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 世間一般の娯楽として楽しめるはずの映画鑑賞になぜかあまり喜びを見出せず疲ればかりを見出した結子は、ようやく帰宅となった車内の座席にややぐったり身体を沈み込ませた。

 

 映画館に入り、予想通り上映間近の若者女子向けラブストーリーを即座に拒絶すると、上映作品の中に以前新太が購入した青年漫画の実写化映画が目に止まった。

 漫画が面白かったので何気に興味を示すと、凌は作品自体知らなかったらしい。

 それでもなぜか意見が一致しそれに決定すると、上映までの待ち時間30分程ロビーの椅子に座り待つことにした。


 どうせ映画館の中なんて真っ暗で何もわからないのだから、上映間近だった若者女子向けラブストーリーを選んでおけばよかったんだ。

 待ち時間30分程、前を通りすがる女子に必ずと言っていいほど露骨にじっと視線を向けられ、中には残酷にも指さしでこっそりヒソヒソ話を始める者もいる。

 どうせ会話の内容などわかりきっている、これだから嫌だったんだと俯き加減でなるべく顔を隠した。

 なるべく他人のフリをしたい結子に対し何も気にしていない凌はわざわざ身体をこっちに傾け、なるべく俯き加減の結子をわざわざ覗き込むように話しかけてくる。

 ますます状況を悪化させ、残酷女子達はヒソヒソ話にとうとう失笑を交え始めた。


 映画が始まる以前に精神的疲労を催した結子は帰りの車中では喋る元気も出ず、隣の凌には申し訳ないが完全閉口した。




「着いたよ」

「あ、はい……すみません」

 家の前の駐車場に車が停められ、ぼんやりしていた思考を慌てて戻しシートベルトを外した。


「今日は本当にご馳走様でした。結局映画まで奢ってもらってしまって」

 今日一日、結局すべて凌任せとなってしまった。

 申し訳ない思いを込め感謝のお辞儀をする。

 

「結子さん、俺すっかり浮かれて気付けなくて…………ごめん、楽しくなかった?」

「……は、いえ! そんな! 全然そんなことありません!」

 おそらく帰りの車中で完全閉口してしまった結子の態度を勘違いし気にしてしまったのだろう、今頃凌の暗い表情に気付きすぐさま全力で否定した。

 彼は何も悪くない、確かに心の底から楽しめたとは肯定できないが、それは周りばかり気にしている自分のせいだ。

 彼を気遣えなかった自分のせいで落ち込んでしまった凌に申し訳ない思いで一杯になる。


「外食も映画も久しぶりだったので、興奮して少し眠くなってしまっただけなんです。全然気にしないでください」

「本当に?」

「はい、今日は本当にありがとうございました。また機会があれば、今度は是非みんなで」

「じゃあ来週の日曜日は? 今日は近場だったけど、結子さんと一緒に行きたい所があるんだ」

 最後にしっかりみんなで・・・・と強調した結子の言葉を前回同様突然そこだけぶった切りうまいこと器用に被せてきた彼は、さっそく来週の約束を結子にぶつけてきた。

 

「えーと、えーと、来週は………………は!」

 呆気にとられつつ今回も精一杯来週の予定を思い出す。

 めずらしいことに来週の結子にはすでに偶然予定が入っていた。

 

「ごめんなさい。来週は瑞姫さんと約束があって無理なんです」

 今日一緒に行こうと誘われたケーキバイキングを無下にしてしまったので、来週の休日遊ぼうと瑞姫と約束していたのだった。


「せっかく誘ってくださったのに本当にすみません」

「気にしないで。来週が無理なら再来週は? 空いてる?」

 どうやら彼の辞書に諦めるの文字はないらしい。

 おそらく再来週を断ったら再々来週と言い出すかもしれない彼の忍耐強さに、とうとう結子が諦めた。

 

「……再来週は暇です、はい」

 実際暇なのだから断れるはずもない。

 ようやく彼から解放されそのまま去っていく車を見送ると、再びぐったり疲れ果てトボトボと家の中に入った。





「ただいま……あれ、早かったね」

「うん」

 ランチついでに映画を観てきた結子より帰りが早かったらしい、新太はすでに茶の間にいて、なぜか隅っこの方で体育座りしている。

 

