第9回 わんわん日和
青の森の大きな青い木の下にて。
「ぐー」
水色の長い髪の毛を後ろで一つに束ねている彼、プリンは、枕に顔を埋めて昼寝をしていた。
「ぐー」
魔物が住む森の中でここまで隙を見せるとは、なかなかの度胸である。
カサ
と、その時、プリンの前方にある草むらが小さく動いた。
「ぐー」
しかし、プリンはそれに気が付くことなく眠り続けている。
カサカサ
その間にも、草むらが動く小さな音は、だんだんと彼に近付いてくる。
「ぐー」
カサッ
音は、プリンの少し前で止まった。
それは、そこで草むらが終わっていたから。
『?』
草むらから姿を現した生物は、長めの垂れ耳をぱたぱたと動かした後、プリンを見上げ、首がないので体全体を傾けた。
「ぐー」
プリンはぐうぐうと眠り続けている。
ぱた
その生物は、再び耳を動かすと、短い四足をちょこちょこと忙しく動かして歩き出した。
ちょこちょこちょこ
そして、プリンの足元で止まった。
「……む……」
丁度その時、プリンは小さ呷き、枕から顔を離しつつゆっくりと目を開けた。
「……?」
徐々にはっきりしてきた視界の隅に何かの存在を確認したプリンは、自分の足元に、その綺麗な蒼い瞳を向けた。
「!」
と同時に、いつもは眠たそうに半開きになっている彼の目が大きく見開かれた。
「……わんわん……!」
プリンが目を輝かせながら呟くと、淡い紫色の小さくてまるっこい犬のぬいぐるみのようなそれは、可愛らしく鳴いた。
『む〜』
「いーい? これを写すようにして描くの。絶対アレンジしちゃダメだよー?」
「うん。分かった」
切株に座ったココアがスケッチブックを彼に渡しながら言うと、地面から顔を出している木の根に座ったミントが返事をした。
「……それとー、」
「?」
左手に鉛筆を持って、早速ココアが描いたスケッチを写し始めたミントに、
「……カタツムリのこと、ポトフには言わないでねー?」
ココアは若干赤くなりながら、非常に言いにくそうにそう言った。
「はーい」
が、あまりにも軽い返事が返ってきたので、ココアは思わずずっこけた。
「? どしたの?」
そんな彼女に、スケッチブックから目を離して、きょとんとした顔を向けるミント。
「ほ……ホントに言わないー?」
顔を上げたココアが確認するように聞き返すと、
「なァにを?」
彼女の後ろからポトフがひょこっと顔を出したので、
「ひゃあ?!」
ココアは驚いて短い悲鳴をあげた。
「あっはっはっ! 驚いたココアちゃんもかァわい〜い♪」
そんな彼女を、切株に座ったポトフは笑いながら自分の膝の上にひょいっと乗せた。
「あ、ポトフ。スケッチ終わったの?」
「おう!」
またもや彼にお姫様だっこされてしまい、降ろせ降ろせと騒いでいるココアを無視してミントが聞くと、
「八匹終了! 楽勝だぜェ♪」
ポトフはそう言って、自慢げに自分のスケッチブックをミントに見せた。
「わあ、凄い! 八匹も描いたの?」
彼のスケッチブックを捲りながら、驚いたように言うミント。
「だろだろォ? あっはっはっ!」
ミントに凄いと言われ、鼻を高くするポトフ。
「じゃあ、プリンの分まで描いたんだね?」
そんな彼に、ミントが顔を上げてそう言った。
「あっはっ――はァ?!」
信じられない言葉を聞き、ポトフの笑いが止まった。
そして、瞬時に自分をおだてたプリンと彼の言葉が思い出された。
『……それだけ頼りにされているということだろう』
『うむ。やはりイケメンは違うな』
「……」
ポトフはココアを膝の上から降ろして脇に置くと、静かに立ち上がり、
「何処だあンのクソ枕ァァァァァァァァァァァ!!」
怒りと屈辱の念を込めて盛大に吠えた。
「僕はプリンだ、馬鹿犬」
すると、すぐに返事が返ってきた。
「俺はポトフだ、クソ枕ァァァ!!」
ポトフは怒鳴りながら距離を詰め、プリンに上段回し蹴りを決めようとした。
『む〜』
「わォ何コレ超カワイ〜イV」
が、プリンが抱えている枕の上から顔を出した淡い紫色の生物を見た途端、ポトフはピタッと静止した。
「ふふふ。豆次郎だ」
『むむぅ?!』
「はァ? テメェ、何言ってんだよ、"むぅちゃん"だろ。"む〜"って鳴くんだから」
『む〜!』
「ふむ。成程。むぅちゃんか」
『む〜!』
「「……」」
何やら急にほのぼの化した空間と、その中心にいるむぅちゃんを見て、
「……ったく、なんなのよあれはー?」
「あれ、むぅちゃんに焼き餅?」
「ノット」
そんな会話をするミントとココアであった。