第63回 樹と風日和
雨が降る森の中。
目の前には、ツバつきの白黒の帽子を左向きに被り、ワイシャツと動きやすそうなズボンを身に付け、ピンクと黒のストライプのネクタイを絞めて黒いローブをはおった、右と左でクリスマスカラーな配色の頭髪をもつ、ライトグリーンの瞳の少年が立っている。
「……っ」
まるで鏡の前に立ったかのような感覚に陥ったミントは、
「変変変変やっぱり変! あーもー、これだから鏡の前とか極力立たないようにしてたのに〜っ!!」
と、頭を抱えて悶え苦しみ出した。
「む? ミント変くない」
「いやでもだってあの髪絶対目立つし普通じゃないしすなわち変だしおかしいし―…」
ミントの言葉を否定したプリンに彼が何か言っていると、
「……う、そ」
ココアが目を見張りながら小さく口を開いた。
「「?」」
ので、ミントとプリンがそちらに顔を向けると、
「ポトフがちっちゃくなってるーーー!?」
と、ココアが叫んだ。
「む? ――ぴわ?!」
小首を傾げた直後、彼女の言葉の意味を理解したプリン。
爆煙が治まり、ココアの目の前に現れたのは、
「あれ? ここ、どこ?」
ちっちゃいポトフ。
「ほ、本当にちっちゃい」
「やー! 可愛いー!」
蒼い瞳をぱちくりさせるプリンと、可愛らしいポトフにエキサイトするココア。
「……。χはタイムマスターのクロノス。だからさっき、χは時を操る魔法を使ったんだよ」
同じくちっちゃいポトフを見た後、不気味に笑うピエロをキッと睨みつけると、
『いやン♪』
χは恥ずかしそうに頬に両手を当てて顔を逸らした。
『あは、流石は召喚術師サマ。大正解だよ』
その隣で、敵は邪悪な笑みを浮かべて応えた。
『じゃあ、次にどうなるかも、分かるよね?』
「当然っ。ココア、来るよ!」
「ふええ、またー?! カオスシールドー!!」
『ホホホ! 受けなさいン! 時のカーニバル!!』
ミントの声に、今度は反応出来たココアが、自分とちっちゃいポトフの前に闇の盾を出現させると、盾の向こう側から連続した爆発音が聞こえてきた。
「やーもー、私ばっかりー……」
闇の盾を張ったまま、ココアが、もう嫌、とばかりに肩を落とすと、
「ココア、その盾どれくらいもつ?」
薔薇の鞭と食人植物の鞭を装備したミントが質問してきた。
「へ? しばらくは大丈夫だと思うけどー?」
「そっか。じゃあ、χが消えるまでずっと張ってて」
彼女の答えを聞き、彼はさらりとそう言った。
「うん。……うんー?! χが消えるまでって、アイツいつ消えるのよー!?」
ので、ココアは驚いたように聞き返した。
「召喚獣が消えるのは、召喚術師の命令で消えるか、召喚術師から送られる魔力が切れて消えるかの、どっちかしかないよ」
彼女の問いに、さらりと答えるミント。
「ええー? あれを直接倒すことは出来ないのー?」
「召喚獣を攻撃しても、代わりに召喚術師が傷を負うことになるんだ。だから、どんなに攻撃しても召喚獣は絶対倒せないんだよ」
「……って、ことはー」
「うん。オレとプリンがあの敵を倒すまで頑張って、ココア。あと、ここで重大なお知らせ」
そして、ミントはこくっ頷いた後、
「χの攻撃対象は、最初にあれの攻撃を受けた人。詰まり、あいつはもうポトフしか狙ってこないし、もう一回あのシャボン玉に当たったら、ポトフ消えちゃうかもしれないから気を付けてね」
「はあああああああ?!」
と言って、勢いのいいリアクションを背に受けながら敵の元へと鞭を走らせた。
「ふむ。かも、と言うことは、あれの攻撃は時を巻き戻したり早送りしたり出来るのか」
その時、プリンが枕を抱え直しながら口を開いた。
「成程。それで"時の支配者"」
