第81回 事件発生日和
国立魔法学校三階、窓から学校の広大な森が望める生物学の教室で、
「……無属性の魔力と、その他の九つの属性のうちいずれかひとつの魔力が宿った魔晶」
生物学担当、狐色髪のリア先生は、教科書を読みながらさらさらとチョークを動かしていた。
「すなわち、"バース"が私たちの心臓の中心にあることによって、私たちの体をめぐる血に魔力が宿り、そうして私たちは自分の思い通りに魔法を」
ふむふむ成程、と生徒たちがそれをノートに写していると、
ガターンッ!!
と、後方から椅子が倒れた激しい音が聞こえてきた。
「……せ……せんせっ」
びっくりした生徒たちとリア先生が音のした方へ顔を向けると、その先に一枚の紙を持ったミントが、真っ青な顔で立っていた。
「お、オレ、用事思い出したので早退しますっ!!」
皆が注目しているなか、彼はそれだけ言うと、酷く慌てた様子で教室から出ていった。
「はい。分かりました」
それにすんなりと納得し、再び教科書に目を落とすリア先生。
「……? どしたんだろ、ミン」
それでいいのかリア先生、とか思っている皆さんをよそに、ミントが出ていったドアを見ながらココアが小首を傾げていると、
ひょい
彼女は、肩と両膝の下に素早くまわされた腕によってひょいっとお姫様だっこされた。
「……ト……?」
何が起きた? とか思いながら、ココアが今の状況を把握しようと試みた直後、
「先生! ココアちゃんがお腹痛いそうなので俺医務室に連れていきます!!」
彼女をお姫様だっこした人物、ポトフが、尤もらしい表情でリア先生にココアの不調を訴えた。
「ちょ?!」
クラスメイトからビシバシ浴びている視線と彼にお姫様だっこされていることとに顔を真っ赤にしている彼女に構うことなく、ポトフはミントを追うようにココアを連れて教室から飛び出した。
「はい。お大事に」
だから、そんなんでいいのかリア先生、と生徒たちに思われながら、リア先生は何事もなかったかのように授業を続けるのであった。
授業中につき、生徒のいない静かな筈の中庭で、
「ちょっとぉ! きゅうりくらい自分で買えよっつうかあんたのウチ金持ちなんでしょう?!」
可愛げな財布を上下に振りながらやかましく騒ぎ立てている少女がひとり。
「……これだけか。チッ、シケてんな」
「んだとテメェ?! ってかどこの不良だよ!?」
「と言いますか、本当に買ってきちゃうウララにも非があると思う、です」
彼女が買ってきた袋の中身を見て舌打ちするユウと、そんな彼に食ってかかるウララと、ご尤もな突っ込みを入れるリン。
「ごろごろー」
「? どうして転がっているんですか、死神さん?」
芝生の上を巨大な鎌を担ぎながら、どうやってかは不明だが、ごろごろと転がっている死神にアオイが小首を傾げつつ質問すると、
「フッフッフッ。暇だか」
「あ、ミント!」
彼は、自分から問い掛けたのにも関わらず、死神の返答を遮った。
「……オレ様しょんぼり」
「! アオイ!」
しょんぼりとしている死神を華麗にスルーし、ミントはアオイに駆け寄った。
「……? 顔色が悪いけどどうしたの?」
自分の前で止まり、両膝に両手をついて呼吸を整えている彼に、アオイが心配そうな表情で尋ねると、
「ミントォ!!」
彼の隣に、ココアをお姫様だっこしたポトフが到着した。
「「……お姫様だっこ……」」
「ち、違っ!! ぽ、ポトフ早く降ろしてよー!!」
リンとウララに細い目で見られ、更に顔を赤くしたココアは、彼に降ろしてもらうように頼んだ。
「……っは……こ、これ」
ポトフが渋々ココアを降ろすと、呼吸が落ち着いたミントは、自分を囲むように集まった彼らに、手に握り締めていた紙を見せた。
「「・・・」」
それに書かれた文を読み、ココアとポトフとアオイとリンとウララは、
「「ええええええ?!」」
超びっくりした。
「ね、ね、ね、どうしようどうしようどうしようどうしよう?!」
彼らと同じように慌てふためくミント。
「どどど、どォするって言われたってっ」
「どうしよーどうしよーどうしよー?!」
「え、え、えっと、救急車?!」
「それを言うならケーサツでしょ!? リン、110番よ!!」
「ウララ、圏外、ですっ」
そうして彼らがわたわたと騒ぎ出した時、
「……」
彼らの輪から少し離れてきゅうりをかじっていたユウが、ミントの手からひらひらと落ちた紙を無言で拾い上げた。
その紙には、
"プリン=アラモードは預かった。
返して欲しければ、青の森に裏庭から真っ直ぐ行った経路で入って北に10km進んで南に7km進んだ後若干西に歩いたところにある白い岩が特徴的な崖の下にある大きな洞穴の奥にある我が屋敷まで来ることだなフハーッハハハハ!! by怪盗X"
と、大真面目に書いてあった。
「……うざ」
自分の屋敷まで来て欲しい感MAXな怪盗Xからの手紙を読み、ユウは至極の無表情で簡潔かつ抜群の破壊力を誇る形容詞で感想を述べた。
「えーん。ゆうこりん、慰め」
「《天空をめぐる無形の刃》」
そして、皆に相手にされない為に泣き真似しながら寄ってきた死神をぶっ飛ばした。
「……おい、お前ら」
その後、思い思いにパニック状態に陥っている愉快な仲間たちに、
「返して欲しいんなら、こいつの屋敷に行けばいいだろ?」
ご尤もなことをさらりと言った。
「「あ」」
そうして、彼らは青の森に向かうのであった。