第98回 乙女日和
「ぐー」
「すかー」
「……ん……」
むくり
「! ――寒っ!」
もふっ
「……。……くぅ」
目が覚めてむくりと起き上がったと思いきや、寒さで布団の中に潜ったミントが、両サイドのベッドで寝ているプリンとポトフのように再び眠りに落ちた頃、
「グッモーニン、アロエ〜♪」
「……おはようございますチロルさん」
国立魔法学校の食堂にて、長い後ろ髪の上の方だけをひとつにまとめた金髪ガール、チロルが、茶髪眼鏡っ娘、アロエに挨拶をしつつ隣の席にちょんと座った。
「ふふ〜♪ 今日もヴェリーコールドね〜?」
「なら何故そんな短いスカートをはいているのですか?」
とても寒いとホットチョコをいただきながら言うチロルに、オムレツを食べる手を止めたアロエはさらりと言った後、
「……ところで、なんの用ですか? あなたがそこにいると、ヒトの目が集まってアロエの人間観察が激しく妨害されるのですが」
と、どこかで聞いたことのあるような声と口調で彼女に質問した。
「ミスヘビさん寮のヒトが何言ってるのよ? アロエもヒトの目が集まるくらい十分キュートよ? ま、それでもアタイには負けちゃうけど、みたいな〜♪」
「……。まあ、ヒトは誰しも自分が一番ですからね」
恐らく悪気はないと見られるチロルに、アロエはどうでもよさそうに眼鏡をはずして拭き始めた。
「でねでねアロエ? 今日はアロエに聞きたいことがあるの」
そして再び眼鏡をかけた彼女に、チロルは珍しく真剣な表情で、
「ミントきゅんは、スウィートとビターのどっちが好きなのかな?」
と、至極真剣に尋ねた。
「……」
バレンタインか。
バレンタインの話か、と容易に推測できたアロエは、
「そのくらいご自分で彼に聞いてください」
と言って、再びオムレツを食べ始めた。
「聞いたもん! 聞いたんだけど……」
「……?」
すると、チロルはホットチョコが入ったカップを両手で包むように持ちながら、疑問符を浮かべたアロエに切なげに語り始めた。
――それは、去年のバレンタインデーのこと。
≫≫≫
「はい、ミントきゅん!」
「へ?」
唐突にぱっと差し出された可愛げに包装されたそれを見て、ミントが小首を傾げると、
「ふふ、オープニット♪」
チロルは、何故か英語でそれを開けてみてと彼に言った。
「! わあ……これ、チロルが作ったの?」
「うん!」
言われた通り包みを開けたミントは、自分の質問に元気に頷いた彼女を見て、
「あ、ありがとう」
と、顔を赤らめつつ嬉しそうにお礼を言った。
≫≫≫
「ピュアミントきゅんラヴ〜〜〜!!」
「いいから早く続けてください」
≫≫≫
「ね、食べてみて食べてみて!」
にこっと笑ってチロルが彼に食を促すと、
「え? ……なんかもったいないけど……うん。じゃあ、いただくね?」
ミントは困ったような顔でそう答えた後、彼女のお願い通り袋の中に手を伸ばした。
≫≫≫
「ピュアピュアミントきゅんラヴラヴ〜〜〜!!」
「ええからはよ続けてください」
≫≫≫
「ミントきゅんミントきゅん、これとこれ、どっちが美味しい?」
ぱくっと食べたミントに、チロルが袋の中の二種類のチョコを指さしながら質問すると、
「へ? うーん……」
ミントはちょっとの間考えた後、
「どっちも美味しいよ」
にこっと笑ってそう答えた。
≫≫≫
「もう、ミントきゅんったらジェントルマンなんだからっ♪ ……ね、どっちが好きなんだと思う?」
「どっちも好きなんじゃないですか」
話が終わると再び質問してきた彼女に、アロエはこの上なく適当に答えた。
「へーえ、ミントってそんなふうなんだー?」
「ピュアですわ! とってもピュアですわミントさんっ!」
ついでに、彼女たちの向かい側の席にいつの間にか座っていたココアとムースがするりと話に加わった。
「ワッツ?! いつの間にそこに現れたのココア!? そしてなんでここにいるのムース?!」
ので、別に驚いた様子もなく普通にオムレツを食べているアロエの隣で、チロルが普通に驚いた。
「えへ♪ ついさっきだよー」
「わたくしは遊びに参りました」
ココアを持ったココアと、ムースを持ったムースは、彼女の突っ込み質問にさらりと答えた。
「そっかー。そー言えばもうすぐバレンタインデーだよねー」
「そうですね」
「そうそう。だからアタイはアロエにミントきゅんの好みを聞きにきた〜みたいな♪」
その後、一名を除いてキャッキャと盛り上がり始めた彼女たちを見て、
「そ、そうですわね。もうすぐバレンタインデーですわね」
(バレンタインがわたくしのお父様の陰謀だとは、口が裂けても申し上げられませんわね……)
ムースはやわらかな表情とは裏腹に、バレンタインデーが食品製造会社の社長である彼女の父が売り上げをアップさせる為に考え出した大作戦だとは絶対に口に出すまいと心の中を凍りつかせていた。
「ねー、じゃー結局チロルは今年スイートとビターのどっちをミントにあげるのー?」
その間、ココアは乙女な質問をチロルに投げ掛け、
「うーん……ここは間をとって、ア、タ、イV」
「アロエは今年誰かにあげるのー?」
彼女の答えを華麗にスルーしてアロエに質問を投げ掛け、
「そうですね。最近アロエが作ったばかりの試薬がうっかり混入してしまったチョコを誰からも好意という名のプレゼントを貰うことが出来なかった負け犬男子に」
「ムースはプリンに何かあげるのー?」
彼女の答えも鮮やかにスルーして、ムースに質問を投げ掛けた。
「え? あ、え……そ、そうですわね……」
自分に質問がくるとは思っていなかったのか、ムースはあわあわと焦りながら、
「え、ええと、プリンは甘いものはあまり好まないようなので……」
どう答えればいいか考えながら答えだした。
「え? そーなんだー?」
「! は、はい。そーなんだ、ですわっ」
すると、ココアが別のところに興味を持ったので、ムースはよかったと笑顔で頷いた。
「あれ? でも、プリン、プリン食べるよー?」
紛らわしいというかややこしいことを言いながら小首を傾げるココア。
「ああ、それは昔わたくしが唯一つくれたプリンを召しあがってから好んでいただけるようになりまして」
「え、何それ何それ?!」
「ステキステキー!!」
「……帰らせていただいてもよろしいですか?」
ムースの言葉に食い付いたチロルとココアをよそに、アロエが何やらうんざりし始めた頃、
「ぐー」
「すかー」
「くぅ」
プリンとポトフとミントは、未だ眠りこけていた。