第75回 マッド日和
「ふう、あとはここの木だけだね」
オレンジ色に包まれた中庭で、ミントが額に光る汗を拭いながら言った。
「ぷえ……疲れた」
「はい、疲れました……けれど、わたくし、このようなことは初めて行いましたわ!」
彼の隣には、おぼっちゃまとお嬢様らしからず土で汚れたプリンとムースが立っている。
「……まったく、何故僕がバジルさんの尻拭いをしなければならないんですか」
「……アロエは思い切りとばっちりです」
後ろの方でぶつくさと文句を言っている双子ちゃんはほっといて、
「む。ここは、あのおっきい木があった所?」
「そ。……折角あそこまで大きくなったのに……」
小首を傾げたプリンに、ミントは悲しげに呟いた。
「……ミント……」
「……ミントさん……」
彼と同じように悲しい気持ちになるプリンとムース。
「あとでバジルを張り倒しとかなきゃ」
そんな彼らの真ん中で、ミントはどす黒いオーラを発生させた。
「うむ、僕も張り倒す!」
「わたくしも張り倒しますわ!」
すると、どす黒いオーラが三つになった。
「よし、じゃあ、ここに代わりの木を植えよう!」
どす黒いオーラを発し終わると、ミントは拳を振り上げてそう言った。
「「おー!」ですわ!」
ノリのいいお二方。
「てなわけで、いでよ、マッドホイップ!」
二人が手を挙げると、ミントは挙げていた拳を開き、
『『ジェラララララ!』』
そこにマッドホイップを出現させた。
「「……?」」
なにゆえ? と、プリンとムースが疑問符を浮かべていると、
「アーンド……」
ごそごそ
「肉ー!!」
ミントがポケットから骨付き肉を持ち出した。
ちなみにこれは、ポトフを黙らせる用の肉である。
『『ジェララアァ!!』』
その肉を見た、といってもマッドに目はないから……か、感じ取った? マッドは、喜んでそれに飛び付いた。
ゴックン
「「……丸飲み……」」
ワイルドな食べっぷりに、思わず真っ青になってしまったプリンとムース。
『『ジェラララァ〜ジュ〜シィ〜♪』』
「「?!」」
マッドが喋った!! と、二人が驚いていると、
『ジェ、ラァ!!』
鞭の先端についているマッドが、プッと何かを吐き出した。
「ほいきた!」
それを器用にキャッチするミント。
「そ……それはなんですの?」
彼の手の中にあるものについて、ムースが質問をすると、
「マッドの種だよ♪」
ミントはにこっと笑って答えた。
「……………………種?」
たっぷりと間を置いて聞き返すムース。
「うん! マッドは頭がいいから、美味しくて栄養のある食べ物があった場所に種を落としてくんだよ」
ありがとう、とマッドたちの頭を撫でながら応えるご機嫌ミント。
「お……"落としてく"ということは、その植物は移動なさるの?」
そんな彼に、まさかとは思いつつ尋ねるムース。
「うん。するよ」
ムースの期待は、あっけらかんと崩された。
「食べ物がなくなったときとか、あとは……気分、かな?」
「……えらく自由奔放な植物ですのね……?」
前半は、まあ、百歩ぐらい譲れば納得できなくもないが、気分で移動しちゃうのかよ、とか思うムース。
「えっとね、オレが初めて会ったマッドは、旅マッドだったんだあ」
「……旅マッド……?」
ムースの聞き返しをさらりと受け流し、
「オレが七歳の時、学校でなんやかんやがあって、えらくブルーになった時があってね」
ミントは、自分の過去を、えらくハショって話し始めた。
「その頃、学校に行かないで街外れの森に行って体操座りしてたら、旅マッドにあったんだぁ」
≫≫≫
初等学校で溶解魔法を使ってしまったその次の日、
「……ぐすっ……」
街から少し離れた森の近くで、ミントは小さくなって泣いていた。
「けほっ……しらなかったんだもん……」
ガサ
そんな時、背後の森の中の草むらが音を立てた。
そう、ここは街の外であって、更に悪いことに、魔物が住む森の前。
「……だって……おうちでは、あれがふつうなんだもん……」
