最終回 卒業日和
見慣れた汽車に乗り込んで、まだ空いているコンパートメントに、四人はゆっくりと腰を下ろした。
「大丈夫、プリン?」
「う、うむ。ありがとうミント」
魔力の消費が激しいプリンは、支えになってもらっていたミントにお礼を言う。
どういたしまして、と笑顔で応えたミントは、気持ち良く伸びをした。
「いやあ、疲れたねえ」
お疲れさま、とにこやかに言えば、
「もーちょっと丁寧に運んでほしかったなー」
「なんかちょっと死ぬかと思ったぜェ?」
ココアとポトフの文句が聞こえてきた。
「あはは、ドンマイドンマイ」
しかし、まるで他人事。
「でも、毎日枕に魔力を貯えてたとはねぇ?」
ころっと話題を変えて、ミントはプリンに注目した。
「あ、もしかして、森で動物のケガを治してたのってー?」
「む。うむ、予行演習だ」
思い出したように話題についていったココアの言葉に、プリンはこくりと頷いてみせる。
「リザレクションなんて、どこで覚えたんだァ?」
「む? 本で読んだ」
「へ? そんな簡単なもんなの?」
「いや、絶対に違うでしょー」
いつものように会話を始める四人。
思い付きの話題はいろんな方向へふらふらする。
『最終試験お疲れ様!』
そんな穏やかな時間が流れていた車内に、クー先生の声が聞こえてきた。
『流石! 全員余裕で合格できたみたいだね!』
声の様子から、彼女はとても上機嫌。
『つまり、みんなは学んできたことを活かせるようになった』
それは、入学当初と比べたら、みんなが心身ともにとても強くなったから。
『この魔法学校での五年間で、みんなは立派に成長してくれたんだね!』
授業に試験、修学旅行や運動会に学園祭などなど。
いろいろなことがあったこの五年間。
『これから先も、みんながみんならしく輝いてくれることを、先生たちは願ってるよ!』
これからは、ひとりひとり違う道に進んでいく。
『うまくいくことばかりじゃないから、つらい事や苦しいことなんて山ほどあると思う。でも、そんなときはこの学校生活を思い出してみてくれたら嬉しいな』
でも、忘れないで。
こんな無茶ぶりだらけの五年間、一緒に苦難を乗り越えてきた仲間がいるよ。
きみたちは、ひとりじゃないよ。
『……えへへ、こう真面目なのは慣れないね?』
照れたように笑ったクー先生は、
『ではでは、みんなのますますのご成長とご健康を祈って!』
いつも通り、元気いっぱいな声で締めくくった。
『卒業、おめでとう!』
――光り輝く太陽の下。
名残惜しく汽笛を鳴らした黒い汽車は、国立魔法学校を出発した。
「じゃ、ある程度予定が決まったら連絡するねー?」
まだ春は遠い山奥の街、フェノリリルの駅に、春色の髪の少女が降り立った。
「あは、いつでも待ってるぜェ!」
窓を大きく開けて彼女に頷き返し、ポトフはいつも通りの笑顔を見せる。
「ふふ、ミントはチロルとお幸せにー!」
「はは……どうもありがとう」
彼に笑い返した後で、ココアはミントに顔を向けた。
「プリンは、ムースを大事にするんだからねー?」
「うむ。……む?」
次いでプリンに向けて笑いかけたココアは、彼に頷いた後に首をかしげられた。
「それじゃー、みんな、お元気で!」
煙突から煙が上がり、動き出した汽車に、
「またみんなで家の温泉に来てねー!」
ココアは、大きく手を振りながら微笑んだ。
「うん! ココアも元気で!」
「うむ、絶対またいつか」
そんな彼女に手を振り替えしながら、彼らはお別れの挨拶をした。
「ココアちゃんラブーーー!!」
「な?! ば、バカーーー!!」
ひとり、何か違うことを叫んだ気がするが、その辺は敢えて触れないでおくとする。
「……。これはどういう状況なのさ?」
森に囲まれたアクリウムの駅で、ミントは冷静な質問をひとつ。
「ミント、大好きだからな……!」
すると、窓枠越しにぎゅーっと彼の頭を抱き締めていたポトフが告白した。
「なんかちょっととんでもないくらいに!」
「"ちょっととんでもない"?」
どんな言葉だ、と突っ込みながら、ミントはポトフの腕から脱出した。
「まったく……。頑張ってね、医者志望」
「おォ!」
彼の応援に、ばっちり笑顔で応えたポトフは、
「と……、」
ミントの隣に視線を移した。
「?」
目が合ったため、疑問符を浮かべながら首を傾げたプリンに、
「……、……目」
彼は、照れ臭そうに口を開いた。
「ありがとォ、おにィちゃん!」
「――?!」
後、ガバチョーっと思い切り抱きついた。
「なっ、は、はなせ! そして"お兄ちゃん"て呼ぶなっ!」
突然かつ予想外の抱き付き攻撃に、プリンはバタバタ暴れ始める。
「俺、もしも右目が治ったら絶対やってみたいことがあったんだぜェ?」
が、その言葉にピタリとおとなしくなるプリン。
ふふん、と彼から離れたポトフはもったいぶって咳払いをし、友人二人の注目を集めた。
「イケメンウインク!!」
「微風」
ばちこーん☆ とウインクしたポトフに、プリンの微風が直撃した。
「たくもう、相変わらずなんだから」
やれやれと頭を抱えたミントは、進歩がないと苦く笑う。
「俺かっこいい?!」
「あーうんちょーかっこいー」
「ッ貴様そんなことのために僕は」
「どうどうプリン」
再び動き出した汽車の窓辺で、ミントは適当に場を収める。
「あっはっはっ! じゃ、いつでも遊びに行くからな!」
貴様ちょっとは相手の都合を考えろ。
「二人とも元気でなァ!」
そんなツッコミも忘れるくらいの眩しい笑顔に、諦めたように手を振り返すミントとプリンであった。
「うむ、お別れだな」
砂漠の駅、アルカイドに降りたのは、普段通りに涼しげなプリン。
「うん。五年間、早かったねえ」
「うむ、早かった」
ミントの言葉にこくりと頷いて返した後、
「この五年間が、一番楽しかった」
プリンはふわりと微笑んだ。
「ミントに出会えてよかった」
それは、彼の心からの素直な言葉。
「あはは、オレの方こそ」
友人に負けない笑顔で、ミントは感謝を伝えた。
「ふふ、ミント、今まで本当にありがとう」
定刻通りに走りだそうとする汽車に乗る彼に、プリンは寂しげな笑顔で別れの挨拶をした。
がしっ
「!」
ところ、彼の手は、がしっとミントに掴まれた。
「これからも、よろしくねプリン!」
見上げると、彼は飛びきりの笑顔で。
「……! うむっ!」
温かい約束をしてくれたミントに、力強く応えるプリンであった。
「うん! またねっ!」
そうして、汽車は砂漠を出発した。
ガタンゴトンと規則的に揺れる車内。
開け放たれた窓からは、冷たい風が吹き付ける。
誰もいなくなったシートを見て、少し視界がぼやけたけれど。
でも、もう二度と会えなくなるわけではないから。
会おうと思えば、いつでもみんなでまた笑いあえるから。
――だって、ちゃんと約束したでしょう?
「ずっと、友達だよ」
新しい生活の始まりを祝福するように、蒸気機関車の汽笛が鳴り響く。
見上げた空は、どこまでも青かった。
おわり
ここまで学校日和にお付き合いしてくださった読者様方に、心からの感謝を込めて。
ご愛読、誠にありがとうございました!




