り上げ怒るほど結子は迷惑していないし、はっきり断れない結子も悪い。
「結子さん私に任せて。あいつには私がきつく言っとくから」
「ちょっと待って瑞姫さん! 今回はたまたま偶然お互い予定がなくて気軽にランチに誘われただけで、別に無理やりではないよ。どうせ今回だけのことだし、そんなに怒らないで」
すでに立ち上がり、今すぐにでも凌の元へ怒りに突進しそうな勢いの瑞姫を必死に止める。
まさか来週の休みも凌と会う約束してますなんて口が裂けても言えやしない。
「結子さん、でも!」
「凌さんを迷惑なんて思ってないし、本当に困ったらちゃんと断るから。そんなに心配しないで」
「結子さん……」
懇々と宥め説得するとようやく気を静めてくれたらしい、立ち上がった身体を再び椅子に沈めた。
以前凌が毎日店に通っている事実を知った時も瑞姫の怒りは尋常ではなかったが、今回も同じだった。
彼女がなぜそんなにも凌の行動に敏感に反応するのか今だ理解できないが、とりあえず落ち着いてくれて良かった。
「結子さん約束して。あいつに困った時はちゃんと私に相談すること、いい?」
「うん…………わかった」
心配する瑞姫にしっかり頷き了承したが、おそらくどんなに困る事態になっても瑞姫に相談することはないだろう。
凌が一方的に責められるのもそうだが、万が一結子のせいで瑞姫と凌が仲違いなんて事になればそれこそ耐えられない。
凌と会う事がこんなにも瑞姫に影響を与えてしまうなんて思ってもいなかった結子は、来週も彼と会う約束をしてしまった軽はずみな自分を今更後悔し始めた。
暖簾をしまおうと店の外に出ると、ちょうど向かいから現れた姿に会釈をした。
「こんばんは」
「こんばんは」
「今日は遅かったんですね。どうぞ」
会社が休みの土曜日にもかかわらず仕事が忙しかったのか、スーツ姿の凌は閉店間際にやってきた。
めずらしく思いつつ、すぐに中へ促した。
「いや、ちょっと立ち寄っただけだから」
「まだ大丈夫ですよ。夕食はまだなんですよね?」
「今日は遅いし、もう帰るよ」
たった今立ち寄りもう帰ると言い出した凌の行動が今一理解できなかったが、自分も彼に話があったのでちょうどよかった。
とりあえず開けたままの玄関引き戸を閉めると、改めて目の前の彼と向かい合う。
結局一週間近くずるずると引き伸ばしてしまったが、彼に話す機会はもう今日しかない。
「……凌さん、明日の事なんですけど」
「俺もその件で話があって来たんだ」
「え?」
凌と会う約束をすでに明日に控え、どうやら彼もその件で話があるらしい。
今日の彼はなんだか忙しそうだし、わざわざそのために店に立ち寄ったくらいだから、もしかすると好都合にも結子と同じ話かもしれない。
「明日は少し遠いから早めに出たいんだけど、いい?」
かすかな希望が生まれたと思ったらすぐに萎み、彼の問いかけに再び躊躇いを浮かべた。
「……ええと、実は明日なんですけど」
「遠いって言っても、夕方までには帰れるから心配しないで」
「…………ええと、実は」
「9時頃迎えに行くけど、結子さんは大丈夫?」
「……………ええと」
「明日、楽しみにしてるから」
「……………………」
結子の躊躇いの言葉が小さすぎるのがいけないのか、彼の耳には一切届かないらしい。
どんどん明日の話を進めてしまう凌に最後に嬉しそうに微笑まれ、結子はそれ以上何も言えず沈黙してしまった。




