第86回 逆転日和
目が覚めたプリンは、眠気が残る蒼い瞳をこしこしと擦っていた。
「起きたじゃんか!!」
『ななな、何故?! 強力な睡眠剤を打ち込んだ筈なのに!!』
すると、ミントの突っ込みと、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「……む?」
ので、プリンは結構な寝癖をそのままに、寝惚け眼で声のする方を見た。
「強力な睡眠剤って、いつ打ったのさ!?」
『プリン様が生物学の教室にいらして机にお座りになってすぐよ!』
「机に座ってって、お前どこにいたんだよ!?」
『プリン様の机の下に決まってるでしょ!』
「うわキッモ! お前キッモ!!」
『な、なんですってえええ?!』
そこにいたのは、ボロボロになって倒れているココアとポトフと、彼らと同じように倒れているクセにガンガン突っ込みを入れているミントと、彼らより酷くボロボロになっているクセに元気にじだんだを踏んでいる見知らぬ大男。
「?」
はて? と、頭に疑問符を浮かべるプリン。
(ふむ……朝ごはんを食べて生物学の教室に行って授業を聞いていて眠くなって馬鹿犬がゾウさんに襲われている夢を見て、それから……?)
覚えていたのはそこまでであり、そこからどうすれば岩の上で寝ているのだろうとプリンが考えていると、
「じゃあっ、そこからどうやってプリンを拐ったのさ!?」
『ぐふふ、よく聞いてくれたわね! わたくしがどうやってこの洞窟に戻ろうとか考えていた時、プリン様が魔法を使ってくださったのよ!』
「はあ?! 睡眠剤打ったのになんで魔法が使えるのさ!? 気付けよ! その時点で睡眠剤効いてないって気付けよ?!」
『"にゅぅ……てれぽーと"って!』
「寝言おおおおおお?!」
彼の疑問の答えとなる会話らしくない会話が聞こえてきた。
「み……ミントー……?」
「あにさ?!」
ココアの弱々しい呼び掛けに振り向いたミントは、
「ゴホッ……っミント……よくそんなに、元気に突っ込めるな……?」
ポトフに弱々しい突っ込みを入れられた。
「……」
「……」
「……」
間。
「がは」
「「ミントー?!」」
急に血を吐いて倒れたミントに、そんな無茶するから! と、ポトフとココアは駆け寄ろうにも駆け寄れなかった。
「う、動けないよー……」
「くっそ……情けねェし、カッコ悪ィ……」
そう言って、地面にへたばりながら悔しそうに睨みつける相手は、
『ぐふふ♪ ざまーみろって感じよね〜♪』
身をくねらせて笑っているタルト。
(……ふむ)
ぼーっとしていた頭がだんだん覚醒してきたプリンは、もう一度目の前の状況をおさらいした。
(生物学の授業中に僕はあいつに誘拐されて、ミントと馬鹿犬とココアは……僕を助けに来て、返り討ちにされた?)
「……」
三人の友人の行動に、……照れる、と枕で顔を隠したいところだが、今はそんなことをやっている場合ではない。
"ミントたちをいじめた→ぶっ飛ばす"
至ってシンプルな式が、プリンの脳内で成り立った。
「微風」
『!? ――きゃあ?!』
直後、有言実行。
得意気にぐふぐふ笑っていたタルトを、プリンは初等魔法でぶっ飛ばした。
『な、何をなさるのですかプリン様!?』
ぶっ飛ばされた後、彼の攻撃に驚き、タルトはその理由を尋ねた。
「それは僕の台詞だ」
『っ!?』
が、返ってきたのは、氷のように冷たい瞳と言葉。
『わ……わたくしは、プリン様が好きだから―…』
怯えているような声でタルトが彼の問いに答えると、
「……以前にも同じようなことを言っていた奴がいたが」
プリンは、呆れたように溜め息をついた。
と言うか、同じようなことを言っていた奴ではなく、同じ奴だ。
「僕には婚約者がいる上に、そんな変な趣味はない。それに」
そう言って、プリンはキッとタルトを睨みつけると、
「僕の大切なトモダチを傷付けたお前は、絶対に許さない」
氷のごとく冷たい瞳に、怒りの色を滲ませた。
『ぜっ……、と、友達?』
「ミントは僕の初めての、ココアは二番目のトモダチだから大好きで、ポトフは……まあまあ好き」
そうして、動揺し始めたタルトに、
「でも、お前は大嫌いだ」
プリンはとどめをさした。
『そ……そんな……』
「テレポート」
その場で膝をついたタルトの背後にテレポートし、彼の背中から蜂まがいな魔物を引き剥がした。
「……ふむ」
直後、突然全身に今までの痛みが駆け巡り、気を失ったタルトを見下ろし、
「……。僕のことは忘れてもらうか。神風」
ビュオオオオオオオオ!!
面倒臭いから、と付け足してタルトをぶっ飛ばし、向かい側の岩壁に彼の頭を激突させた。
「「・・・」」
おっかねえ……と、ミントとポトフとココアが思っていると、
「メディケーション」
「「!」」
彼らの傷が、プリンの回復魔法によって癒された。
「あっ、ありがと、プリン!!」
「よかったよー! 無事だったんだねー!」
「……あ……ありがとォ」
「うむ」
彼にお礼を言いながら起き上がってこちらに来た三人に頷いてみせた後、
「仕上げ」
ずいっと彼らに、今しがたタルトの背中から引き剥がした蜂まがいな魔物を突き出した。
『は、離せ無礼者! 我は女王、怪盗Xだぞ!』
その魔物はプリンにしっかりと捕まえられていながらも、そこから逃げようと必死でもがいていた。
「うえ、よく見ちゃうと更に気持ち悪ー……」
「へぇ……こいつが怪盗Xだったんだ?」
「つうか、喋れたんだな、この蜂?」
「どうやら、これがあれを操っていたようだな」
魔物を見ての思い思いの感想を述べた後、四人は顔を見合わせて頷いた。
「いっくよー?」
「せーのっ」
「神風」
「キラキラ」
「アームアームで」
「曼珠沙華♪」
そうして、彼らはリズミカルに魔物を倒したのであった。
ちなみに……。
『《暗雲の閃光は破滅をもたらす》《暗雲の閃光は破滅をもたらす》《暗雲の閃光は破滅を》』
「? どしたのさ?」
「ゆうこりんが反抗期ー」
「む。それ、ユウが一番傷付く言葉を聞いたら治まるぞ」
四人は、帰り際に暴走しているユウを発見した。
「ユウが」
「一番」
「傷付く」
「言葉?」
プリンの言葉を聞き、リンとウララと死神は、小首を傾げているアオイに顔を向けた。
「……あれ? どうしたの、みんな?」
「アオイ、ユウの悪口を言う、です」
「そうそう! あのバカにガッツーンと言ってやんなさい!」
「ごーごーアオイー」
「ええっ!? 僕が?!」
彼らに何やら耳打ちされ、ゴロゴロバリバリ暴走しているユウに、アオイは困ったように対峙した。
「え、えと……」
そして、ちょっとの間考えた後、
「ゆ、ユウのおたんこなすー!」
迫力なさげに、彼なりに精一杯の悪口を口にした。
『――?!!!』
彼の口から出た初めての悪口に、ユウは未だ嘗てないほどのショックを受けたそうな。
以上、私が寝る前、プリンが誘拐されたらどうなるかな?とか突然思い付いて書き散らしたお話でしたー。あ、空き缶のポイ捨てはよくないですよ―…って、いたたたたあ?!(強制終了