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学校日和2  作者: めろん
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第64回 嫌と好日和

 かつて、彼はたった一度だけ、その魔法を人前で使ったことがあった。


――オレ、つかえるよ。


それは、彼がまだ初等学校に通っていた時のこと。

 きっかけを作ったのは、同じクラスにいた、分厚い本を抱えている、いかにも物知りそうな女の子。

彼女が誰も使えないと言った魔法を、彼は使えると言い返した。


――じゃあ、やってみせてよ。


だから彼女はそう言って、彼は素直に頷いた。

その時、その場に居合たクラスメイトたちの目が彼に集まった。

何故なら、彼らはまだ、誰も魔法というものを使うことが出来なかったから。


――いくよ。


 そんななか、彼はふっと目を瞑り、彼らの目の前でその魔法を使ってみせた。


――……!


直後、教室がしんと静まり返った。

突然静かになったので、彼が不思議に思っていると、彼らの顔はまたたく間に恐怖に染まり、その瞳からは涙が溢れ出た。

 どうして泣いているの、と彼が尋ねようとした矢先に、


――バケモノ!!


どこからか、そんな言葉が飛んできた。

え、と、彼がその言葉を聞き返す前に、まるでそれが合図であったかのように、彼らは恐怖に引きつった悲鳴をあげながら、教室の外へと飛び出して、出来るだけ速く、出来るだけ遠くへと逃げ去っていった。


――……バケモノ。


 ひとり残された教室で、魔法を解いた彼が呟いた。

成程、彼らの顔が恐怖に染まったのは自分のせいで、彼らの瞳から涙が溢れ出たのも自分のせい。

そして、彼らを怖がらせた自分は、バケモノなのだ。


――オレが……。


彼は知らなかった。

その魔法を使えたのは、ずっと前からのことで、それが普通の、当たり前のことだと思っていたから。

しかし、それは間違いで、彼らは彼の異常さに恐れをなして、彼の元から逃げ出した。


――……。


 それ以来、彼は初等学校にあまり顔を見せなくなった。

そして、その頃から、彼はその魔法を二度と使わなくなり、涙を極端に怖がるようになった。

――その魔法を使うと、溢れる涙を見ると、あの時のように、自分のそばから人が誰もいなくなってしまうと思ったから。

もう二度と、あの時のような、つらい思いはしたくなかったから。

 ――それからしばらくして、街外れの森の近くに、小さな花壇が誕生した。


≫≫≫


「……もう、二度と使わないって決めてたのに」


 防風林を消し飛ばした禍々しい風は、勢いをそのままに、その先にいる自分へと遠慮なく向かってくる。


「プリンのバカ」


ミントがぽつりと呟くと同時に、風は、薔薇の鞭と食人植物の鞭によって締め付けられている彼の身に襲いかかった。


「ミントおおおおお!!」


ビュオオオオオオオオ!!