ガサガサ
そんな場所で一人で泣いている小さな子どもは、魔物の格好の標的。
『ま〜みむめも〜う!!』
「? ――!!」
背後に忍び寄ってきていた牛のような魔物は、ふざけた雄叫びをあげながら、容赦なくミントに襲いかかった。
「―………?」
が、反射的にきつく目を瞑ったミントには、いつまで経っても痛みが襲ってこない。
ゴックン
「……??」
それどころか、何かを飲み込んだような変な音が聞こえてきた。
「……っ」
周りで何が起こったのか非常に気になったミントは、恐る恐るライトグリーンの瞳を開けてみた。
『ジェラ』
目を開けてみると、先程の牛よりも遥かに小さい、小さくなっているミントと同じくらいの大きさのマッドが、いつの間にやら彼の前に立っていた。
そのマッドは、魔物を飲み込んだせいか、お腹がぽっこりと膨らんでいて、根を足のように動かしてその場で足踏みをしながら、ギザギザの葉っぱを手のように用いて風呂敷のぶら下がった棒を担いでいた。
――それはすなわち、旅マッド。
「……かわいい……」
それのどこら辺を見て思ったのか、ミントが本気でそう言うと、
『ジェララララ』
旅マッドはギザギザの葉で自分の頭を撫でた。
――照れている。
「キミがオレをまもってくれたの?」
ミントが尋ねると、
『ジェラ、ジェララララ』
今度はギザギザの葉っぱを前に出し、凛々しい雰囲気で鳴いた。
「れいには、およばない、って、そんなことないよ。ありがとう、口さん!」
何故かマッドの言葉が分かったミントは、マッドのことを口さんと呼んでお礼を言った。
『ジェラララ……』
すると、口さんは再びギザギザの葉で自分の頭を撫でた後、
『ジェ、ラァ!』
プッと種を吐き出した。
「……? たね?」
それを拾い上げ、ミントが小首を傾げると、
『ジェラ、ジェララララ、ジェララァ』
口さんはくるりとミントに背を向けて、森の奥へと去っていった。
「……"えがおのほうが、にあってるぜ"……」
種を持って立ち上がったミントは、口さんが残していった一言を人語に訳して繰り返した。
「か……かっこいい……」
こうして、口さんを追う彼の瞳から、悲しみの色が消え去っていった。
≫≫≫
「「……」」
彼のえらくハショった話を聞いて、プリンとムースはむしろそのえらくハショった部分の方が気になっていた。
「ミント――」
なんやかんやって、何があったんだ、とプリンが彼に尋ねようと試みたところ、
ぽんぽん
「うし、完璧っ!」
ミントは、中庭に何かを埋めていた。
「お待ちになって?!」
ので、ムースはいつものお嬢様口調で突っ込んだ。
「? 何さ?」
「いえ、何さではなくて、今、そこに何を埋めたんですの!?」
小首を傾げて振り向いたミントに、ムースが言うと、
「何って、マッドの種」
ミントはさらりとそう答えた。
「いや、まあ、種が出た時点である程度は予想ついていましたが、中庭にマッド?!」
「中庭にマッド」
意外とツッコミ気質なムースに、ミントはこっくり頷いた。
「何か不服?」
「いえ、その、不服と言いますか、マッドが中庭にいてはいろいろと問題が発生するのではなくて?」
疑問符を浮かべつつ質問してきたミント、ムースが控えめに言うと、
「何言ってんのさ? むしろその逆だよ」
ミントはにっこり笑ってそう言った。
「中庭で待ち合わせの時間にあの子が来ない。そんな時?」
「む! マッドがお喋りの相手になるのだな!」
「中庭で一生一大の告白。そんな時?」
「むむ! マッドが応援してくれるのだな!」
「アイツに負けて中庭で落ち込んでる。そんな時?」
「むむむ! マッドが慰めてくれるのだな!」
ミントが投げ掛けた場面問題に、的確に答えてみせるプリン。
「超画期的じゃん?」
「うむ、超画期的!」
「なんと言いますか、普通の木を植えましょう?」
何やら楽しそうな彼らに、ムースはさらりと言うと、不満げな彼らと共に普通の喋らない木を中庭に植えましたとさ。




