第199回 学食日和
学生食堂、略して学食。
その名目上、比較的お手頃な価格で食事を楽しめる場所。
なかには自室できちんと自炊する者もいるが、大多数の生徒が利用する。
おそらくは、準備から後始末までの面倒がないということが大きいのだろう。
「鹿の丸焼きちなみにレアで!」
早速注文をした彼はポトフ。
おそらくは、血抜きと骨の後処理の面倒がないということが大きいのだろう。
「ははは、あいよ。まったく、ポトフくんくらいだよこんな注文するのは」
「あっは、お願いしまァす!」
という冗談はさておき、こんな注文をしても比較的安価。
それは、料理長の趣味がハンティングだから。
「お次の方どうぞ」
という冗談もさておき、食堂のおっちゃんがカウンター越しに声をかけると、
「キャベツちなみに千切りで」
さらりとした注文が飛んできた。
「――!!」
「なっ……」
ほとばしる戦慄。
キャベツの千切り。
これは比較的安価な学食のなかでもかなり安い方の品目。
それでいてこの上なくシンプルなこの注文は、おかわり自由。
おそらくまがいなりにも栄養バランスを考えたヘルシー思考の女子生徒くらいしか頼まないだろうと踏んだ店側は、注文通りに決まってちょこんと副菜用の小皿にのせる。
これのどこがバランスを取れているんだ、ペッ。
第三者から見ると、そんな心境。
「ど、どのサイズにします?」
なのだが、今回の客は勝手が違うようで。
「一玉」
一点の曇りもなく即答したプリンは、ややあって、テーブルに何やらモサッとしたものを運んで席に着いた。
ややあったのは、おっちゃんが自らキャベツを刻んだから。
魔法を使えば早いのであろうが、それは職人のプライドが許さない。
「……」
「……」
「……」
「いただきます」
ぱむっと手を合わせて箸を取り、キャベツの千切りを何もかけずに食べ始めたプリン。
「お、美味しいー?」
「うむ」
問えば、もくもくと虫のごとくキャベツを食らいながら頷いた。
「た、たまにあるけどなんなんだろーね、あのプリンのキャベツ食らいー?」
「まあ、普段からプリンとか豆腐とかところてんとか……取り敢えず、ぷるぷるしたものばっかり食べてるから、たまには歯ごたえのあるものが食べたくなるんじゃないの?」
ドリア片手にヒソヒソと話し掛けてきたココアに、タラコスパをいただきつつ答えるミント。
今夜は焼き魚定食でも食べさせよう、と、偏りまくりな友人の食生活を心配しながら。
「あのなァお前」
そんなとき、鹿に噛り付いていたポトフが、呆れ返ったようなため息をついた。
「肉食え、肉!」
そして、まだ手を付けていない部分の生々しい肉を差し出した。
彼なりに、やはり心配しているだろう。
「……、知っているか?」
そんな彼にちらりと目を向けて、
「肉はガスを臭くする」
プリンはぼそっとそう言った。
「……へ?」
唐突に提示された話題に、ポトフは差し出したポーズのまま疑問符を浮かべる。
「肉などを食べると分解の際にインドールなどのにおいの強いガスが発生する」
彼の疑問に答えるように、プリンはさらさらと言葉を続けた。
「――」
オナラか。
オナラの話をしてるのかこいつ。
お食事中の話題じゃあないだろうそれは。
いやしかし。
いやしかし。
ガタッ
立ち上がったポトフは、迷わずカウンターに振り向いた。
「おっちゃん、キャベツの千切り一玉追加!!」
「あい――よおおお?!」
お前はおっちゃんに腱鞘炎を起こさせる気か、と心の内で突っ込みつつ、意地と根性でキャベツを高速で切り刻み始めるおっちゃんであった。
「!? なんかポトフにもヘルシー思考が感染したー?!」
「えええ、どしたのさポトフまで!?」
「……ちなみに食物繊維は腸内細菌の栄養になるからガスの量が多くなるのだがな」




