第33回 決勝日和
『さあ、始めちゃいますよファイナルバトル!! 赤リンゴコーナー、ミント=ブライト!!』
紺碧の空に金色の月が輝き出した頃、クー先生のアナウンスが流れ、ミントはステージに上がった。
『バーサス、紫リンゴコーナー、プリン=アラモード!!』
その反対側から、いつもの通り枕を抱えて登壇するプリン。
「では、これより決勝戦を始める」
ステージの中央に立ったセル先生は、ぷーとラッパを吹いて試合を開始させた。
「む。よろしくミント」
「よろしく」
差し出された手を握ると、
「……こんな所であの負け方は可哀想なんじゃない、プリン?」
と、ミントが言った。
「む……」
「後でちゃんと謝っておくこと」
「……うむ」
プリンがこくりと頷くと、ミントはにこっと笑ってみせた。
「……ミント、あいつは今何処にいるんだ?」
試合が終わったら失踪してしまったが……と、手を離した後、プリンは尋ねた。
「え? ああ……ポトフなら、あの辺りで壁を向いて体操座りしてるよ」
「た、体操……」
彼の問いに、ミントは観客席の隅っこの方を指さしてそう答えた。
「……」
ミントの言った通り、ポトフは観客席の隅っこで、壁を向いて体操座りをしていた。
「……はァ……」
そんな彼から、溜め息が溢れた。
理由は、先程の試合でプリンの命令を、しかも、犬に向かってするような命令を聞いてしまったから。
観客席にミント以外に人がいなかったのは救いだが、あんな無様な姿をミントやプリンに見せてしまった。
カッコ悪い。
カッコ悪すぎる。
「……消え去りたい……」
いつでもかっこよく在りたいポトフは、今にも消え去ってしまいそうな声で呟いた。
「おっけー」
すると、彼の後ろから返事が返ってきたので、不思議に思ったポトフが振り向くと、
「フッフッフッ。今楽にしてやるゾ☆」
ブン! ブン!
そこには、大鎌を素振りしている、殺る気満々の死神が立っていた。
「フフン♪ 月輪!」
「いやいやいやいやいやいや待てェェェェェェ?!」
ビュウン!!
満足のいく素振りが出来たのか、死神がポトフの首目がけて大鎌を薙ぎ払った。
が、それは空を斬った。
「……ん? 何故避けた?」
「避けるに決まってんだろォォォ?!」
小首を傾げた死神に、ポトフは涙目で突っ込みを入れた。
「? "消え去りたい"って言ったから刈ってやろうと思ったのに。うっわ、オレ様超優しー」
超棒読みな死神。
「何処が!? 自分の落ち込み具合いを言葉で表現してみただけだってェの!! って言うか"刈る"ってなんだ死神っぽいな?!」
そんな彼に再び突っ込みを入れるポトフ。
「だから死神だと言ってるだろ? 痛い! 速い! 上手い! が、売りの」
大鎌を担ぎ直して、えへんと胸を張る死神。
「怖ェよ!? って言うかなんだそのキャッチフレーズは?! そして痛ェのかよ?!」
またまた透かさず突っ込みを入れるポトフ。
「痛くなきゃ死んだ気がしないだろ?」
死んだ気も何も、死んでしまえば何も分からなくなると思うが。
「あと、これは自慢だが、オレ様の鎌子はなんでも刈れるんだ。指も腕も足も胴も頭も首もスパスパーって♪」
大鎌、鎌子を右手で器用にヒュンヒュン回しながら自慢する死神。
「だァら怖ェよ?! 音符つけんな!! そして自慢すんな!! ってか鎌子っていうのかその鎌!?」
そんな死神に、ひたすら突っ込みを入れるポトフ。
「ん。正式名称は三日月鎌だ」
パシッと鎌子を止め、再び肩に担ぐ死神。
「んだそれ!? 明らかに正式名称の方がかっこいいじゃねェか?!」
ご尤もな突っ込みを入れるポトフ。
「鎌子の方が可愛いいだろ?」
小首を傾げる死神。
「まったく可愛くねェェェェェェェェェェェェ!!」
何はともあれ、死神のおかげで元気になったポトフであった。
ポトフと死神が会話にならない会話をしている間、ミントとプリンはドカンバコンと戦っていた。
「ヒール!!」
『おおっと!? ミント選手、プリン選手に向かって回復魔法を唱えたー!?』
『……いえ、あれは……』
ドカンバコーン!!
『なんとー!! 回復魔法なのに爆発したー!!』
『いわゆる"失敗魔法"ですね』
「……蒼き風よ、我が意のままに舞い踊れ――」
ミントの回復魔法(失敗魔法)をかわしたプリンは、左手に枕を預け、右腕を大きく後ろに引いた。
「――舞風!」
右手の五本指の間にそれぞれ産まれた風の刃を、ミントに向かって投げつける。
「させないよ!! ツインマッドホイップ!!」
『『ジェララララ!!』』
向かってきた刃を、一対の食人植物の鞭ですべて弾き飛ばすミント。
「序曲、かざぐるま」
が、プリンがミントに手を向けたままそう言うと、
「――!?」
弾かれた風の刃は向きを変え、ミントとマッドホイップを、回りながら取り囲んだ。
「破曲、たつまき」
風の刃の回転が速くなり、ミントの周りに竜巻が起こる。
「急曲、かまいたち」
その後、プリンはミントに向けていた右手をぐっと握り締めた。
スパァン!!
会場に、何かが切り裂かれた、痛々しい音が響き渡った。
「……!」
「……み、ミント……」
竜巻が晴れると、観客席にいる死神とポトフは目を見開いた。
それは、静かに手を下ろしたプリンの先に、満身創痍になったミントが倒れていたから。
『……こ……これは……』
『……痛そうですね……』
自分の体を抱えながら、素直な感想を述べるクー先生とポリー先生。
「……」
起き上がる気配がないミントを見て、セル先生は左手を上げた。
「ブライト、戦闘不―…」
「まだ……まだぁ!!」
バンッ!!
ミントはセル先生の言葉を遮って、ボロボロな左手で倒れたままステージを強く叩いた。
「む?」
『ジェロロロロロロ!!』
「ぴわ―…!?」
プリンが疑問符を浮かべた直後、彼の足元から、ローズホイップとマッドホイップを掛け合わせたような巨大な食人植物、マッドローズが飛び出した。
バクン!!
と同時に、プリンは、真っ赤な薔薇の中心にある巨大な口に飲み込まれてしまった。
「ゴホ……"ごちそうさま"は?」
よろよろと立ち上がったミントが聞くと、
『ジェロロロローウ!!』
狂気の薔薇、マッドローズは、甲高い奇声を発した。
「よし、いい子」
それを聞いて、ミントが弱々しく微笑むと、
「……勝者、ブライト」
『っ決まりましたー!! 優勝者はミント=ブライトー!!』
セル先生が左手を下ろして右手を上げ、クー先生が高らかに勝者の名前を読み上げた。