「どうしたの、落ち込んで」

 新太が落ち込む時は必ず体育座りなので、とっさに声を掛けた。

 結子が心配の表情を浮かべ傍に近付くと、新太は大袈裟なくらい長くて深いため息をハァ…………と吐いた。

 

「……もしかして、ケーキ服にこぼしちゃったとか?」

「違う」

 明美も一番懸念していたし、すでにジャージ姿の新太にてっきりそうだと思ったら、どうやら違うらしい。

「……じゃあもしかして、ケーキ欲張りすぎてお腹壊しちゃったとか?」

「違う」

 新太は食い意地張ってるし、腹痛で早く帰らざるを得なかったのかと思ったら、それもどうやら違うらしい。

「……だったらもしかして、ケ」

「だからケーキは違うって!」

 ケーキケーキうるさい結子に大声でケーキを否定すると、とうとう体育座りの膝に顔を埋めてしまった。

 この仕草は、どうやらかなりの末期らしい。

 一瞬で顔色を失くした結子は新太がおそらく瑞姫とうまくいかなかったことを瞬時に察し、最悪フラれたのかもしれないと強い懸念が生じた。


「新太……」

「フラれた」

 やっぱり!

 最悪瑞姫にフラれたと覚悟していたが、案の定彼はフラれてしまったらしい。

 意気消沈しひどく落ち込む新太の姿に、結子もひどく気が沈み慰めの言葉さえ躊躇った。

 

「ケーキ食った帰りに映画に誘ったら、行きたくないって断られた」

「……は?」

「即行帰るとか言い出して、ケーキ食って即行別れた」

「なんだ……そんなことか」

 あまりに激しく落ち込んでいるのでてっきり完全フラれたのかと思いきや、映画を拒否されただけだったらしい。

 大袈裟過ぎだと呆れ口調で呟くと、がばっと顔を上げた新太がキッと鋭い目で結子を睨みつけた。

「そんなことってなんだよ。俺の今日のデートプランにはしっかり映画が組み込まれてたんだ。瑞姫だって絶対喜んでくれると思ったんだよ。この日の為に漫画もしっかり完読して勉強しておいたし、一緒に喜べると思ってたんだ」

「……ねえその映画って、この前新太が大人買いしてきた全45巻完結の漫画のやつ?」

「そうだけど」

 どうやら新太は瑞姫がその漫画が好きだという事を知り、下調べに大人買いしてきたらしい。

 そうとも知らず大喜びで完読した同じく漫画好きの結子は、今日まさに凌とその実写化映画を観てきたばかりだ。

 

「ふーん……そっか。それはうん、残念だったよね」

「……なんか結子、突然表情ゆるくない?」

「え、そんなことないよ」

 新太が映画にフラれたおかげで映画館で偶然鉢合わせせずに済み、安堵で表情が緩んでしまったらしい。

 めざとく指摘され、すぐさま再び眉をひそめた。

 

「おバカねぇ。新太あんた、それは完全誘い方が悪かったに決まってるじゃない。瑞姫ちゃんに断られる前にさっさと映画館に向っちゃえばよかったのよ。おバカねえ、まったく本当おバカなんだから」

 確かに突然茶の間に現れた明美の意見も一理ある。

 三度も実母におバカ扱いされた新太は、おそらく瑞姫に対し押しが弱すぎた。

 明美の言う通りさっさと映画館に向かってしまえば、今日まさしく結子がそうだったように瑞姫もおそらく抵抗できなかったはずだ。


「新太……映画は残念だったけどケーキは一緒に食べられたんだよ。確実に一歩前進だよ。またチャンスを待とうよ、ね?」

「結子……」

「その後失敗したんだから2歩後退しちゃったじゃない。ほら、いつまでもそんなとこで体育座りしてないで。そろそろご飯の準備するから、新太あんた裏の畑からネギ2本ばかし引っこ抜いてきな」

「お母さん……」

 息子の心配より夕食で使うネギの心配を始めた明美はせっかくの結子の励ましを完全無下にし、台所へ去っていった。

 

 



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