第226回 先導日和
心地よく揺れる汽車のなか、向かい合わせで座った二人の女子生徒は、中央の水晶玉に注目した。
「お、お願いいたしますわっ」
「……」
緊張した面持ちのムースに、バニラは表情を変えずにこくりとうなずく。
そうして膝にのせた水晶玉に手をかざし、得意の占いを始めるバニラ。
「っ……!」
それを固唾を飲んで見つめるムース。
占うは、愛しき相手。
ゆえに、彼女はひたすら祈る。
どうか、"道端の小石"だけはやめてくれ。
ポンッ
そんなことをしているうちに、水晶玉は一枚のカードを吐き出した。
ぱしっ
馴れた様子で、それを取るバニラ。
彼女はそのカードを確認した後、無言で友人に見せてあげた。
「? ……卓上の卵?」
カードに書かれているのは、今は使われなくなった古い文字。
それを読み解いたムースは、描かれた絵とともにカードの意味を考える。
「……」
「え? この状況でどう思う?」
何故かムースは、バニラの言わんとしていた言葉が分かるようだ。
「そうですわね……。何が生まれてくるのか、気になりますわ」
彼女のまさに無言の問い掛けからの、答え。
「――! つ、つまり、気になる、ということですのっ?」
「……」
「きゃあああ! やりましたのですわあああ!!」
こくりと頷かれて、ムースははしゃぐ。
見た目はなんら変わらずとも、バニラもそれを喜ばしく思う。
傍から見るとえらいテンションの差だが、彼女たちからすると実際はそうでもないのである。
終点の駅は、南の地。
まばゆい太陽に恵まれたそこは、バテコンハイジュ。
『さあ、今回も始めるヨ〜! 二人一組で、頑張って森を抜けてきてネ!』
そこで始まる魔法学校の試練。
どうやらこれが、デフォルトらしい。
「バニラさん!」
「?」
セイクリッドと似たような元気印の女の先生のアナウンスを聞いた直後、ムースは爛々と目を輝かせた。
「これは、二人きりになるチャンスですわよ!」
もちろん相手は、バニラの想い人と。
「!」
「うふふ、照れてたんじゃ何も始まりませんわ?」
ぶんぶんと首を横に振って遠慮するバニラの手を取って、ムースは勇んでアセロラのもとに移動した。
「ふはは! では私はアセロラ君と」
「たわけですわ!」
ズバアアアアアアアン!!
アセロラとペアになろうとしたバジルに渾身の扇子張り手。
効果音的に、ココアの平手より切れ味があると思われる。
「口を慎みなすって?」
バジルを張り倒した扇子で優雅に顔を扇ぎつつ、ムースはころっと表情を変えてアセロラに向き直った。
「アセロラさん、ペアはお決まりでいて?」
お嬢様に相応しく、麗しい笑顔で。
「いえ、今しがた欠場しましたので」
そんなことは日常茶飯事なのか、アセロラもこれといって動揺していない。
「そうですか。それはちょうどよろしいですわ」
涼しい顔で対応する彼に、
「バニラさんが、お相手を探していたところですの」
ムースは、にっこりと笑ってバニラをご紹介した。
「……」
何も言わないが、本当はもう心臓がやばい。
今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいな彼女をよそに、
「いかがかしら?」
ムースは超楽しそう。
このアマ……! と、若干心の声が凶暴化しつつあるバニラである。
「はい。では」
しかし、そんな彼女に、
「よろしくお願いします、バニラさん」
アセロラは、ふわりと微笑みかけながらそう言った。
「……!」
これが、ミントに言わせたところのイケメンビーム。
バニラには効果は抜群だ。
「決まりですわね。さあ、アセロラさん。バニラさんのリード、よろしくお願いいたしますわ」
くらくらな彼女に追い打ちをかけるムース。
彼女はアセロラの腕を掴むと、自然な流れでバニラと手を繋がせた。
「――?!」
だから、効果は抜群だって。
内心うろたえまくるバニラであるが、無表情の鉄の仮面は剥がれない。
流石は沈黙のお姫様。
「さあ、参りましょうか?」
「……」
にこりと笑って手を引くアセロラに、黙って頷くバニラ。
「男性が女性の手を取ってリードするのは、当然のことですわ!」
彼のジェントルな対応に、ムースは申し分ないと満足気に頷くのであった。
「なるほど。では、お手をどうぞ、ムース嬢?」
ズバアアアアアアアン!!
「気安く触らないでくださる?」
レディのリードは、いろいろルールがあるようだ。