プリンにしては珍しい叫び声も虚しく、一度その手から離れた荒れ狂う風は、彼の意思など関係なく、進む先にあるものを、力の限りすべて吹き飛ばして壊して消していく。

 そうして、プリンが注ぎ込んだ魔力を使い果たした後、風は、静かに消え失せた。


「……っ」


風の後に残ったものは、何事もなかったかのように降り続ける雨と、水溜まりの出来た地面に間ばらに生えた短い草と、進路の両脇に鬱蒼と生い茂っている森の木々と、


『あっは! すごいすごい!』


木の枝の上で楽しそうに笑う、敵。


とさっ……


『?』


力なくその場で膝を地面につけた彼を見て、それは木の上から飛び降りた。


『どうしたの?』


「……」


その言葉に反応することなく、ただただ前方を見つめているプリン。


『……ああ、そっか』


彼に歩み寄りながら、先程の魔法で消し飛んでしまった薔薇の鞭を再び呼び出す敵。


『そっか。そうだよね。ショックだよね』


そして、彼の目の前で歩みをやめたそれは、


『何せ、たーいせつなオトモダチを』


口角を吊り上げながら、彼の首に薔薇の鞭を巻き付けた。


『自分が殺し』


「てない」


それでもまったく反応を示さないプリンの首を締め付けようとしたところで、それの後ろから声が聞こえてきた。


「『――!?』」


声に驚き、プリンと敵がそちらを振り向くと、


「ヒトを勝手に殺さないでよ。って言うか、何してんのさプリン? 首絞められてるよ?」


その先から、再び声が聞こえてきた。

しかし、その声の主の姿は見えない。


『っどこだ!! どこにいる?!』


それに恐怖を覚えた敵は声を張り上げた。


「どこって、ここ」


『ふざけるな!! 大体、あの状況でどうやって』


敵がそう怒鳴っている途中で、


「あら、オレの技と魔法をあれだけ知ってたクセに、ご存知ない?」


意外そうな、けれども抑揚のない声が聞こえたかと思うと、


「オレが一番、大っ嫌いな魔法を」


ぶくぶくーっ


敵の背後の水溜まりから、ミントが現れた。


『なっ――?!』


「……! ミント……!」


目の前で起きた信じられない現象に、目を見開き言葉を失う敵と、彼の登場に瞳に生気を取り戻すプリン。


「あー、えーと、まずココアが殺されそうになって、次にポトフが殺されそうになって、それでさっきオレが殺されそうになって、今はプリンが殺されそうになった」


そうしている間に、ミントはローズホイップとマッドホイップを呼び出した。


「詰まり、次はお前の番だよね。蓮華」


ババババババババババババババババババッシーン!!


そう言った後、ミントは連続打ちで敵を思い切りぶっ飛ばし、


「枝垂れ桜ー」


ズバーン!!


高く跳んで、ぶっ飛んだそれを思い切り地面に叩き付け、


「曼珠沙華」


ヒュバアアアアアアン!!


落ちながら最速で最強の技をお見舞いし、


「朝顔」


くんくんっ


衝撃で再びぶっ飛んだ敵を逃がすものかと着地しながら薔薇の鞭で捕え、


「プレス、ストラングジュレイト」


ミシミシミシミシミシ!!


圧迫して絞殺せんとばかりに強く絞め上げた。


「仕上げ。ブラッドパーティー」


ミントが抑揚のない声でそう言うと、鞭の至る所から十センチ程の鋭い棘が一気に飛び出し、


「……薔薇に棘あり、ってね。オレにあの魔法を使わせた、罰なんだから」


バアアアアアアアアン!!


それらは敵の体に深々と突き刺さり、それは悲鳴をあげる暇もなく粉々に砕け散って消滅した。


「……」


 流れるような早業と極悪技に、プリンはぽかんと口を開けていた。


「ほら、立ってプリン。ズボンとローブが汚れちゃうよ?」


「う、うむ」


武器をしまった後でそんな彼を立たせると、ミントはくるりと背を向け、


「……。……って、思った?」


と、雨音に負けてしまうような、小さな声で彼に問い掛けた。


「! ……。ううむ、そんなことない。ミントはミント」


それを聞き取ることが出来たのか、プリンは首を横に振り、


「――僕の大切な、トモダチだ」


ふわりと微笑んでそう言った。


「! プリン……!」


彼の言葉を聞き、ミントは顔を上げて振り向いた。


「……照れる」


すると、プリンは枕でさっと顔を隠した。


「い、いや、オレの方が照れるんですけど?」


「む? じゃあ、はい」


「いや、はい、って枕出されても……」


とか言いながら、プリンからスペア枕を受け取るミント。


「「……照れる」」


そして、彼らは枕で顔を隠してそう言った。


ボワン


「ぐは?!」


「きゃあ!?」


ドシーン!!


「「?」」


 すると、大きな音がしたので、怪しげなことをしていたミントとプリンが、顔から枕を離してそちらを向くと、


「……」


「……」


「……」


「……」


元のサイズに戻ったポトフの上に、ココアが倒れていた。


「こ……ココア……ちゃん……っ?」


「い、いいいいや、これはですね!? その、さっきまでちっちゃかったのがいきなり元のサイズに戻って重くなった上にさっきまでずっと盾張ってたからもう体力なくなっちゃって重力に対抗することが―…」


珍しく顔を赤くするポトフと、焦って挙動不審になるココア。


「う〜わ〜……。なんか頑張って損した気分」


そんな彼らを見て、げんなりと肩を落とすミント。


「ミント、ココアは何をしているんだ?」


「さあ? プロレスじゃない?」


小首を傾げたプリンにそう言いながら、行こ行こ、とミントは学校に向けて歩き出した。


「ふむ。プロレスか」


それに素で納得したプリンは、学校に向かって、彼と並んで歩き出した。

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