第50回 課題日和
ジワジワと暑い夏の日の朝、ウサギさん寮の生徒たちは、青の森の前に集合した。
「……では、前回の授業で知らせた通り、今日はこの森に住む魔物"オット"の牙を集めてきてもらう」
全員集まったことを確認すると、セル先生は静かに口を開いた。
「一人十本。集め終わるまで帰ってくるな」
そしていつものように生徒たちに冷たく言い放つと、
「……気を付けてな。デビルズドライヴ」
珍しくちょっとした優しさを見せた後、いつものように闇魔法を唱えた。
ドッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
が、今回はいつもより威力が凄かった。
「……」
物凄い勢いでぶっ飛んでいった生徒たちを見て、
「……加減間違えた」
ぽつりと小さく呟いた、意外とおっちょこちょいなセル先生であった。
「って、おっちょこちょいなんて可愛らしい言葉で済むかあ?!」
はっと気が付いたミントは、遅ればせながら、先程のナレーション対して突っ込みを入れた。
「! 気が付いたかァ、ミントォ!?」
ポトフにお姫様だっこされながら。
「って、いかにしてこの状況?!」
今度はこの状況に突っ込むミント。
「セル先生にここまで飛ばされて、起き上がったら後ろからミントがぶっ飛んできたから受け止めたんだぜェ」
ので、ポトフはこの状況に至るまでの経緯をさらりと説明した。
「そ、そうなんだ。ありがとうポトフ」
「どォいたしましてェ♪」
きちんとお礼を言ってからポトフに降ろしてもらったミントは、くるりと辺りを見回した。
「わあ。だいぶ遠くに飛ばされちゃったみたいだね、オレら」
遠くの青い木々の上に、ちょこんと見える国立魔法学校の屋根を見ながらミントが言うと、
「そォだなァ。他にヒトのにおいしねェし」
と、ポトフが応えた。
(……におい?)
やっぱりどこか犬っぽいなあ、とか思うミント。
「ん?」
「ん?」
突然ポトフがぴくっと反応したので、ミントが小首を傾げると、
「こ、このにおいは……」
「このにおいは?」
「鹿だァ!!」
切れ長な茶色の瞳を輝かせながら、ポトフはぱしっとミントの腕を掴んだ。
「え」
「行くぞミントォ!!」
「え、えええ!? オレも?!」
「イエス、オフコォォォス!!」
「なんで英語おおおおおお?!」
そうして、ミントとポトフは課題そっちのけで鹿を追い始めたのであった。
「いっ……たーあ……」
本当に痛そうな声を発しながら、ココアはぐぐぐっと上体を起こした。
「まったく、もうちょっとって言うかだいぶ丁寧に飛ばして欲しいよねー」
ぷんすか怒りながら文句を言った後、
「……でも、あの技かっこよかったなー」
ココアはセル先生の闇魔法を思い出しながら呟いた。
「……"デビルズドライヴ"かー」
今度練習してみよー、などと、ココアが危険なことを考えていると、
ズルリ
と、背後で何かが擦れた音がした。
「ズルリ?」
途端に、彼女は全身を駆け巡る寒気に襲われた。
ズルズルズルズルズルルリ
「ままま、まさか……」
ガタガタ震えながら、何やら近付いてくる上に増えている音に振り向くと、
『『ねばぁ』』
(やっぱりいいいいい!?)
いつぞやの巨大カタツムリが、ずらりと彼女の周りを囲んでいた。
『『ねばああああ!!』』
「きゃああああああ!!」
前回同様、威勢のいい鳴き声とは裏腹に、非常にゆっくりと迫り来る巨大カタツムリに、ココアが反射的に目をきつく瞑りながら甲高い悲鳴をあげると、
べちゃべちゃべちゃっ!!
前回同様、粘着質な物体が何かに勢いよく打たれる、気持ちの悪い音がした。
「――え?」
その後、魔物の気配が消えたので、ココアがゆっくりと目を開けると、
「……ふう。無事か、ココア?」
と尋ねながら、彼女の目の前に立っていたプリンが振り向いた。
「あ、プリンかー」
彼を見て、ココアの口から思わず溢れた言葉に、
「む……。……馬鹿犬じゃなくて悪かったな」
プリンはムッとした顔でそう言った。
「へ? ……! や、違、ああ、ありがとープリンー!!」
そんなプリンを見て、ココアは両手をぶんぶん振りながら慌ててお礼を言った。
「……ぶう」
が、プリンは膨れていた。
「お、怒んないでよー! ごめんってばー!」
「……うむ。分かった」
あわあわと謝ってきたココアを、プリンはこっくりと頷いてさらりと許した。
「よかったー、ありがとープリンー」
許してくれたので、ほっと胸を撫で下ろすココア。
「……照れる」
彼女にお礼を言われ、いつものように枕で顔を隠そうとした時に、
「!」
プリンは、枕の異変に気が付いた。
「……べちょべちょ……」
巨大カタツムリの魔物をそれで攻撃したが故に、彼の枕は、べちょべちょに汚れていた。
じわり……
「!?」
ので、
「えぐえぐっ」
「ななな、泣かないでよ、プリンー?!」
今度は泣き出してしまった彼を、ココアは慌てて泣きやませようと試みた。
「だってべちょべちょ……」
「あ、洗えばなんとかなるってー! ほら、あそこにある川で洗おうよー!?」
「……。落ちる?」
「落ちる落ちるよー!」
という具合いに、課題をすっかり忘れている四人なのであった。




