第85回 瀕死日和
「《癒しの風》」
呪文を唱えながらリンが鋭く尖った杖先を地面に突き刺すと、温かな光が生まれて周囲の仲間たちの傷を癒していった。
「ありがとう、リン。えいえいっ! やあっ!」
「あーもー、このでかい蜂どんだけいるってのよ、まったくもーっ!!」
「どんだけー」
「……激しく腹立たしいが見逃してやる。《壮麗なる龍はすべてを呑み込む》」
彼女を囲むように、かつ、それぞれ別の方向を向いているアオイとウララと死神とユウは、倒しても倒しても数が減っていないように感じるほどの魔物の大群と戦っていた。
「えい―…うわあ?!」
「集中―…きゃあ?!」
「オレ様へろへろ」
「くっ……きゅうりが足りん」
しかし、癒しの魔法で傷は治せても、心身ともにの疲労は治せない。
「……」
動きが鈍くなってきている仲間たちを見た後で、そんな一生懸命な彼らを嘲笑うかのようにうじゃうじゃと現れては仲間たちを傷付ける蜂まがいな魔物に目を向けたリンは、
「……まじでむかつく、です」
いつもの無表情な栗色の瞳を、更に凍てつかせた。
「「――!?」」
直後、ただならぬ魔力の高まりを感じ取ったユウと死神は、
「「伏せろ!!」」
「「?! う、うん!」」
同時に叫びながら自分の体勢を低くし、アオイとウララの体勢も低くさせた。
「――汚れなき白、浄化の力を解き放て――」
そのすぐ後で、リンが、右手に持った杖を肩の高さで横にして、左手を自分の胸に当てながら詠唱すると、
「《滅びの翼》」
彼女の背中から、無数の白鳥のごとく白い羽がブワッと無方向に飛び散った。
真っ白な美しい羽は音もなく宙を舞い、それに触れた魔物を一瞬にして消し去った。
「わあ……綺麗だね」
「って、言ってる場合!? あの羽マジでヤバイって言うかこれじゃ伏せてても意味ないじゃない?!」
純白の羽が辺り一面に舞う美しい光景に目を奪われているアオイの隣で、ウララはご尤もな突っ込みをいれた。
――彼女の言う通り、リンの背中から飛び散った無数の羽は、重力に従ってふわりふわりと落ちてくる。
「白鳥の羽、みたいだね」
「ほほう、りんりんの苗字がシラトリなだけに白鳥なのか」
「……まんまだな」
「だから、んなこと言うてる場合かあああああ!?」
危機感の欠片もないアオイと死神とユウに、ウララが頭を抱えながら叫び突っ込みを入れると、
「死神シールド」
死神は鎌子を掲げ、抑揚のない声で魔法を唱えた。
直後、ブン、と音を立て、半透明な紫色の盾が、五人を包み込んだ。
「……あ……」
「フッフッフッ。オレ様大活躍」
身の安全が確保され、叫ぶのをやめるウララと、彼女の隣で得意気に笑う死神。
そうして、魔物と羽が消え失せたところ、
ドサッ……
「「! リン?!」」
「りんりん!」
魔力を使い果たしてしまったのか、リンはその場に崩れ落ちた。
そんな彼女に慌てて駆け寄ったのは、アオイとウララと死神。
「!」
その時、ユウはハッと目を見開いた。
――何故なら、死神の盾の陰にでも隠れていたのか、一匹の生き残っていた魔物が、ウララに狙いを定めていたから。
「伏せろどアホ!!」
「え? ――きゃあ?!」
そう叫びながら、ユウは彼女を突き飛ばした。
ドスッ!!
――直後、魔物の針がユウの背中を貫いた。
「「?! ユウ!?」」
「くっ……来るな!」
痛々しい音を聞き、慌てて起き上がったウララと、リンを死神に任せて彼に駆け寄ろうとしたアオイを制して、
「っ……逃げ、ろ……」
「「――?!」」
ユウは、口から出た言葉とは裏腹に、彼らに牙を剥いた。
ドカアアアアアアアン!!
ミントの薔薇の鞭にぶっ飛ばされ、タルトは後方の岩壁に突っ込んだ。
「っはあ……はあっ……、こ、今度こそ……」
肩で息をしながら、ミントが願うように砂煙の向こうに目を向けると、
『ぐ、ふふ♪ だから、無駄だって言ってるじゃない?』
パラパラと岩の破片を落としながら、タルトはふらりと起き上がった。
「……っ!!」
悔しそうに相手を睨みつけて再び鞭を構えつつ、全身ボロボロになっているクセに平気で立ち上がってくる彼に恐怖を覚えるミント。
(なんで倒れないのさっ?)
「「ミン……ト……」」
とても立ち上がれるような姿ではないのに、と思いながら、もうすでに戦う力を持っていないポトフとココアを守るように、ミントは敵と対峙した。
『ぐふ♪ あんたボロボロじゃない?』
「……っは……お前こそ」
攻撃の体勢に入ったタルトを、油断なく睨みつけながら、
(ポトフの剣と足と光魔法とココアの闇魔法とオレの鞭をさんざん喰らって、その上背中に蜂まで刺さってるのにどうして……っ)
ミントは、彼が倒れない理由を考えていた。
(――背中に、蜂?)
そして、ミントはハッと気が付いた。
――それ故、彼に隙が生まれた。
ドゴオオオオオオオン!!
「か――っ?!」
「「ミントっ!!」」
タルトの拳を腹に受け、ミントは吹っ飛び、岩壁伝いに力なく崩れ落ちた。
『ぐふふ♪ わたくしの勝ちね?』
「……く……っそ……」
勝者の笑みを浮かべる敵と言うことを聞かない自分の体とに弱々しい悪態をつくミント。
(折角分かったのに……!)
その後、ミントは悔しさに溢れたライトグリーンの瞳を、
「っ起き、て……プリンっ!」
捕われた友人に向け、彼の名前を呼んだ。
「……」
しかし、プリンは答えず、静かに目を瞑って横になっている。
「プリン……?」
――おかしい。
と、彼は思った。
いくらプリンでも、すぐ隣であれだけ派手にドッタンバッタン戦っていたのだから起きるだろう。
しかし、彼は無言のまま、身動きひとつせずに横たわっている。
(――! まさか!?)
ハッと思い当たって、ミントはタルトに目を戻した。
『ぐふ♪ 言ったでしょう?』
すると、彼はにやりと邪悪に口角をつり上げ、
『"遅かったわね"って』
と、言った。
「「な――っ!?」」
その言葉に、ポトフとココアは目を見開いて言葉を失った。
「……う……ウソだ……」
信じられない、と言うよりも、信じたくないといった顔で、ミントは再びプリンに顔を向ける。
『嘘なもんですか』
「ウソ……起きて……」
彼の言葉を耳に入れないように、ミントは必死で友人に声をかけた。
「……起きて……起きてよ……」
目を覚ましてと訴える彼の視界が、ぐにゃりと歪み出す。
「起きろプリン!!」
それを気にも留めずに、ミントは力の限りの声を出した。
『ぐふふふ♪ だから無駄だって』
彼の精一杯の言葉は、
「……ん……」
『言って』
「……うぅ……」
「『・・・』」
届いた。
「ぷわ……ねむねむ」
むくりと起き上がったプリンは、いつも通り眠そうに欠伸をした。