第46回 一面日和
「そう言えばさー」
マグカップをテーブルに置いて一息入れてから、ココアは思い出したように口を開いた。
「最近むぅちゃん見ないけど、どしたのー?」
「「あ」」
すると、見事にミントとプリンとポトフの声がシンクロした。
「……"あ"?」
「ひどい! 忘れてたのかっ?!」
小首を傾げたココアに次いで、プリンが二人にもの申すと、
「「お前もだろ?」」
ミントとポトフ、再びのシンクロ。
二人がしらっとした目を彼に向けると、
「……」
プリンはふいっと目線を逸らした。
「……」
「……」
「……」
「……ぷう」
そして、プリン言語を発した。
「"ぷう"じゃないでしょ〜?」
「ぴわわ?! 痛い痛いごめんミントっ!」
ミントが一本に束ねられたプリンの髪を引っ張ると、彼は素直に謝罪した。
「ってことは、みんなも最近見てないんだー?」
再びマグカップを手に取りながらココアが呟くと、
「……」
食事中なのに、行儀悪く頬杖をついたポトフは、不服そうな顔を彼女に向けた。
「? 何、ポトフー?」
そんな彼に、小首を傾げるココア。
「……そんなに気になるの?」
すると、ポトフは口を尖らせた。
「え――?」
「わ、ポトフが焼き餅焼いてる」
「……比較する次元が違うだろ」
何やら不機嫌な彼に、ココアとミントは驚いて、プリンは呆れたようにそう言った。
「あはは、そだよね」
「うむ。むぅちゃんはプライスレスで、貴様はバリューレスだからな」
頷いたミントの言葉を引き受けるプリン。
但し、ミントは、魔物と人間だから、と言おうとしたのだが。
「おォ、成程なァ。むゥちゃんはお金で買えない価値があって、俺はお金で買う価値もない――」
「うむ」
「――って、ふざけんなテメェコノヤロォォォォォォ?!」
ドカンバコーン!!
そうして、例のごとく始まる兄弟喧嘩。
「仲良しだねぇ」
「ホントにねー」
そんな彼らを目の前に、別に止めるともなく、のほほんとコーラとココアを頂くミントとココアであった。
『む〜』
ちょこちょこちょこ
一方、その頃むぅちゃんは、国立魔法学校の廊下をちょこちょこと忙しく歩いていた。
『むぅ……む〜むむ〜』
訳:はあ……マッドさん怖いよ〜。
どうやら、むぅちゃんが家出(?)したのは、ミントが育てているマッドプラントのせいのようだ。
ミントの愛情がたっぷりと注がれたマッドプラントは、今や、それはそれは大きな観葉植物として、部屋の片隅を陣取っている。
それについては、長い間一緒に生活していたせいか、マッドプラントに愛着が湧いてしまったプリンとポトフは何も言わない。
そうしている間に、マッドプラントは彼らに噛みつかなくなったのだが、魔物だからなのか、むぅちゃんにはやたら威嚇してくる。
それはもう、勇猛果敢に。
『むぅぅ……』
訳:うぅぅ……。
魔物を涙目にさせるマッドプラントとは、一体何物なのか。
答えは、怪物?
ノット。
植物である。
ぽふん
『む?』
訳:痛っ?
下を向いてちょこちょこ歩いていると、むぅちゃんは何かにぶつかってしまった。
『む〜?』
訳:なんだろう?
一体何にぶつかったのだろうと、首が無いので、まるっこいからだ全体を上に向けると、
「……」
そこにいたのは、部分的に長い銀髪と、紫色の瞳を持つ、この学校で恐らく一番怖い先生、詰まり、魔物学担当のセル先生。
『む』
訳:よ。
そんな彼に、何も知らないむぅちゃんは、短い右前足を挙げて挨拶した。
「……」
無言。
『むぅ?』
訳:あれ?
無表情で無反応で無言なセル先生に、首が無いのでからだ全体を傾けるむぅちゃん。
「……」
すると、セル先生は無言でしゃがむと、右の親指と中指を打ち鳴らして、牛乳を呼び出した。
『むぅ! むむむ?』
訳:わぁ! くれるの?
浅い皿に注がれた牛乳を見て、むぅちゃんがつぶらな瞳を輝かせると、
「ああ」
セル先生はふっと微笑んで頷いた。
魔物の言葉が分かるとは、流石魔物学の先生である。
『む……!』
そんな素敵な笑顔を直視してしまったので、むぅちゃんは慌てて牛乳を飲み始めた。
ヴィン
「『?』」
すると、後方から不思議な音がしたので、彼らがそちらを向くと、
「こんな所にいたまろか! 探したまろよ、むぅちゃん!」
空間にぽっかりと空いた紫色の穴から、道化師のような格好をしたピンクの髪の少女が現れた。
『むむ!』
訳:マロ!
それを見たむぅちゃんが彼女、マロの名前を呼ぶと、
「……お前が飼い主か?」
セル先生はむぅちゃんを手の上に乗せて立ち上がり彼女に振り向いた。
「は、はいまろ」
突然話しかけられたので驚きつつも、こくりと頷くマロ。
「見付かって良かったな」
すると、セル先生はむぅちゃんを彼女に手渡しながらふわりと微笑み、
「もう迷子になるなよ?」
と、むぅちゃんに言った後、静かにその場から去っていった。
「……」
『……』
何やらいつになく爽やかで優しげなセル先生に、
「……めろりんV」
『むむむぅ……V』
瞳をハートにするマロとむぅちゃんであった。
「……成程。セル先生は動物好き」
この時、物陰に隠れたアロエが手帳に何かメモしていることには、誰も気が付かなかったと言う。