第229回 逃足日和
春の訪れを少しづつ感じられるようになった今日の日。
見慣れた景色の森に、
『そんなわけで、これから卒業試験を始めるよ!』
拡声魔法を使ったクー先生の声が響き渡った。
「"そんなわけで"って」
「あはは、始まったねー」
いつも通りな無茶ぶりに、広大な森のある地点にワープさせられたミントとココアは苦笑い。
『課題はこの森を抜けて汽車にたどり着くこと!』
「? いつもと同じなのかァ?」
「……そのようだな」
内容を知らされ、単純なゴールに首を傾げたポトフにプリンはさらりと言葉を返した。
『出発予定時刻は十二時ちょうど! じゃ、頑張ってね!』
拍子抜けしたような生徒たちに構うことなく、クー先生は課題開始を高らかに宣言した。
「……まーたく、最後くらいおとなしく式あげればいいのにねー?」
「あっは、まァらしいっちゃらしいんだけどなァ?」
先生の声が聞こえなくなり、課題が始まる。
ランダムに送り飛ばされたこの場所は、何度も来て見慣れているものの、方向感覚が分からなくなるほどの深い森。
その中での唯一の目印は、遠くに見える魔法学校のシルエット。
「とにかく、目指すは駅だね」
「うむ。あっちだな」
学校の位置が確認できることから、取り敢えず進むべき方向は把握できる。
よって四人は、学校の正面から見て真南に位置する駅を目指して歩き始めた。
「「?」」
直後、四人は視界に捕えた物体に思わず足を止める。
四角い箱の上についた、赤いスイッチ。
「……何これ?」
と、目を細くするミント。
「スイッチ、だねー?」
怪しい。
あからさまに怪しすぎる。
こんな、押すと何か起こる可能性が極めて高そうなスイッチを目の前に出されたら、躊躇なく押すのがコメディアン。
「スイッチ……だなァ」
しかし、生憎自分たちは一般市民。
別に周りを笑わせるためにわざわざ身を危険にさらしてまでアホな行動をとる必要は、一切ないのである。
て言うか、自分たちの周りには誰もいない。
ゆえに、こんな不審物は華麗にスルーしてみせるのが普通。
「えい」
そんなことをミントとココアとポトフが考えているうちに、プリンはスイッチを押していた。
ぽちっ
流石は天才。
普通の人とは、やることが違う。
「って、何してんのさあああ?!」
「押した」
ミントの突っ込みに、プリンは満足気な顔で答えてみせた。
「いやそんなレストランの呼び鈴を初めて押せたときみたいな顔してる場合じゃ――」
具体例を交えて焦るミントをよそに、彼の背後に衝撃音が鳴り響く。
どしん!!
「「どしん?」」
振り向いたら、激しく負けな気がする。
負けな気がするのだが、振り向かないといけない気もする。
「「……」」
四人が音源に振り向くと、そこには丸々とした大きな岩が。
――やっぱりな。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「って、来たァァァ!!」
「いやーーーーー!!」
「プリンのバカあああ!」
「ぴわわ、ごめんなさいっ!!」
見事に予想が的中した四人は、血相を変えて逃げ出した。
なんとか逃げ切った四人は、疲れたように森の中で座り込んでいた。
「ったく、もう、スイッチなんか、押しちゃ、ダメ、だよ?」
「う……、う、むっ」
全力で友人を引っ張ってきたミントと、全力で友人に引っ張られてきたプリン。
「ココアちゃん、ケガはない?」
「う、うん、大丈夫ー」
まだまだ大丈夫そうなポトフは、へたりこんでいたココアを気遣っていた。
「たく、ちょっとは考えろよテメェ?」
「む、だって」
「だってじゃないでしょ」
呆れたようなポトフとミントと、何か言い訳し始めるプリン。
「?」
元気に騒いでいる野郎三人はほっといて、周囲を見回していたココア。
「なんだろこれ?」
彼女は、近くに小さな楕円形の玉を発見した。
つるつるぴかぴかしたそれは、手のひらサイズの大きさで。
「あ」
つるっと手から滑り落ちた玉は、ぱきょっと脆く割れてしまった。
ガサガサ
と、同時に彼女は、辺りの異変に気が付いた。
「へ?」
自分たちを囲むように、茂みがざわめいている。
ざわざわガサガサ、殺気立つ。
「……ね、ねー?」
「「?」」
この現象がよろしい展開に発展したことなど、今までに一度だってない。
そんなわけだから、ココアはその異変に気付いていない野郎どもに声をかけた。
「私たち、囲まれちゃったみたーい」
とても引きつった笑顔とともに。
え? と辺りに目を走らせる三人。
『『ぐばばばばば!!』』
ガササー!
すると、茂みのなかから、
「む、いつぞやのクマさんが」
いつぞやのクマさんが、
「とてもメタリックな状態だなァ」
とてもメタリックな状態で現れた。
「なんか見るからにパワーアップしてるううう?!」
というミントのツッコミを合図に、四人はクマさんの手が薄い一ヶ所を出口に再び逃げ出した。
『『ぐばばばばば!!』』
「なんか怒ってる! なんで怒ってるんだァあのメタリックマ?!」
「メタリックマ!? 何そのそこはかとなく何かしらと類似性がありそうなネーミング?!」
「たぶんタマゴ割っちゃったからだと思いますどーぞー!」
「はあ?! なっ、なんてことしちゃってんのさココア!?」
「むう。ココア、おっちょこちょい」
「おっちょこちょいなんて可愛らしい表現で済むかあああああ!!」
メタリックマに追い掛けられながらも、ツッコミ続けるミントであった。