第205回 幸せ日和
ことの始まりは、またしてもこの男。
「あら、ご機嫌麗しゅう。ココアさん、ミントさん」
「わあ、こんにちは。ココア、ミントくん」
チロルとアロエ戦を終えて現われたのは、ツインテ少女とふわふわ少女。
「あ。こんにちはー、ブドウ、レモ――?」
挨拶を返そうとしたココアを弱く肘でつつき、
「ブドウは分かるけど、隣だれ? ココアの友達?」
ミントは、こそっと小声で問い掛けた。
なんかナチュラルに話し掛けられちゃったけど、とでも言いたげに。
「へ? だ、だからあの娘は委員長で」
何故か彼女に対してだけは妙に覚えが悪い彼に、ココアが慌てて答えようとしたところ、
「レ〜モ〜ン〜っ!! ですわあああああ!!」
レモンの怒りと炎魔法が暴発した。
ちゅどおおおおおおん!!
――で、今に至る。
「い、ったたた……。ああもう、炎やだっ!」
不意討ちに吹っ飛ばされたミントは、起き上がりながら炎を批判した。
なんか、自分の知る炎魔法使いは一貫しておっかない気がする。
「ん? でもサラダはそうでもないか?」
などと言いながら、ミントは一緒に吹っ飛ばされたとみられるココアを起こそうと試みた。
「大丈夫、ココ――」
が、ふいに違和感。
そこに倒れているのは、髪にウェーブのかかった女の子。
この、プリンには理解できないクセっ毛っぷりはココアに当てはまる。
だがしかし。
「……紫い……」
ココアは確か、ピンクかったはずだ。
ほら、チロルに頭ピンクとか脳内ピンクとか、……脳内ピンク?
「う……? ……あれ? ミントくんだぁ」
ミントが余計な疑問を抱き始めたあたりで、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「あ。おはよう、ブドウ」
しかも、ココア疑惑をなんかナチュラルに解決している。
「うん、おはよう」
にこりと笑って挨拶を返すブドウ。
それから辺りを軽く見回すと、彼女はふわりと疑問符を浮かべた。
「あれ? ココアとレモンちゃんは?」
さっきまで一緒にいたはずなのに。
「うん。たぶんレモン? に吹っ飛ばされたみたいだね」
するとミントは、煤けたローブを叩きながらさらりと答えた。
一部疑問が残っているが、そこはまあ置いといて。
「そっかぁ。大変だねぇ」
「いや、大変だねってブドウもだから」
「そっかぁ。大変だねぇ」
「いや、キミ本当に大変だって思ってる?」
「二人ともケガとかしてなければいいねぇ」
「いや、ココアはしてるかもしれないけど少なくとも攻撃したはずのレモン? はケガしてないよね」
「ふふふ、ミントくん早口言葉上手そうだねぇ」
こいつ、アオイ科の人間だ。
「……はぁ……」
ツッコミの天敵と一緒になってしまったミントは、疲れたように座り込んだ。
「あ。ため息ついたらね、幸せが逃げちゃうんだよ」
するとブドウ。
自分が原因とはつゆ知らず、にこにこ笑ってそう言った。
「へ?」
「早く捕まえなきゃ!」
「え?」
「はい、大きく息を吸ってー!」
「すーっ?」
「はいてー!」
「はーっ?」
「あ! また逃がしちゃった!」
こいつ、アオイ科の人間だ。
「ごめんねごめんねっ?」
「い、いや、大丈夫だよ。気にしないで」
しみじみと実感しながら、ミントは彼女に話し掛けた。
「幸せって言えば、ポトフの耳についてるのはブドウの家のものなんだよね?」
耳についてるの。
なんか表現がゴミっぽい。
「あ、うん。あれは"しあわせのおまもり"って言ってね? 私はココアにあげたつもりだったんだけど、……まあ、いっか。教会できちんとお祈りしたものだから、持ってる人を神様が守ってくれるんだよ」
そんなことは微塵も気にすることなく、ブドウはにこやかにそれに答えた。
「守って……」
「それで、幸せにしてくれるの!」
「幸せ……」
彼女の説明を聞きながら、ミントは、ことごとくココアに吹っ飛ばされるポトフを思い返していた。
「へえ……じゃあ、ブドウはココアに幸せを?」
うん、きっと手違いでプレゼントされたから効果があんまりないんだな。
と、ミントは勝手に解釈した。
「うん! だって、ココアはルームメイトだし」
ふわふわした笑顔で話すブドウは、ココアのルームメイト。
「ココアは私の、一番のともだちだもの!」
そして、ココアの一番のともだち。
「! ブドウ……!」
ミントとブドウよりも高く飛ばされたのか、木の枝に布団のように引っ掛かっていたココア。
降りるタイミングを見計らっているうちに流れてきた二人の会話を聞いていた彼女は、自然と胸を詰まらせた。
――それは、以前にも聞いたことのある言葉。
『ブドウも可哀想だね』
『あんなのと一緒の部屋だなんて』
『しかもそれをいいことに付き纏われちゃって』
にわかには信じられないほどの人気っぷりだったプリンとポトフとの仲が良かったココアは、女子生徒たちからの風当たりが最悪。
ミントたちと別れた後の女子寮は、この上なく居心地が悪かった。
『ううん、そんなことないよ?』
『無理しなくていいんだよ?』
いじめというものは大抵陰湿。
仲間を増やして自分のを行為を正当化し、その対象を排除して仲間意識を確認する。
そして、仲間は対象になるのを恐れて相手に同調する。
相手に悪いなんて、そんな気持ちは、ほとんどない。
『無理なんてしてないよ。私は私が一緒にいたいからそうしているの』
そんななか、ブドウはふわりと笑ってみせた。
『ココアは私の、一番のともだちだもの!』
偽りのない――少なくとも隠れて聞いていたココアにはそう感じられたその言葉は、彼女の傷を温かく癒していった。
「それに」
思い出がよみがえっていたココアの耳に、ブドウの声が聞こえてきた。
「ココアがポトフくんのことが大好きって気持ちがすごく伝わってくるし!」
「って、ちょー?!」
「ふべっ」
「ななな、何言ってるのよブドウー!?」
どうやら、降りるタイミングを掴んだらしい。
ミントを潰しつつ現れたココアは、赤い顔で声を張り上げた。
「あ。ココアだぁ」
「見付けましたわ! 覚悟なさいまし!!」
「あ。レモンちゃんも」
アオイ科の人間は、そんなことには動じない。
ブドウは、ふわふわしたまま登場した人物の名前を呼んだ。
「お、重い……」
しかし、ミント。
このままでは潰れると、震える声を絞りだした。
「あ?」
あくまでも、悪気のない素直な感想、なのだが。
「――え?」
「バあああストインディグネィションっ!!」
「ダあああクネスサクリファイスーーー!!」
口は禍のもと。
どうやら本当に幸を逃がしたらしいミントであった。