第76回 溶解日和
中庭修復が終わった夜、ミントは自分のベッドに腰掛けて、
「……と、まあ、そんなことがあったわけですよ」
プリンに尋ねられたので、ハショらない昔話をしていた。
「「……」」
彼の話に、それぞれのベッドに座って真剣に耳を傾けていたプリンとポトフは、
「「そいつら全員ぶっ飛ばす!!」」
ババーッと立ち上がって、バックにメラメラと炎を燃え上がらせた。
「あはは……ありがと。でも、目の前でヒトが溶けたら普通驚くよね?」
そんな彼らに、ミントが弱く笑いながらそう尋ねた。
「驚く……かもしれねェけど、ミントはミントだ。バケモノなんかじゃねェ」
「うむ。それに、溶解魔法は教科書にも載っている正式な無属性魔法だ。ミントが使えたって何もおかしいことはない」
すると、両サイドの二人はいつになく真剣そのものの表情で彼に答えた。
「あは、ありがと、二人と―…も?!」
彼らの言葉が嬉しくて、思わずにこっと笑ってしまったのもつかの間、
「えええ!? 教科書に載ってるの?!」
ミントは、プリンの口からぽろっと溢れた衝撃の事実を聞き返した。
「うむ」
ぽんっ
彼の質問にこくりと頷いたプリンは、呼び出し魔法で魔法学の分厚い教科書を呼び出し、
「ここに」
最後の方のページをパラッと捲り、溶解魔法の欄を指さしながらミントに見せるようにそれを差し出した。
「あら本当……って、えええ?!」
奥様口調で事実を確認した後、いつものミントに戻るミント。
「……とォ、何なにィ? "溶解魔法…自らの状態を液状に変化させる無属性魔法の高等術"って、スゲェじゃねェか、ミントォ!」
彼の隣にひょこっと顔を出したポトフは、教科書を読んでからミントを讃えた。
「いや、スゲェって言われましても……」
しかし、あんな高等術が使えても……と、ミントはそれを素直に喜べない模様。
「"まず、全身を薄い魔力のベールで包み込む。次に魔力の流れを把握する。そして、その流れに身を任せることによって自らの状態を液状化させる"」
その間にプリンは、ポトフが読みあげたその先の説明文を読みあげた。
「……そんなこむずかしいこと、やってないと思うんだけど……」
あの魔法を理論的ではなく感覚的に出来ちゃっていることを知り、逆に悲しくなったミント。
「"溶解魔法は自らの状態を変化させる魔法ゆえに、失敗は死を意味する"」
すると、再びポトフが教科書を読みあげた。
「って、ここで思わぬ情報が入りました?!」
彼の低めな声がもたらした情報に、ミントは思わずニュースキャスターのような反応を示した。
「"また、戻り方を把握せずにこの魔法を使用すると一生元には戻れない"」
それに追い討ちをかけるように続きを読むプリン。
「それすなわち、一生液体!?」
想像するのもおぞましい事実に、真っ青になりつつも元気に突っ込むミント。
「"更に、状態変化中にも注意が必要である。その状態で完全に蒸発してしまうと、魂もそのまま完全に蒸発する"」
何故かプリンと交互に教科書を読むポトフ。
「完全蒸発って、どんだけ長く溶けてんのさ!? って言うか教科書のクセに何ちょっとうまいこと言ってんのさ?!」
やがて、ミントは教科書にも突っ込み始めた。
「"更に、状態変化中に他の多量の液体と混ざってしまうと――"」
そんな彼に構うことなく、その先を読みあげたプリンは、
「……む? 続きがない」
隣のページを見て、小首を傾げつつそう言った。
「落丁おおおおおお?!」
その先が非常に気になったミントは、思わず叫び突っ込みを入れた。
「お? でも、ページは飛んでねェぞ?」
が、ポトフがそれぞれのページの一番下に書かれている数を指さしながらそう言った。
「ふむ。詰まり、故意にここで終わらせたのだな」
ので、プリンは顎に手を当てつつ結論を下した。
「どんな教科書だよって言うか命に関わる魔法の注意事項を故意に消すなよって言うかいらねえよそんな引きいいいいい!!」
教科書会社によるまったく粋でない計らいに、ミントは帽子が落ちたのも無視して、髪の毛を両手でぐしゃぐしゃにしながら三連突っ込みをかました。
……ぼて
後、おとなしくなったミントは、そのままベッドにぼてっとうつ伏せに倒れた。
「む? ミント、どうしたの?」
突然元気がなくなった彼を見て、不思議に思ったプリンが小首を傾げると、
「……疲れたから寝る。おやすみ」
ミントはヤケを起こしたような口調で答えつつ布団を引っ張り上げ、そのまま丸くなって動かなくなった。
「うむ。おやすみ」
「おやすみーィ♪」
プリンはこくりと頷いて、ポトフは右手をひらひらと振りながらミントにおやすみの挨拶を返した。
「……」
「「……」」
しばらくの時間が経ってもまったく動かないミントを、二人は無言で見下ろしていた。
(ふむ、だからあの時……)
布団の中で丸くなっている彼を見ながら、プリンはふと思い出した。
――……。バケモノって、思った?
それは、秋雨の降る森の中での記憶。
ミントによく似た魔物を倒した後、雨の音に負けてしまいそうなほど弱々しい声で、彼がプリンに向けて尋ねた言葉。
「……ミントは、バケモノなんかじゃない」
記憶の中の彼の問いに、プリンがぽつりと答えると、
「んなの、当たり前だろォ?」
ミントの布団に入ろうとしているポトフが、ふっと笑ってそう答えた。
「うむ。そうだな」
ので、ふっと笑い返して頷いた後、プリンはポトフを枕でぶっ飛ばして、自分のベッドに横になった。
「ってェな何すんだテメェ喧嘩売っ」
「ぷわ……おやしゅみ」
抗議を始めた彼に、プリンが言うと、
「……っ、……お……おやすみっ!」
ポトフは自分のベッドに入ってそっぽを向きつつ挨拶を返し、パキンと指を打ち鳴らして部屋の電気を消した。
暗い部屋の中で、訪れたのは穏やかな静寂。
実はまだ眠っていなかったミントと、プリンとポトフの三人は、カーテンを閉めていない窓から見える星空に目を向けた。
そして、去年の七夕にミントが書いていた願いごとを心の中で繰り返し、三人は静かに瞳を閉じた。
"ずっと友達でいられますように"
ホー、ホー
ポトフ
「……ん? いや、でも俺とミントは友達以上恋人みま―…」
ミント
「ローズホイップ」
プリン
「……ぶう、台無し……」