「そこー!! 何冷静に召喚獣の解析なんかしてんのよー?!」
そんな彼に、ココアが思い切り突っ込みを入れると、
「む?! ということは、"コマ送り"や"取り出し"も出来るのか!?」
プリンは何やら変なところに興味を持った。
「いやそんなビデオ機能的な能力あるわけないでしょって言うか何を取り出すのよって言うか何キラキラした目ぇこっちに向けてんのよそんな命がけの実験やるわけないでしょー?!」
ので、ココアは三連突っ込みをかました。
「……ぶう」
「いや何ほっぺ膨らましてんのよって言うかプリンも早く戦いに参加しなさいよー?!」
ミントとポトフがツッコミ不能な今、一番大変なココアであった。
くいくい
「?」
ようやくプリンが参戦した時、ローブの裾を引っ張られたココアがそちらに目を向けると、
「あめ、やだ」
ココアのローブの裾を掴んだちっちゃいポトフが、うつ向いたまま言った。
「え?」
「……こわい……やだ……俺を……すてないで……もう、ひとりにしないで……!」
聞き返すと、ちっちゃいポトフは彼女の顔を見上げ、
「おねェちゃん……っ!」
うるんだ瞳でそう言った。
「――っ!」
儚すぎるちっちゃいポトフに、雷を受けたような衝撃を受けたココアは、
「っにゃーーーーー!!」
感情の赴くままに、ガバーッと彼を抱き上げた。
「蓮華!」
『あっは、じゃあオレも、蓮華♪』
縦横斜めから降り注ぐ、一対の薔薇の鞭と食人植物の鞭が、お互い激しくぶつかり合った。
「旋風!」
敵がミントと戦っているうちに、隙だらけのそれに風魔法を放つプリン。
『おっとぉ!』
するとそれは、一対の鞭を地面に強く打ち付け、後方に向かって大きく跳んで回避した。
「甘い! 朝顔!!」
『?! なっ――』
「神風!!」
敵が地面から足を離したところで、ミントはそれを薔薇の鞭で束縛し、プリンは次なる風魔法を放った。
『――うわあああああああ?!』
身動きがとれないので避ける術がなかったそれは、プリンが産み出した超突風が襲いかかる直前に体から鞭が離れて自由を得られたが、その直後に勢いよくぶっ飛ばされ、
「喰らえ! 枝垂れ桜!!」
『っぐあぁ?!』
その先で、森の木々を利用して地表高く跳躍したミントが一対の鞭を勢いよく振り落とした為、文字通り地面に叩き落とされた。
「開け、破滅の扉! 吹き荒れろ――神風!!」
そこへ、とどめの一撃。
敵に向けた右手の先で、彼の魔力を得て再び産まれる超突風。
『くっ! させるか!!』
それを喰らってたまるものかと、敵は、その手を地面に強く叩きつけた。
『ウッドウォール!!』
そしてそう叫ぶと、彼の前に何十本もの木々が地面から飛び出し、それがプリンの風魔法を受け止めた。
「うっわ、防風林って……めんどくさい魔法持ってるなあ、オレ」
敵が産み出した防風林を見て、木の枝に絡み付けた鞭に従って、その上に立ち、傍から聞けばおかしな言葉を使うミント。
『あっ、は……強いねぇ、キミのお友達』
すると、ゴホゴホとむせながら、敵はゆっくりと起き上がった。
「でしょ? まあ、その防風林も、あと二回くらいしか持たないと思うよ」
そんな彼の言葉に同意し、ミントがそう言いつつ木の枝から跳び降りてスタッと軽やかに着地すると、
『へぇ、そうなんだ? 朝顔!』
「?! しまっ―…」
それは薔薇の鞭と食人植物の鞭を巧みに操り、ミントをきつく縛り上げた。
『あは、じゃあね♪』
「消し飛べ―――木枯らし!!」
ニタッと邪悪に笑いながら敵がミントから離れたその直後、プリンの風魔法が防風林を消し飛ばした。
そして、彼の風はそのままの勢いで、
「―…うっそ」
「!? 敵、じゃない……ミント?!」
『♪』
その先にいた、ミントへと向かっていった。