第225回 楽観日和
南へ向かう黒い汽車は、軽快な汽笛を鳴らして雪の国を出発した。
「っくしゅ」
「おやおや、風邪かいアセロラ君?」
凍るような外とは違って暖かな車内で、バジルはくしゃみをしているアセロラを発見した。
「あ、バジルさん。おはようございます」
久しぶりに会ったルームメイトに、アセロラは鼻に手を当てながら適当に挨拶を済ませた。
「ふはは! 風邪の時はネギを首にまくといいんだぞアセロラ君!」
「ネギなんて持ってませんよ」
「ちょうど長ネギを持っている!」
「……なんで持ってるんですか」
もっともな疑問を抱く彼をよそに、カバンからにゅっと長ネギを取り出したバジルは、手際よく首にネギをまきつけた。
「うん、これでよし!」
「臭いです」
「ふはは! 早く良くなるといいね、アセロラ君!」
相変わらずあまり噛み合わない二人の会話。
しかし、それももういつものこと。
アセロラは諦めたように手帳に目を落とした。
「そう言えば」
それを見たバジルは、思い出したように口を開く。
「その手帳には、私のことも書いてあるのかい?」
今更ながらの質問ではあるが、少し気になったので聞いてみる。
「くしゅ! ……はい。バジルさんの生年月日から家族構――」
本当に風邪かとか思いつつ、ネギのかおりに包まれているアセロラは、ここではたと気がついた。
「そう言えば、どうして父親だけなのですか?」
家族構成が、片親という理由を知らないことに。
「あ」
しかし、これはまずい質問だったかとすぐさま思われた。
しまったと口を塞いだアセロラに、
「聞きたいのかい?」
バジルは、輝くばかりの笑顔を向けた。
「……え?」
この、語りたくてうずうずしているバジルの顔。
アセロラは、別の意味でまずい質問をしたようだ。
≫≫≫
「おとうさま!」
初等部の学校から帰ってきたバジル少年は、カバンを下ろすと父親の事務所に顔を出した。
「ん? おお、おかえりバジル」
大事な息子に笑顔で応えるバジルパパ。
ここは、弁護士である彼の仕事場。
腕利きの弁護士らしい彼の家は、この辺りでは有名な邸宅である。
「おとうさま、聞きたいことがあるのですが」
「うん、なんだい?」
ちょうど暇を持て余していたらしいバジルパパは、息子の話相手をすることに。
「わたしのおかあさまは、どこにいらっしゃるのですか?」
すると、しょっぱなからキツい質問が飛んできた。
「ふはは! 気になるのかい?」
しかし、バジルパパは基本傷付かない。
「はい!」
と答えたバジルに、
「じゃあ質問だ」
「?」
バジルパパは、にこりと笑ってこう尋ねた。
「この前、女性のことを酷く言った偉い人のことを知っているかい?」
「はい! 子どもをつくるキカイだとか、ひどいですよね!」
ゆえに、バジルはそのニュースに対して頬を膨らませながらスラスラ答える。
「その通り。さすがバジルは頭がいいな」
「えへへ」
「そう、機械だなんて酷いだろう? でもね」
褒めると素直に照れるバジルに、バジルパパは言葉を続ける。
「君のお母様は、私のことをお金を作る機械だと勘違いしていたのだよ」
笑顔で、子どもに、残念な話題。
「え?」
一瞬、バジルの思考が停止した。
そんな彼に、バジルパパはふはは! といつものように笑ってのける。
「ちょっと前までは私もダメな弁護士でね! まあ、お金がない、そんな時代もあったのさ!」
別に強がっているとかそんなのではなく、普通に笑い話をしているバジルパパ。
「そこで、またバジルに質問だ」
「は、はい?」
そんなふうに話されるもんだから、バジルも深刻な問題ではないように思えてくる。
「お金を作る機械なのに、ボタンを押してもお金が出ない。さあ、どうする?」
茶化されたシビアな質問に、
「えっと……、たたいてなおします!」
無邪気で簡単な答え。
調子が悪い機械は叩いてなおす。
これが、バジルの常識。
「ふはは! さすがバジル! 話の的を得た的確な答えだね!」
「えへへ」
「そう、ひっぱたいてでもお金を出させようとした。しかし、それでも出なかった」
それを映像的に考えると、かなり不憫な状況なのではあるが。
「まったくダメなポンコツ機械。さあ、どうする?」
しかし、それを図らずして感じさせないバジルパパ。
彼の質問に、バジルは少し考えた後、
「えーっと……、すてます!」
的確な、しかし残酷な答えを導いた。
「その通り! ふはは! さすがバジル、天才だ!」
「ふふっ、とうぜんです、おとうさま!」
そうして、バジルを持ち上げて楽しそうにくるくると回り始めたバジルパパであった。
≫≫≫
「と、言うことなのだよ。ふはははは!」
そう、父親と変わらず能天気に語ったバジルと、
「……よく似た親子ですね?」
何やら頭が痛くなってきたため、風邪が悪化したんじゃないかと思うアセロラであった。