第24回 再厄日和
爽やかな日曜日の昼前。
「……うぅ……」
まったく爽やかではない様子で、ミントはぐぐぐっと起き上がった。
「ぴわわっ?! ミント、大丈夫!?」
すると、ベッド脇から心配そうに顔を出すプリン。
「ふ……ふふっ、おはよ、ブリン……」
真っ青な顔で、可能な限り爽やかに挨拶するミント。
「ぼ、僕はプリンだっ!」
引き続き心配そうな顔をしていながらも、きちんと訂正するプリン。
「ごめんごめん……あれ? ボドブは?」
彼に謝ってから、隣のベッドにポトフがいないことに気付いたミントは、プリンに尋ねた。
「む? 馬鹿犬は朝っぱらから僕に決闘を申し込んできたのだが、面倒だったから、"ココアが呼んでたぞ"と言ったら、鏡の前で何かえらいサムイことをしてから部屋を勢いよく飛び出していったぞ」
プリンは長文でさらさらと答えた。
「……そう」
ポトフと訂正するかと思いきや、プリンはそこにはまったく触れなかった。
しかも、昨日の特訓の成果を見せる為の決闘の申し込みを、"面倒"の一言で片付けたプリンに、ミントは頷くと見せかけてカクッと頭を下げた。
(ん? ……ってことは、ポトフはもう元気ってこと?)
昨日の"おにぎり"と"お茶"と称された代物を食べたせいで、こんなにも具合いが悪いミントは、あれに慣れてるのかポトフは……、とか思った。
「……」
ずっとうなだれているミントを心配して、プリンは、ようし、と腕捲りをして、一歩を踏み出そうとした。
「!! だだだ、大丈夫だよ、プリン!! オレ、ちゃんと食堂まで行けるから!!」
が、それをミントが全力で引き止めた。
「む? でも……」
「大丈夫!! 大丈夫だから!!」
逆接の接続詞を口にしたプリンに、ミントは帽子を被って起き上がってから大きく息を吸い、
「だからキッチンには立たないで!!」
力一杯お願いした。
と言うのも、プリンがキッチンに立つと、いろいろと危険だから。
確かこの前の調理実習の時は、背中に出刃包丁が刺さっていた。
(イリュージョンだよ!? どうやったらそんなことになるんだよ?!)
ミントが心の中で思い出し突っ込みをしていると、
「……うむ。分かった」
具合いの悪いミントの為にデンジャラスなクッキングをしようとしていたプリンは、ようやく首を縦に振った。
『むゆ〜……むゆ〜……』
「む? 人がいっぱい」
食堂に入る為の階段の前に、たくさんの生徒たちが集まっているのを見て、頭にまだ眠っているむぅちゃんを乗せたプリンは疑問符を浮かべた。
「しかも、全部女子みたいだね」
その隣で同じように疑問符を浮かべるミント。
「ふむ。いつぞやの馬鹿犬の周りみたいだな」
「キミの周りもそうだったよね?」
「そ、そんなことない!」
ミントの言葉に、ぱっと枕で顔を隠しながら言い返すプリン。
確かに以前プリンとポトフは女子生徒に群がられることがしばしばあったが、プリンは、彼の婚約者である"ムース"が現れて以来、ポトフは昨年のダンスパーティー以来、そのようなことはなくなった。
「プリンみたいにかっこいい人でもいるのかね?」
「ぼ、僕はかっこいくなんかない!」
「はいはい」
「むー! ミントの意地悪っ!」
適当な返事に、ぷーっと顔を膨らませるプリン。
ぷりぷり怒っている彼とポトフは双子でも、やっぱり性格は違うんだなあ、とか思いながら、ミントは少し背伸びをした。
それは、彼女たちが何に集まっているのかを見る為。
「……料理店、"死神"?」
女子生徒たちの頭越しに、まず始めに見えたものは、やけにかすれた毛筆で書かれた大きな看板。
「!? ワタル?!」
そして次に、ミントは看板の隣に死神が見えた。
その後、まあ、確かにワタルも美形だな、とか思うミント。
「僕のプリン……!!」
背伸びをしなくても大丈夫な長身のプリンは、死神を見て、バックにメラリと炎を燃え上がらせた。
「お、落ち着いてよ、プリン!?」
まだ根に持っていたのかと思いながら、どうどうとプリンをなだめるミント。
「……にしても、ワタルって料理上手いんだね?」
ミントはなだめながら、看板の隣にいる死神を見た。
彼は看板の通り料理を作っているらしく、食材を切ったりフライパンを振ったりしている。
そして、そのどの動きも、なんだか異様に様になっていて上手だった。
「……でも、この異様に甘ったるいにおいは一体……?」
鼻に片腕を当てながら、ミントがしばらく彼を見ていると、
「へいお待ち」
何やら寿司屋のおっちゃんみたいな台詞を口にしながら、死神が料理が乗った皿をカウンターに出した。
「あ、いっけない! もうこんな時間!!」
「わあ、本当だー!! もう行かなくちゃ!!」
どぴゅん
「「?」」
すると、急に女子生徒たちが食堂に駆け込んでいったので、何事かと小首を傾げるミントとプリン。
「へいお待ち」
「「!?」」
すると、いつの間にか死神が目の前に料理を持って立っていたので、二人は揃ってびっくり顔になった。
「こ、こんな所で何してん―…」
「う、うむ。食堂の営業妨害もいいところ―…」
ミントとプリンは、先程の発言に"のさ?"と"だ"をつける前に、死神が持っている料理を見て、目を見開いて言葉を失った。
「ん? どうした?」
そう言いながら、ミントの大きな目に目潰しを仕掛ける死神。
「それは何さ?」
目潰しされる前にその手をガシッと掴んだミントは、彼が持っている皿を指さして質問した。
「いやん。ミント積極的」
手を掴まれたことに恥じらう死神。
「あ?」
その手に渾身の力を込めるミント。
「か、かたじけない……っ!」
上擦った声で謝罪し、ミントに手を離してもらうと、
「チョコカレーだ」
と、言った。
「……チョコ……」
「……カレー……」
台詞分担して、もう一度死神が持っている料理を見るミントとプリン。
その料理を構成しているのは、ほかほかの白いごはんと、一口サイズに切られた肉や野菜と――熱々な茶色い液体。
((これか。これがチョコなんだな?))
チョコカレーの意味を理解した二人は、くるりと回れ右をし、
「さて、コーラコーラ♪」
「ふふふ。プリンプリン」
ごく自然に逃走を試みた。
ちゃきん
「まあ遠慮するな」
が、死神に止められた。
「「……っ!!」」
肩にまわされたのが腕ならいいが、今まわされているのは、刃こぼれして不規則にギザギザになっている、刃渡り一メートル程の三日月型の大鎌。
「「……い、いただきまぁす……」」
苗字が死神ということもあって、言葉では表現出来ない恐怖に襲われた二人は、そう言うしかなかった。
「おお、心置き無くいただいてくれ」
すると、死神は大鎌肩に担ぎ直して嬉しそうにそう言った。
(ねえ、二日連続この展開って酷くない?)
チョコカレーを目の前にして、心の中で誰にともなく同意を求めるミントであった。
死神
「ホットチョコもどーぞ」
ミント
「どんだけチョコ好きなんだよ?!」
プリン
「……あまあま……」