第90回 年の瀬日和
山の奥の豪華旅館の、湯煙の沸き立つ大きな温泉にて、
「……ムッサイ……」
白濁したお湯にとっぷりとつかっているポトフは、嫌でも視界に入ってくる周囲にいる人たちにげんなりと頭を落とした。
「む? 頭のみならず気分まで悪くなったのか?」
すると、お湯につかないように長い髪をタオルでまとめているプリンが、泡で出来た枕を抱えながら小首を傾げた。
「……一言余計だ」
ここは男湯なのだから致し方ないのだが、むさ苦しいせいで突っ込みにも元気がないポトフ。
「……。ふむ」
そんな彼を見て、
「馬鹿犬」
「……ァんだよ?」
「あそこに行くと、いいことがあるぞ」
プリンは、すっと彼の後方を指さしてそう言った。
「ァ?」
その指に従い、ポトフが元気なく後ろを向くと、
「……」
そこには、木で出来た大きな壁がそそり立っていた。
「アホかァ?!」
「ぴゃわ!?」
ので、ポトフは両手を筒にしてプリンにぴゅーっとお湯鉄砲を喰らわせた。
「な、突然何をする?!」
「テメェ最っ低だな!? レディの入浴を覗けってか?!」
声を荒げたプリンよりも更に声を荒げたポトフが怒鳴ると、
「? 馬鹿か貴様は? 女湯を覗いてなんになる?」
プリンは首を傾げて聞き返した。
「テメェがそんなヤツだったとはな――って、は?」
予想外の聞き返しに、彼に幻滅していたポトフは、彼と同じように疑問符を浮かべた。
「覗けなどとは一言も言っていない。僕はただ、あそこに行けと言ったんだ」
プリンはきっぱりすっきりそう言うと、再び壁を指さした。
「い……行ってどうすんだよ?」
勘違いをした自分が恥ずかしかったのか、お湯につかったまま素直にその壁の近くまで移動したポトフが振り向いて尋ねると、
「たっち」
プリンはさらりと答えた。
「? タッチ?」
ので、ポトフは疑問符を浮かべながら、浴槽から少し身を乗り出して壁にその触れた。
――直後、
バリバリゴロズパンドカンズキャアアアアアアン!!
と、なんとも凄まじい轟音と黒い雷が壁全体を駆け巡り、
……ガクッ
と、ポトフがダウンした。
「遠くから見ても近付いても実際に触れるまではその存在に誰も気付かない。それにも関わらずこの破壊力……。ふむ。見事な防犯魔法だな」
オイ見たかあの壁やべぇぞ?! と、どよどよざわざわし始めた周りどころか、ガクッとなってそれ以来まったく動かなくなったポトフすら気にも止めずに、特別な魔法がかかった壁を眺めながら、ただただ顎に手を当てて感心するプリン。
ガララッ
「何? 今すごい音がしたけど―…」
「む。ミント」
「―…って、ポトフぅぅぅ?!」
そこへ遅れてやって来た腰にタオルを巻いているミントは、真っ黒焦げになって倒れているポトフに慌てて駆け寄った。
「まったくもー! 何シャレにもへったくれにもなんないことやってんのよプリンー?!」
「い、命賭けの実験だ」
「テメェの命賭けろよテメェェェ!?」
部屋に戻って回復魔法をかけた後、ココアの突っ込みに答えるようにプリンが自分のしでかしたことを言うと、ポトフは早速彼に食ってかかった。
「でも、ポトフが無事でよかったよ」
そんな彼らを見て、
「プリンに言われて覗き防止の壁に触ってズタボロになった上にココアに女湯覗こうとしたんだと勘違いされて更にズタボロにされたからオレもうポトフは助からないんじゃないかと本気で思っちゃったよ」
ミントは胸を撫で下ろしながらそう言った。
「う、うむ……そうだな」
「ほ、ホントにねー……」
ので、プリンとココアは、ミントとポトフからわざとらしく目を逸らした。
「心配してくれてありがとな、ミント」
そう言って、ポトフはミントの頭を優しく撫でると、
「狼唱」
ドドドドドドドドドドドドドカアアアアアアアン!!
