第84回 親玉日和
甘ったるい蜂蜜のにおいと蜂まがいな魔物で溢れ返っていた空間を抜け、三人は捕われた友人を助けるべく、狭くほの暗い洞窟の中を走っていた。
「ここは魔物がいないみたいだねー?」
「うん。しかも、ポトフのおかげで明るいしね」
「あっはっはっ! さっすが俺って感じだぜェ♪」
先程から魔物がまったく姿を見せないので安心するココアと、友人の手に握られた光の剣を見て言うミントと、彼の言葉に嬉しそうに笑うポトフ。
「……にしても、さっきの蜂蜜が強烈すぎて鼻の調子が……」
その後で、ポトフは鼻に手を当てながら呟いた。
「えー? それじゃあプリンのにおいは辿れないのー?」
「ん?」
それを聞いたココアが残念そうに言った直後、ミントははたと足を止めた。
「お? どした、ミントォ?」
「きゃあ?!」
それにつられて足を止めたポトフに、彼の後ろを走っていたココアが激突した。
「あっち、なんか明るいよ?」
そんなココアを気にも留めずに、ミントは右側にある脇道を指さした後、そちらに向かって駆け出した。
「いった……っもー! 急に止まらないでよー?」
「あは、ごめん」
鼻を押さえながら文句を言うココアに、ポトフは申し訳なさそうに謝ると、
ひょい
「え?」
「俺たちも行こう、ココアちゃん!」
「おーろーせー!!」
ひょいとココアをお姫様だっこし、彼女の抗議も聞かずにミントを追って駆け出した。
「……っは……」
息を切らせながらも、光が漏れ出ている小部屋に辿り着いたミントは、
「っプリ―…」
探し求めている友人の名前を呼ぼうとしたところで固まった。
「―………ん?」
ミントが見つけた小部屋の奥の、大きくて平な岩の上に、長い水色の髪を無造作に広げた制服姿のプリンが蒼い瞳を閉じて静かに横たわっていた。
「・・・」
ここまでは、まだいい。
ここまではまだいい、の、だけれども。
『ぐふふふふ、プリン様ぁV』
ミントの視界に、国立魔法学校の制服を着た何か大きな物を背負っている危険人物が一人、
『ぐふ、素敵なお顔……』
プリンの上に跨っていた。
『ぐふふふ……プリン様、ココ、熱くないですか?』
プリンの上に、跨っていた?
「乱れ咲け! 蓮華えええ!!」
ババババババッシーン!!
自分のネクタイとプリンのしっかり締まったネクタイに手を掛けた危険人物を、目の前の状況を理解したミントは大慌てでぶっ飛ばした。
「お前、教育上よろしくない!!」
その後、そいつをズビシッと指さして怒鳴りつけた。
「? 教育上ー? あ!」
「どしたんだァ―…って、枕!!」
彼の後ろから小部屋に入ったポトフと彼にお姫様だっこされているココアは、部屋に入るなりプリンを発見した。
「ポトフ、ココア、変態だよ!!」
「「変態?」」
そしてついでに、ミントの情報によって変態を発見した。
『ふ……不意打ちとはやってくれるわね』
すると、変態さんが起き上がった。
「……"わね"ー?」
その物言いに小首を傾げるココア。
『……まあ、いいわ』
彼女の仕草など気にも留めずに、変態さんは服についた汚れを払い落とし、
『遅かったわね! でも、今日は前みたいに負けたりなんかしないわ!! 今日この洞窟に来たこと、後で後悔したって遅いんだからね!!』
三人を指さして強気発言をした。
「「・・・」」
が、しかし、
「前みたいにって、あんたなんか知らないよー?」
「ま、仮に会ったことあったとしても忘れるけどな。俺、テメェみたいなのが一番嫌いなタイプだし」
「て言うか重複表現。後悔は後でするものだよ?」
三人にさらさらと全否定された。
『……え?』
彼らの言葉を聞いた、ポトフが一番嫌いなタイプ――筋肉質で暑苦しい感じの大男である彼は、
『え、えええ!? 覚えてないの?!』
と、酷くショックを受けた。
「だから知らないって言ってるじゃーん」
誰だよお前、とでも言いたげに浅い溜め息をつくココアと、
「そそ。それに、オレの知り合いに変態はいな―…」
「……お? どして俺の顔見て発言を中止するんだ、ミント?」
視界の隅に映ったポトフに顔を向けて言葉を詰まらせるミントと、その行動に小首を傾げるポトフ。
「……」
「え?! ちょ!? なんでそこで黙り込むんだミントォ?!」
などと、ミントとポトフが緊張感のないことをやっていると、
『……許せないわ……』
彼は、彼の体型ににつかわしくない口調で言葉を紡いだ。
『プリン様を独占してる上に、わたくしのことをこれっぽっちも覚えていないなんてえええ!!』
((許せない理由は明らかに後者の方が強そうだー!))
『このわたくし、国立魔法学校第三学年ヒヨコさん寮所属イチゴ=タルトが成敗してくれるわあああ!!』
((なんか無駄に説明的だー!!))
タルトの発言に、ミントとココアとポトフが心の中で突っ込みを入れていると、
『ラヴ』
彼は、体勢を低くして右手を構えた。
『アターーーック!!』
そして、次の瞬間に駆け出し、三人が立っていた場所に拳を振り下ろした。
ドゴオオオオオオオン!!
「「?!」」
二手に分かれてそれを避けた三人は、目の前の現象に大きく目を見開いた。
「う……ウソだぁ……?」
「あぅんなヘンテコリンな名前の攻撃でー?」
「く、クレーターが、出来ちゃいましたァ?」
それは、彼が拳を振り下ろした所を中心に、半径一メートルのクレーターが出来ていたから。
『……チッ、外したか』
拳を地面から離しつつ、タルトは忌々しげに舌打ちをした。
((……っ!!))
タルトから見て前方に跳んだ為、禍々しい殺気を放つタルトの顔を見て戦慄を覚えるポトフとココアと、
(て言うか、蜂刺さってる……!!)
彼の後ろに跳んだ為、彼の背中に蜂まがいな魔物が止まっていて、その針が彼の背中に突き刺さっていることに気が付いたミントであった。