第72回 宣戦布告日和
秋色に染まる森の奥、白壁の美しい国立魔法学校にて、
「わは〜! ハロウィンって感じだね〜!」
「ええ、そうですわね」
ここ、セイクリッド校と、隣国のバテコンハイジュ校との合同ハロウィンパーティーが開かれていた。
「美味しそうなものもいっぱいあるし、このカボチャなんかまさにハロウィンだよね!」
「随分と大きなカボチャですわね〜」
テーブルに並べられている様々な料理を一通り見回した後、ミントとムースは近くに置いてあった、目と鼻と口がペイントされている大きなカボチャに触れてみた。
パカッ
「! ミント!」
「「?!」」
すると、そのカボチャの頭の部分がパカッと開き、中からプリンがひょこっと現れた。
「まあ、プリン!」
「なんでそんなとこに入ってるのさプリン!? って言うか、その収容力がすごいよプリン?!」
彼の思わぬ登場に、顔をぱあっと輝かせるムースと、いつものごとく突っ込みを入れるミント。
「む? ムースがいる」
カボチャの頭の部分から顔だけ外に出ている状態のプリンは、ムースの存在に薄ーい反応を示した後、
「今日は、ハロゲン? だから、カボチャだ」
と、ミントに言った。
「……。そっか」
「うむ!」
いつものごとく難解な彼の解答に、ミントが取り敢えず納得してみせると、プリンは満足げに頷いた。
「とォ」
むぎゅっ
「ぴぎゅ」
すると、彼は頭を強く押し込められて、再び顔が見えなくなった。
「あっはっはっ! トリックオアミートだぜミントォ!!」
代わりに現れたのは、いつものごとく明るく笑うポトフ。
「あら? プリンは何処へ行ってしまわれたのかしら?」
プリンが見えなくなり、素でキョロキョロと辺りを見回しているムースはほっといて、
「……猫耳つけて何してるのさ、ポトフ?」
ミントは、彼の頭についている獣耳を見ながら質問をした。
「ふっ……甘いぜミント。これは、にゃんこ耳じゃなくて狼耳なんだぜェ?」
彼の言葉に、ポトフは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ああ、成程。今日はハロウィンだから狼男に仮装してるんだね?」
「その通り!」
それを聞いて、にこっと笑って頷いたポトフに、
「キミもともと狼男じゃんか」
ミントはさらりとそう言った。
「――?!」
衝撃。
「……」
すぽっ
まさか無駄な仮装をしていたとは……、とか思いながら、ミントの帽子を取ったポトフは、
すちゃ
「いやいやいやいやいや」
彼の頭に、先程まで自分が装着していた狼耳のカチューシャをセットした。
「まあ! 可愛らしいですわ、ミントさん!」
「いや"可愛らしいですわ"でなくてね?」
「あっはっはっ! にゃんこみたいでカァワイ〜♪」
「あれキミさっきこれ狼耳って言ってませんでした?」
可愛いと言うムースとポトフに、ミントがカチューシャを外そうとそれに手を伸ばしながら突っ込みを入れていると、
「……君がポトフ=フラントかい?」
彼らの背後から、低音ボイスが聞こえてきた。
「「?」」
「! あなたは……」
聞き覚えのない声にミントとポトフは疑問符を浮かべながら、ムースは嫌そうな顔で振り向いた。
「ふん、どうやら私の予想通り、ココア=パウダー嬢は騙されていたようだね」
そうして振り向いたその先には、赤みがかったバテコンハイジュ校の制服であるローブを身に纏っている、長めの緑色の髪を毛先の方だけちょこんと一つにまとめた爽やか顔の美男子――バジルが立っていた。
「……は?」
そんな彼を見て、先程まで子犬のようにきらきらしていたポトフの茶色の瞳が、その光を失った。
理由は、バジルが、ミントとの会話を邪魔した上に、野郎だったから。
「そォだけど?」
だからなんだよ、と言いたげに、ポトフが彼に向けて冷たく言葉を返すと、
「ポトフ=フラント!! この私と――ココア=パウダー嬢を賭けて戦いたまえ!!」
バジルはズビシッとポトフを指さし、大きな声で挑戦状を叩き付けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「……はァ?」
後、わけが分からないポトフは、呆れ返った声で聞き返した。
「またあなたは、わけの分からないことを……」
「ココアを賭けて戦えだなんて、キミ、ココアのなんなのさ?」
その隣で、同じく呆れたような声を発するムースと、疑問符を浮かべるミント。
「私かい? 私は、彼女の心を虜にしてしまった罪深き堕天使―…」
「こちらは彼女に変人と見なされたバジル=スパイスです」
真面目な顔で何か言い出したバジルを遮って、彼の隣に立っていた茶髪眼鏡の少年、アセロラが彼をミントたちに紹介すると、
「……なら、もォ勝負はついてるだろ? 戦う必要ねェじゃねェか?」
ポトフはポケットに両手を突っ込んだまま、抑揚のない声でさらりと彼に言い放った。
「俺は彼氏でお前は変人。詰まり、俺の圧勝ォ♪」
と。
「正論だね」
「正論ですわ」
「正論ですね」
それを即座に肯定するミントとムースとアセロラ。
「な、何を言う!? 君は今現在進行形で浮気ごとをしているではないか!!」
圧倒的に不利な立場に立たされたバジルは、ムースとミントを指さして、負けるものかと叫んだ。
「そこの、ムース=ジェラート嬢と、魅惑の猫耳美少女と!!」
と。
「はァ? 何言っ」
「ポトフ」
いい加減返事を返すのも面倒になってきたポトフが、彼を追い払う為の言葉を放とうとした丁度その時、魅惑の猫耳美少女は彼に向けてこう言った。
「あんなヤツ、ボッコボコのぐっちゃぐちゃだよ」
と。
「・・・え?」
「売られた喧嘩は買うっきゃないでしょ。って言うか買え」
「え、えええェ?!」
「! フハハ! では、準備が整ったら中庭まで来たまえ!」
こうして、ミントの中の良からぬものが切れてしまった為、結局ポトフはバジルと戦う羽目になってしまったのであった。