第77回 思い出日和
茜色の光が差し込む放課後の学校の階段の踊り場の陰に、中学一年生の二人の少女が身を潜めていた。
「……ウララ、来ました、です」
「!」
上から足音が聞こえてきたので、そちらの様子をちらと窺った栗色の髪の少女、リンが報告すると、狐色髪の少女、ウララはびくっと顔がこわばらせた。
「……本当に行く、ですか?」
「あ、当ったり前じゃない!」
そんな彼女にリンが尋ねると、意を決したウララは踊り場に飛び出した。
「……」
どうしてあんなのがいいのやら、と思いながら、リンは彼女を文字通り陰で応援することにした。
カツン
そうこうしているうちに、上の階から目的の人物が踊り場にやって来た。
「……」
「……」
向かい合うかたちとなった彼女たちは、片や真っ赤な顔で、片や無表情。
「……ぁ……あの!」
最高に緊張しつつも、ウララは勇気を振り絞って沈黙を切り裂いた。
――が、
「邪魔」
学生鞄を右手に持ち、その手の甲を右肩に乗せている黒髪の彼、ユウは、不機嫌な声でそう言った。
「え」
「通行の邪魔だ。退け」
何を言われたのか理解出来ていない様子の彼女に、ユウは再び邪魔と言った。
「え、あ、はい、ごめんなさい―…って、ちょっと待てい?!」
うっかり道を譲ってしまったウララは、そこを通過していった彼に思わず突っ込みを入れてしまった。
「……お前」
すると、リンが座っている段で足を止めたユウは、ウララにちらりと顔を向け、
「歯に青ノリついてるぞ」
衝撃の事実を伝えて去っていった。
≫≫≫
「っだああああああ!! し、仕方ないでしょ今日の給食焼きそばだったんだからああああああああ!!」
という三年前の出来事の夢を見たウララは、顔を真っ赤にして言い訳を叫びながら飛び起きた。
「って言うか普通あのタイミングであんなこと言わねえだろ?! 気付いても流せよ!! そこは流しとけよ!! ったくデリバリーの欠片も存在しないわねあんちくしょおおお!!」
「……ウララ、それを言うなら、デリカシー、です」
頭を抱えて叫んでいる彼女に向けて、ノートにシャーペンを走らせながらリンが言った。
「――はっ!? あ、あれ? ここはどこ?」
それを聞いて我に返ったウララは、当たりをきょろきょろと見回した。
「ここはシャイアのお城の中庭、です」
彼女の問いに、リンは問題集のページを捲りながらさらりと答えた。
「中に――」
リンの答えを聞き返そうとした時、
「だりゃあああああ!!」
「――ああ、私、いつの間にか寝てたのね」
チビッコ国王の声が聞こえてきたので、ウララはようやく自分が寝ていたことに気が付いた。
キンキンキンキンキンキン
ルゥが振り回す巨大フォークを鮮やかに受け流し、その背後に回り込んだ銀髪の彼、
スッ
「首、取りました」
アオイは、彼の首筋に剣の切っ先を向けてくすりと微笑みつつそう言った。
「っにゃあああ!! アオイ、もっかい!! もっかい勝負!!」
「はい、いいですよ」
悔しそうに振り向いたルゥに、再びくすりと笑って答えるアオイ。
「……あの笑い、バカにしてるようにしか見えないわね?」
「アオイのくすくす笑いは昔から、です」
実は腹黒なのではなかろうか、とか思いながら言うウララに、リンは赤ペンで丸付けをしながら言葉を返した。
「まあ、そうなんだけど。でも、一国の王様に"首、取りました"っていうのはどうなのよ?」
「……流石、熱を込めて語っているラスボスを殴って黙らせただけある、です」
ウララが呆れたように言った後、リンが彼の武勇伝を口にすると、
「国王様はっけーん」
中庭の入り口から抑揚のない声が聞こえてきた。
「あ。シャーンさん、こんにちは」
「おう。こんにちはだな、アオイ」
「おお!? 邪魔すんなよシャーン!!」
現れた赤髪の彼、シャーンに挨拶をするアオイと、彼を指さしてもの申すルゥ。
「おお、悪いな。邪魔するぞ」
「な――」
ひょい
そんなルゥの言葉を無視して、シャーンは彼のマントを掴むとひょいっと彼を持ち上げた。
「テメ、は、離せこの無礼短足!! オレは王様だぞ!? 兵士長の分際で王様にこんなこと―…」
「無礼はどっちだ。アクアシールド」
ごぽん
宙吊りにされている状態でジタバタと暴れるルゥを、シャーンは水の盾で閉じ込めた。
「ごぼお?!」
「悪いなアオイ、こんなヤツの相手してもらって」
「あ、いえ、そんな。僕も楽しかったですよ」
巨大な水滴の中でまだ暴れているルゥを無視してシャーンが申し訳なさそうに言うと、アオイはくすりと笑ってそう言った。
「そうか」
するとシャーンはふっと微笑んで、別れの挨拶を言って城の中へと歩き出した。
「ゴポ、ゴボゴボゴボボオ!! ゴボゴボゴボ―…」
「何言ってんのか知らねぇけど、いい加減おとなしくしねぇとお前そろそろ死ぬぞ?」
「―…ごぽっくり」
「あ、死んだ」
そうして、ルゥとシャーンが見えなくなると、
「んしょ」
アオイは手に持っていた銀色の剣を、背負っている鞘に収めた。
「……ひゃあ……」
そして、小さく欠伸をすると、
「……んゆ……」
その場にころんと横になって眠り始めた。
「「……」」
そんな彼を眺めていたリンとウララは、
「懐かしいわね〜、私たちが旅してた頃を思い出すわ〜」
「はい、です」
彼の髪に止まった青い蝶々を見て、昔を懐かしみ始めた。
「よく、ああやってアオイがお昼寝した時」
「アオイの周りに寄ってきた小鳥やウサギなんかを、ズドンと、です」
食べたのか。
食べちゃったのか。
「まあ、生きる為だもんね〜。入手方はアオイには黙っといたけど」
「……そんなこともあったな」
彼女たちがあまり微笑ましくない会話をしていると、背後からユウの声が聞こえてきた。
「あ、ユウ、どこ行ってたの?」
ので、ウララが彼に顔を向けると、
「勉強を見ろとか言ってきたヤツが真っ先に寝やがっからな」
必要な道具を取りに、と付け足しながら、ユウはドサッと麻袋をウララの足元に投げつけた。
「え」
「入れ」
固まったウララに、ユウはさらりとそう言った。
「い、いやぁ……遠慮させていただきま」
「サンドバッグに拒否権があると思っているのか?」
「って、だから私はサンドバッグじゃないわよおおお?!」
「《暗雲の閃光は破滅をもたらす》」
「きゃああああああ?!」
結局麻袋に入れられてしまったウララと、袋を引きずって木の下に行ったユウを見て、
「……仲良し、ですね」
リンはふっと微笑み、再びノートにシャーペンを走らせ始めた。