第57回 手作り日和
ミントとポトフがアラモード邸を訪れる前の晩。
「はわわ……プリン、き、キッチンなんかに立ったら危ないじゃないかっ?」
プリンパパは、厨房の入り口から中をこっそりと覗いていた。
「うふふ、明日はお友達がみえるから、おもてなしの品を作るようですわ」
そこへやって来た、紺色のウエーブがかかった長い髪の淑女、プリンママが上品に笑いながらそう言うと、
「な、なんて超いい子なんだ……っ!!」
プリンパパは、感動して滝のごとく涙を流し始めた。
べきょ
「うむ。卵を割った」
卵を割ったプリンが、アラモード邸の使用人さんに報告すると、
「はい、プリン様。割れましたね。文字通り」
そりゃあ、落とせば割れるよなぁ……と、心の中で思いつつも、決して表に出さずに極力笑顔でいる、それがメイドさんの務め。
「ですが、卵はこうしてボウルに入れなければなりません、プリン様」
上っ面だけ笑いながら、メイドさんが卵の割り方を教えると、
「うむ。分かった」
コンッ
パキョ
プリンは器用に右手のみで卵を割ってみせた。
何故なら、左手に枕を持っているから。
「……お上手です。では、次はこの中に砂糖を」
何やら釈然としない苛立ちを覚えたメイドさんであったが、彼女は次の行程に進むことにした。
「これ?」
砂糖の入った袋を手に取って、プリンがぴこっと小首を傾げると、
「それです。それを量って―…」
メイドさんはこくりと頷いた。
「えいっ!」
ドサーッ
ので、プリンは砂糖をボウルの中にひっくり返した。
「―…。ご立派です」
取り敢えず褒めるメイドさん。
「……照れる」
照れるプリン。
「では、次にその中に牛乳を」
「牛乳……ウシさんは何処にいるんだ?」
「只今連れてきます」
オイオイそのまま続けるのか、とか、いや別に搾り立てじゃなくてもいいだろ、とか、って、本当に連れてきちゃうのかよ、とか、いろいろ突っ込みたいところだが、悲しいかな、この家には突っ込み役が存在しない。
「連れてきました」
『んモーゥ』
「わー! ウシさん!」
「……やっぱプリン超可愛い……ああ、お父さん、なでなでしたくなってきたあ!!!」
「うふふ、およしなさい。殺されますわよ?」
そんなこんなで、アラモード家の夜は更けていくのであった。
「も……ぜってェ来ねェぞこんなトコ……!」
やっとのことで、と言うよりも、地雷で上手く飛ばされてアラモード邸の玄関に辿り着いたポトフは、ボロボロズタズタな上に息切れ状態でそう言った。
「大丈夫、ポトフ?!」
「おォミント、大丈夫じゃねェぜェ」
慌てて彼に駆け寄ったミントに、爽やかに応答するポトフ。
「だ、だよね……」
ぐってりとうつ伏せに倒れているポトフを見て、ミントが彼の言葉に納得した。
「あっはっはっ……祭りの日にミントのおかァさんが言ったことが当たってんのかもなァ?」
ぐぐぐっと状態を起こしながら、ポトフが力なく笑ってそう言うと、
「そんな、ポトフが誰に呪われてるって言うのさ?」
あいつの言ったことなんか真に受けたらダメだよ、と言いながら、彼が起き上がるのを手伝うミント。
「メディケーション」
完全に起き上がってから回復魔法を唱えて自分を回復させた後、
「いやァ、もしかしたら、世界じゅうの野郎共が俺のかっこよさに嫉妬して♪」
「何言ってんのさこのナル―…」
にこっと笑ってこちらを向いたポトフを見て、ミントは思わず固まった。
「?」
首を傾げたポトフの前で、ミントはポケットから杖を取り出し、
ぽんっ
彼の手に、ミントがいつだったかポトフに貰った眼帯を呼び出した。
「――!」
ミントの動作にハッとして反射的に右目に手を当てるポトフ。
そこには、いつもの眼帯がなくなっていた。
代わりに、右目を縦一直線に貫いている傷が現れていた。
「?! バ……ババロ――ポトフくん!?」
「「!」」
突然の前方からの声に、ミントとポトフが反応してそちらを向くと、
「ど、どうしたんだ、その傷は!? 一体何が―…」
そこにいたのは、青髪の紳士、プリンパパ。
