第83回 敵陣日和
寒色系統の植物が生い茂る森の中、白い岩が特徴的な崖の下にある大きな洞窟の奥の奥で、
「くんくん。おお、蜂蜜のにおい」
突然開けた空間に出た一行は、少し歩を進めた後に足を止めた。
「ホントね。蜂蜜のにおいがするわ」
「うん。蜂蜜だねー」
「はい、蜂蜜、です」
「んっだこの甘ったるいにおいは……っ!?」
「ゆ、ユウ、大丈夫?!」
死神の言葉に同意するウララとココアとリンと、気持ち悪そうに右腕で鼻を塞ぐユウと、彼を心配するアオイ。
「うーん、確かにこのにおいは蜂蜜だけど……」
「どォして洞窟の中で蜂蜜なんだァ?」
そんな彼らの隣で、ミントとポトフは小首を傾げていた。
「フッフッフッ。そんなことも分からないのか?」
するといつものように巨大な鎌を担いでいる死神は、
「ここが蜂の巣だからに決まっているだろう」
フッフッフッと笑った後、さらりと彼らに答えを提供した。
「ああーぁ、成程〜……。……成程?」
ポン、と手を叩いて納得したすぐ後で、ミントは、ん? と小首を傾げた。
「「!」」
それとほぼ同時に、何かの気配を敏感に感じ取ったポトフとユウは、
「……ミント」
「アオイ……」
ほぼ同時に友人の名を呼んだ。
「? なあに、ユウ?」
「……なんでしょう?」
「「前と後ろと左と右と上だ」」
そして小首を傾げながら振り向いたアオイと嫌な予感をガンガン感じているミントに、ほぼ同時にそう言った。
「「え」」
次いで聞こえてきたのは、あの虫特有の危険な羽音。
「……わあ、いっぱい来たね♪」
「「笑いごとじゃねえええ?!」」
四方八方から現れた、一メートルほどの蜂のような魔物たちを見て、くすりと笑って言ったアオイに、ミントとウララが勢いよく突っ込んだ。
「突っ込んでる場合じゃないよー! イービルフィアー!!」
「ココアの言う通り、ですっ。首尾一貫!」
そんな彼らに突っ込みを入れつつ、ココアは竜巻のごとく渦巻く闇魔法を、リンは鋭く尖った杖先を用いての物理攻撃を、襲いかかってきた魔物たちにお見舞いした。
「うわう……リンってば随分とエグい攻撃だねー?」
「……ココアに言われたかない、です」
そして二人は、暗黒色なココアの闇魔法と、文字通り敵の首から尾までを一直線に貫くリンの攻撃とを見ての、素直な感想を述べた。
「そうだったわねっ、集中豪雨ぅ!!」
彼女たちの突っ込みのおかげで今の状況を飲み込めたウララは、肩にかけていたポシェットから素早くボウガンを取り出し、それをズカズカと連射した。
彼女の放った矢は魔物たちの額を見事に射抜き、魔物の数をガンガン減らしていく。
「うっひゃ〜! さっすがウララちゃんだわね!」
「! ウララちゃん後ろォ!!」
うっひゃ〜と自分を褒めていると、後ろから危険を知らせるポトフの声が飛んできた。
「?! ウララちゃ――きゃあ!?」
「キラキラァ!!」
慣れない呼称にウララが驚いていると、ポトフはすぐに動かない彼女を抱きかかえるようにして守りつつ、彼女の背後から奇襲を仕掛けた魔物たちを光魔法で消し去った。
「……あ……ありがと……ございます」
「あっは、どォいたしまして」
びっくりしながらもウララがお礼を言うと、ポトフはふっと笑ってそれに答え、その場を離れて再び魔物たちと戦い始めた。
「……」
その場に残されたウララが若干顔を赤くしてぽけーっと突っ立っていると、
「……チッ」
ユウの舌打ちが聞こえてきた。
「え?」
見ると、彼は魔物の攻撃を避けながらポトフのことを軽く睨んでいた。
(!? ま、まさか、ヤキモ)
「余計なことを」
(チなわきゃないですよねウフフフフ♪)
もう少しだったのに、と悔しそうに呟いたユウに、ウララは一瞬でも期待したことを激しく後悔した。
「それにしてもうぜぇなこいつら。《暗雲の閃光は破滅をもたらす》」
「月光ーう」
バリバリと轟音を立てながら落ちる白熱した雷で次々と魔物たちを消していくユウの隣で、巨大な鎌の鎌子をぶんぶんと振り回して敵を攻撃していた死神は、
「うーむ。なんか飽きてきた」
なんか飽きちゃっていた。
「んー……。……ん? おお、閃いたぞ。ぴこーん」
後、顎に手を当てた死神の頭の上にぴこーんと電球が光った。
「逝っけー」
そして、死神は鎌子の切っ先を魔物の群に向け、
「死神ビーム」
と、相変わらず抑揚のない声で言った。
ズドドドドオオオオン!!
その直後、彼の言った通りに、鎌子の刃の先端から紫色のビームが発射した。
「……恐るべし死神ビーム……」
「わあ、死神さんすごいね!」
どんなネーミングだ、とか思いつつも、それが軌道上の魔物を一掃したのを見てしまった為、ミントは顔を引きつらせ、アオイはくすりと笑ってそう言った。
「にしても、何匹いるんだって感じだよね、蓮華!」
「うーん、困っちゃうね? みじん切りっ!」
そんなことを言いながら、数に限りを見せない敵をミントは薔薇の鞭で叩きのめし、アオイは銀色の剣で切り捨てた。
「……ええと、プリンはきっとこの先にいるんだよね? えいっ!」
技を決めた後、次の魔物に攻撃を始めつつ口を開いたアオイに、
「はあ! ……え? あ、うん。たぶん」
ミントは薔薇の鞭を巧みに操りながら頷いてみせた。
「そうだよね。よおし、じゃあ」
ミントの答えを聞いたアオイは、ちらりとユウに顔を向けた。
「《宙を舞う三日月》」
彼の合図に頷く代わりに、ユウは三日月型の風を吹かせる呪文を唱えた。
「わあ!?」
「おわ!?」
「きゃあ!?」
その風は、ミントとポトフとココアを巻き込み、器用に彼らを奥へと繋がる道の方へと吹っ飛ばした。
「ここは僕たちに任せて!」
次いで聞こえてきたのは、アオイの口から出た頼もしい言葉。
「ええ?! でも」
「大丈夫」
驚いたミントの逆接の接続詞の先を遮り、
「僕たち、伊達にろーぷれクリアしたわけじゃないから」
アオイはくすりと笑ってそう言った。
「「・・・」」
「あ、う、うんっ!」
「分かったぜェ!」
「ごめんねそしてありがとー!」
ろーぷれ? とか疑問符を浮かべつつ、ミントとポトフとココアは、彼らに背中を任せて駆け出した。