第223回 参拝日和
ひらりひらりと雪が舞う、夜の明るい神社にて。
「……ふあ」
アオイは、白く霞んだあくびをひとつ。
「アオイ、眠い、ですか?」
「あ、ごめん。いつもなら寝てる時間だから」
彼の隣で真っ白なコートを着込んでいるリンが首を傾げると、アオイは申し訳なさそうに肯定した。
ちなみに今は、夜の十一時を回った頃。
「フッフッフッ。あおぴょん眠いのか」
すると、何やら全体的に紺色の死神が得意気に話に参加した。
「う、うん。でも、大丈夫だよ。折角みんなで初詣に来たんだから」
「フッフッフッ。オレ様にいい考えがあるぞ、あおぴょん」
「?」
どうやら、ニックネームはあおぴょんで決定したらしい。
得意の含み笑いを存分に披露する彼に、アオイはぴこっと疑問符を浮かべた。
「歩きながら寝ればいいんだ」
「って、できるわけないでしょ?!」
「わ、頭いいね、ワタル」
「んでアンタも納得しなさんなだわよ!?」
そんな死神とアオイに、赤で決めてきたウララの突っ込みが炸裂した。
「ウララ、用は足せた、ですか?」
「リンちゃんレディにそんなこと聞いちゃダメよ?」
後、リンからの質問に苦笑い。
「レディ?」
「そう、レディ」
「ゴー、です」
「ううん、そっちのレディじゃないの」
「アーユーレディ? て、だいぶ失礼な疑問文、ですね」
「うん、そうね。でもアナタ今しがた自分で私にそう聞き返してきたわよね?」
真顔でボケる彼女に、ウララは諦めたように笑ってみせた。
「ふふ。でも、僕、初詣なんて初めてだよ」
「フッフッフッ。初初詣だな」
「ふふ、そうだね。ワタルはいつも初詣するの?」
「いや、いつもなら一狩りしてるぜ」
「なんか最近よく聞くけどアンタが言うと危ないわ」
はたして死神が狩っているのはゲームのモンスターなのかリアルの魂なのかというおっかない疑問を抱くウララ。
「ユウは?」
おかしな死神にくすくすと笑いながら、アオイは隣の人物に話し掛けた。
「俺は」
「って、うお?! アンタどこにもいないと思ってたのにいつからそこにいたの!?」
「……は? お前が用を足しに行く前からに決まってるだろ」
「だからレディにそんなこと言うんじゃないわよ黒ずくめって言うか完全に保護色化してるって言うかなんだオマエ黒の組織か?!」
「いつもなら寝てる」
「あ、そうなんだ。同じだね」
「って、シカトかコラあああ!?」
いつもどおり全身が黒いユウは、青いコートのアオイとのお話をいつもどおり優先させた。
「じゃあ、ウララは?」
「え? あ、私? 私はいつもリンと一緒に詣でるわよ」
「へえ、そうなんだ」
「……せわしない、です」
話を振られると途端に切り替わるウララに、リンは今更ながら突っ込んだ。
「初詣って、何するの?」
ここにきて、今更ながらの質問。
神社の本殿への列に並びながら、初めてのことゆえにピコリと小首を傾げるアオイ。
「ん、と……そうね。まずはお店で美味しそうなもの買って食べて」
「鐘を鳴らして参拝に来たのを神様に知らせて、お賽銭を入れてから二礼二拍手で、名前住所年齢お願い事を言ってからもう一度お辞儀する、です」
「で、帰りに美味しいもの食べると!」
彼からの問いに、ウララとリンがそれぞれ具体的に答えた。
「ウララ、食べることしか言ってない、です」
「えへへ♪ って言うか、名前と住所と年齢まで言うの?」
「神様は客がどこの馬の骨だか知らない、です。あんた誰やねん状態では、願い事は叶わない、です」
「へー、神様って全知全能なわけじゃないのね?」
アオイを納得させながら、リンの解答について学習するウララ。
「……、とか言いながら、何をお願いする、です?」
「もちろん、志望校に受かりますように!」
「神頼み、ですか」
予想通りすぎるウララに、リンはしらっとした目を向けた。
「「!」」
その時、年が明けたのか、参拝客の列が動き始めた。
「あれ? あ、明けましておめでとう?」
「おめでとうございます、です」
「フッフッフッ。明けたのにあっけないな」
「まさか新年早々つまらんのを聞かされるとはな」
詰まり、年が明けたということ。
「ふふん! ウララちゃん奮発しちゃうわよー!」
客の波に従って前に進みながら会話をする友人たちの先頭で、ウララはお賽銭箱に向かってお金を投げ入れた。
((ご、五十円……っ!!))
その金額に、リンとユウと死神は目を見開いた。
「わあ、大奮発したね、ウララ」
「あたぼうよ!!」
「……小吉……」
お願い事した後で、今年の運試しとばかりに勇んでおみくじを引きにいったウララ。
彼女は、あまりいいことが書いてないそれに、新年早々肩を落とした。
「リン〜……って、れ?」
聞いてくれと振り向くと、そこにはいるはずのメンバーが存在しない。
「……」
と、言うことは。
「迷子になっちゃったあああ?!」
もちろん、あいつらが。
「ちょともう、高三にもなって何やってんのよあいつら?」
やれやれとため息をつきつつ、いいことの書いてないおみくじを杉の木に結び付ける。
ちなみに、杉の木に結ぶと、悪い運が早く過ぎ去る、らしい。
「……しかたないわね」
いろいろとシャレ固めな風習をレッツトライした後で、ウララは気持ちを切り替えた。
「たこ焼きでも食うか!」
「どアホ」
が、そこへ、ものすごく聞き覚えのあるこえが聞こえてきた。
「あ! どこ行ってたのよユウ?!」
「御守り販売所」
「御守り販売所!?」
「学業成就」
そのまま聞き返してきた彼女に、ユウはさらりと答えてみせる。
「学業成就ぅ?!」
それを聞いて、ウララはズビシっと彼を指差した。
「なんだ嫌味かコノヤロー!? 私以外全員推薦合格だったくせに!! アオイとリンとアンタは学校推薦でワタルは部活動推薦で合格したくせに!!」
そして、悔しそうにそれを上下させながらぷんぷん怒りだした。
「それならお前も推薦受ければよかっただろ?」
と、ごもっともなユウ。
「門前払いだコノヤロー!!」
詰まり、条件が満たされていなかったということ。
「……それは自業自得だろ」
「うっさい! いいの! 神頼みしたし! 奮発したし!」
なんだか酒でも入ってるのか疑いたくなるテンションで、
「くそう、こうなったらたこ焼きのみならずたい焼きも食ってやるー!!」
と、ウララはくるりと方向転換した。
「どアホ」
べしっ
「った?」
すると、ウララの後頭部に何物かが直撃した。
「……って、え?」
直撃して、足元に落ちたそれは、御守り。
「……帰って勉強しろ」
拾い上げたその先で、彼はそう言い残して帰っていった。
「……! うんっ!!」
ユウから貰った学業成就のお守りを胸に、とびきりの笑顔をみせるウララであった。
「……。キザだな」
「ユウ、いつからあんなキザ野郎になった、です?」
「わあ、やっぱりユウは、優しいね」
――そんな一部始終を、ばっちり見ていた死神とリンとアオイであった。