彼は酷く慌てた様子で、彼の息子の元に駆け寄った。
「その傷をつけたのは、お前だ」
直後、彼の言葉をばっさりと遮るように、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「!? プリン?!」
その場に現れた、枕と黒い物体を持ったプリンに、どういうことだ、とプリンパパが顔を向けると、
「……覚えていないのか? 今から十三年前のクリスマスに、自分が傷付けた狼のことを」
プリンは彼の父親に、いつもの無表情のまま、さらりとそう言った。
「? ――!」
何故その話が出てくるのかと思った直後、プリンパパはハッとしてポトフの傷を見た。
「そ、そんな……」
自分は確かに十三年前のクリスマス、黒い狼の右目を護身用のナイフで貫いた。
そしてその日は綺麗な満月で、毒の薬を飲まされたポトフは狼男。
「……っ!! す、すまない……っ!!」
自分の子どもを傷付けた上に、右目を失わせてしまったことに対し、プリンパパは頭を深々と下げて心のそこから謝罪した。
「……」
しかしそれは、決して謝って済むようなことではないもの。
ミントが心配そうに見上げるなか、ポトフはゆっくりと口を開いた。
「あ、別に気にしないでください」
「「え」」
彼のあまりにもさらっとした言葉に、思わず間が抜けた声を発してしまったプリンパパとミント。
「だって、それは狼から枕を守ろうとしてやったことでしょう? なら、正当防衛ですし、立派なことじゃないですか」
すると、ポトフはミントから眼帯を受け取り、
「い、いや……だが、私は―…」
「自分の子どもの為に体を張って危険に立ち向かう」
「―…ポトフくん……」
プリンパパの反論を聞かずに、頭の後ろでギュッと眼帯の紐を結んだ後、
「貴方のような人が自分のおとォさんで、俺、嬉しいです」
ポトフはにこっと笑って彼に向けてそう言った。
バキューーーーーーン!!
すると、何処からか銃声が聞こえてきた。
「「バキューン?」」
何? どっか撃たれた? と、ポトフとミントが辺りをキョロキョロと見回していると、
……ドサ
プリンパパが倒れた。
「え、えええ?! おとォさん!?」
「撃たれた!! ゼリーさんが何者かに撃たれたああ!!」
「クセモノォォォォ?!」
ので、ポトフとミントはわたわたと騒ぎ出した。
「気にするな。いつものことだ」
すると、プリンがさらりとそう言った。
((いつものことなの?!))
疑問に思ったミントとポトフはほっといて、
「テレポート」
ピュ
プリンは、倒れたプリンパパを何処かに瞬間移動させた。
「……さて、邪魔がいなくなったところで」
((どこに瞬間移動させたの?! ねえ今どこに瞬間移動させたの!?))
邪魔、と聞いて、プリンが父親を何処に瞬間移動させたのか激しく心配になるミントとポトフ。
「ようこそ僕の家へ。来てくれてありがとう」
そんな彼らに、プリンは何事もなかったかのように、先程持ってきた黒い物体を差し出した。
しゅぴぴっ
「む?」
すると勢いよくミントとポトフの手が上がったので、プリンが小首を傾げると、
「「なんですかその物体は?」」
二人は綺麗に声を揃えて彼に質問した。
それを聞いて、プリンは、なんだそんなことか、とか思いながら、さらっと答えてくださった。
「プリンだ」
と。
「「嘘つけェェェェェェェ?!」」
直後、勢いのいい突っ込みが飛んできた。
「嘘なものか。これは正真正銘、ちゃんとしたプリンだ」
「これのどこら辺がプリンなのさ?!」
「見えねェよ?! アフロにしか見えねェよ!?」
「……じゃあ、アフロプリンだ」
「「アフロプリンってなんだァァァァァァァ!?」」
こうして、二人はアフロプリンを食べることになったのであった。
「「食えるかァァァァァァ?!」」
「……一生懸命作ったのに……」
「「え――?」」
ぱくっ
プリン
「おいしい?」
ミント
「……」
ポトフ
「……」
ミントとポトフ
((……アフロっぽい……))
アフロプリンは、アフロ味?