振り向きざまに目を逸らしているプリンに高速蹴りを見舞わした。
「っき……貴様、いきなり何をする?!」
「これだけで許してやるんだからありがたく思え」
「な――き、貴様を回復させてやったのは僕だし、ココアだって貴様を散々痛めつけたんだぞ!?」
「すべての元凶はお前だろ? それに」
自分だけ思い切り蹴られて納得のいかないプリンに、
「俺がココアちゃんを蹴るわけねェだろ」
「ひゃあ?!」
ポトフはココアを後ろからぎゅっと抱き締めながらそう言った。
「……ぶう、贔屓」
「それはテメェだろ」
バチバチと火花を散らすプリンとポトフと、
「ちょっとー!? 私まで巻き込まないでよー?!」
彼らに挟まれて焦るココアと、
「ああ、ポトフはプリンに"まあまあ好き"って言われたことを気にしてて、プリンは好き度合いでココアに負けたことを気にしてるんだね?」
ぽんっと手を叩いてさらさらと言うミント。
「「な――?!」」
「ほえ? そーなのー?」
それを聞いて、目を見開きバフッと顔を赤くするプリンとポトフと、ポトフの腕に収まりながらもミントに顔を向けるココア。
「うん。反応からしてそうみたい」
「へーえ?」
「「なーかよしー♪」」
「「ちちち、違っ―…」」
にやりと笑って言うミントとココアの言葉を、プリンとポトフが力いっぱい否定しようとしたところ、
スットーーーン!!
「眼帯テんメェェェ!! その薄汚い手で俺の超可愛い妹に触るんじゃねえええ!!」
ココアの兄、ショコラがスットーンと襖を開けて現れた。
「……ふふっ♪ ちょっといいカナお兄ちゃーん?」
ので、ポトフの腕から抜け出したココアはにこっと笑ってそう言った。
「! な、なんだいマイシスタ?」
「ちょっとこっち来てー」
「あ、ああ、分かったよ」
そんな彼女を見て、ショコラは勝ち誇ったような笑みを浮かべてポトフを一瞥した後、ココアに腕を引かれてミントたちの部屋から出ていった。
――直後、
バリバリゴロズパンドカンズキャアアアアアアン!!
覗き防止の壁と、同じ音が聞こえてきた。
「……ふー」
そして、何食わぬ顔で部屋に戻ってきたココアは、トンっと襖を閉めた。
「……」
「……」
「……」
「? どしたのー?」
無言のまま固まっている彼らに、ココアが小首を傾げながら声をかけると、
「……あ……な、何でもないよ?!」
「う、うむ! 何でもないっ!」
「お、おォ、それより、もォそろそろ初詣にでも行こうぜェ?」
ミントとプリンとポトフは冷や汗を掻きつつ慌てた様子でそう答えた。
「あ、もうそんな時間なんだー。うん、分かった。じゃー私、支度してくるからちょっと待っててねー?」
ポトフの言葉を聞いて、時計を見たココアはそう言ってにこっと笑うと、ぱたぱたと部屋から出ていった。
「「は、はーい……」」
彼女に向けて笑顔で手を振った三人であったが、それは彼女が出ていった先から聞こえてくる何か重たいものを引きずる音によって、ガンガン引きつっていくのであった。
皆様こんにちは!
プリン
「うむ」
何故にそこで頷くのか分かりませんが、それは横に置いときまして。
早速企画に参加してくださった皆様、誠にありがとうございます!
「うむ。作者の気まぐれに付き合ってくれて、どうもありがとう」
そしてそして、前回お知らせし忘れたことが一点。
今回の企画は100話記念で開催しましたので、〆切は99話の後書きにてお知らせしたいと思います! ということをお知らせします!
「むぅ、くどい」
ので、私に任せて! という方も、べ、別にあんたの為に参加したんじゃないからね!? という方も、そこで
「……照れる」
とかやってるシャイボーイも大歓迎ですので遠慮なくどうぞー!
「うむ。僕もたまに待ってるぞ」
いや、いつも待っててくださいよ?!
……あ、これはどうもすみません。
毎度ご愛読ありがとうございます!
では、よいお年を!
「来年はウシさんだ」
……ソウデスネ。