第95回 相談日和
お日柄の大変よろしい本日は、ところ変わって隣国へ。
「やーん、やっぱりかっこいいねー!」
「ホントホント!」
「こんなにかっこいい上に頭がよくて次期社長でお金持ちだなんて、羨まし〜い!」
豪雪地帯に位置する隣国の王都、ケセンディアから南へ山越え谷越えずっと進んだ先にある亜熱帯の土地、バテコンハイジュに、国立魔法学校が存在していた。
「ウフフ♪ わたくしも、彼のような殿方とめぐり会えて幸せですわ!」
セイクリッド魔法学校では季節はまだ真冬だというのに、日当たりのいいテラスにあるパラソルつきの白いテーブルで、淡い紫色の髪のお嬢様、ムースは、彼女の友人たちと午後のお茶を楽しんでいた。
「フハハ! 聞いたかい、アセロラ君? いやあ、私の美麗さには私自身がまいってしまうよ!」
「僕はバジルさんの自意識過剰さにまいってしまいます」
彼女たちから少し離れたテーブルに座っていた緑のロン毛でなかなかのイケメンボーイ、バジルは、彼女たちの会話を聞いて自己に陶酔し、茶髪クセ毛の眼鏡っ子、アセロラは、財布にお金をしまいながら、どうでもよさそうに彼に言葉を返した。
「……ところで、なんの用ですか? あなたがそこにいると、僕の営業が激しく妨害されるのですが」
分厚い財布を懐にしまった後、眼鏡をかけ直しながらアセロラは氷のようにひやりとした視線を、自分の目の前に座っているバジルに向けた。
「フハハ! なんの用かって、ここは君に相談しにお客さんが来るところだろう?」
すると、バジルは軽快に笑いながらそう言った。
「いえ、正確には僕が集めた情報を欲しがる方に高値でご指名の人物の個人情報その他を売ってさしあげるところです」
そんな彼に、アセロラは何やら悪質な行為をなんの臆面もなくさらりと言ってみせた後、
「が、まあ、それは横に置いておきまして。と言うことは、バジルさんは僕に何か相談があってここに来たんですか?」
無表情ながらも疑問符を浮かべつつ質問をした。
「その通りなのだよ。実はだね」
ので、バジルは話を促すまでもなく、自分の悩みを打ち明けだした。
それも、先程相談相手の口から、高値で個人情報その他を売るって言われたばかりなのに。
「自分のかっこよさについ―…」
「知ってますかバジルさん? 世間一般では、あなたが今からほざこうとしているそういった類のものを総称して"ウザイ"と表現するんですよ」
何かウザイ話を始めようとしたバジルの語りを、出だしもそこそこにぶった切るアセロラ。
「―…という冗談は置いておいてだね」
彼の言う世間一般のウザイの枠組みに入りたくなかったのか、バジルはそれを華麗に迂回して、
「実は、どうやら私は恋という名の迷宮に迷い込んでしまったようなのだ」
と、何やら面倒臭い表現を用いつつ、真剣に悩んでます的な表情でそう言った。
「……。相手は誰なんです?」
まあ、そう言うだろうな、とまるで初めから分かっていたかのように、アセロラが次の質問をした。
「ココア=パウダー嬢」
「あなたは何ヵ月迷宮入りしてるんですか」
彼の口から飛び出した名前に、アセロラはさらりと突っ込みを入れなさった。
「そう、彼女に逢ってからはや二ヶ月と二十五日と二時間十三分……」
「うっわ、そこまで細かく覚えているといっそ気持悪いですね」
アセロラの突っ込みが聞こえていないのか、バジルは切なげに右手で胸の辺りの服を握り締め、
「それ以来、私の……私のこの胸を締め付け続けているこの気持ちはなんなのか……っ!?」
と、劇場チックに疑問を吐き出した。
「今現在あなたの胸を締め付けているのはあなたの手ですが、まあ、恐らく、世間一般ではそれを"恋わずらい"と表現するでしょうね」
そう言って、アセロラは眼鏡をかけ直すと、
「ついでに"未練がましい"とも言うんでしょうね」
と、先程とは打って変わって、バジルに矢印的な何かが突き刺さるような言葉を付け足した。
「そうか……やはりこれが"恋わずらい"……」
「……と言いますか」
やはり良いことだけしか聞いていないと見えるバジルに、
「ココア=パウダーには、もう既に両親公認の相手がいるじゃないですか」
アセロラは、恋わずらっている相手にとっては破壊力抜群の言葉を投下した。
「そこで、お、お手紙とかを出したいと思うのだが、いかんせん住所が分からないのだよ」
しかし、それは不発に終わった。
若干赤くなりながらも、ココアにお手紙とかを出したいと思っていることを、バジルは思い切って打ち明けた。
「……。成程。僕に彼女の住所を教えろと」
すると、どんな心境の変化が起こったのか、アセロラは羽ペンを呼び出し、怪しげな手帳の一番後ろのページにサラサラと文字を書き始めた。
「! ま、まさか知っているのか!?」
「僕を誰だと思っているんですか?」
「……! で、では、お金はいくら――?」
驚きつつもぱあっと顔を明るくしたバジルが、財布を呼び出しながら金額を尋ねると、
「いやですね。僕が親友にお金を請求するとでも?」
アセロラは、ココアの住所を記したページをビリッと破り、それを二つ折りにしてスッと彼の親友に差し出した。
「……っ!! アセロラ君……っ!!」
彼の慈愛に満ち溢れた笑顔に、バジルは水色の瞳をうるませた。
「健闘を祈りますよ、バジルさん」
そんな彼にメモをしっかり握らせると、アセロラはにっこりと笑って右手を差し出した。
「ありがとう!!」
君こそが真の親友だ……っ!! と心のそこから感じながら、バジルは、差し出されたその手をしっかりと握り返すのであった。
数日後。
「……」
ぐしゃっ
青筋立ちまくりな右手に握られたのは、バジルからの手紙。
「……はは……ははは、悪い虫は、お兄ちゃんが退治してあげなきゃなぁ……はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははは」
――無事にココアの実家に届いたそれを読んでしまった彼女の兄、ショコラがどす黒い狂気を垂れ流しながらバテコンハイジュに向かったのは、また別のお話。




