第195回 恋路日和
「もうすぐ学校ね、ポトフくん」
新しいローブを広げて見ていた彼にエリアが声をかけると、
「……学校って、どんなところなんですか?」
振り向いたポトフは質問を投げ掛けた。
「そうね、ソラや私なんかよりずっと上手に勉強を教えてくれるところよ」
その問いに、エリアは笑顔で答えた。
「同じ年の子たちがいるから、きっと素敵なお友達ができるわ。あとは」
ある意味引きこもり状態だったポトフは、座った状態で彼女を見上げている。
「青春らぶロマンスよ!」
すると、エリアはグッと親指を立ててばちこーんとウインクした。
「え……、それってもしかして、"ボブとアリエッタ"みたいなヤツですか?!」
それに対してツッコミを入れるどころか、むしろ食い付くポトフ。
「そう! ポトフくんはかっこいいから、きっとすぐにアリエッタみたいな可愛い彼女ができちゃうわ!」
ぱんっと胸の前で両手を合わせて盛り上がるエリア。
「彼女……!! じゃァ、俺もボブみたいにかっこよく!?」
「ええ、まずは偶然出会った可愛い女の子を爽やかにお茶に誘うの! そうすれば素敵ロマンスのスタートよ!!」
「マジですか!!」
「マジですよ!!」
「うああ、もォ一回シリーズ1から見直してボブを復習します!!」
「そうこなくっちゃ!! 私も最新作まで付き合うわ!!」
「……ご飯できたよ?」
何やらきゃっほいと盛り上がっている二人に、ソラはさらりとそう言った。
「腹減ったなァ……」
ソラの実家にお邪魔して、学校を思い出して慌ててこちらに帰ってきたはいいものの、ここは一体どこなんだ。
「うわああああああ?!」
「――!?」
腹に手を当ててさまよっていると、突如天井から爆音とともに降ってきた生徒にびっくり。
(おお!? もしかしてあの子が"偶然出会った可愛い女の子"?!)
「オレの帽子!?」
(――……じゃない、っぽいな……?)
"オレ"と聞いて、ミントが男の子だと知ったポトフ。
「払えねぇなら、体で払ってもらうしかねぇな?」
「なんでオレばっかり?!」
出会って間もないのにたらふくご馳走してくれた、わけではなかったようではあるが、
「あっはっはっ、ミントはおもしれェなァ♪」
ポトフは、餌付けされたわんこのごとく、すっかりミントに懐いていた。
ツッコミはするが、敵意は感じられない。
ぐちぐち言いつつも、ちゃんと手伝ってくれている。
――素敵なお友達ができるわ。
友達に、なってくれるかな?
デッキブラシで力いっぱい床を擦っているミントを見てそんなことを考えつつも、エリアに言われた通り女の子をお茶に誘っていた矢先に、
「あれれー? ミントそこで何してんのー?」
ココアが、現れた。
(――!!)
ばきゅーんってきた。
なんか今ばきゅーんってきた。
おおう!
これがあれか!
おねェさんが言ってた偶然出会った可愛い女の子か!
これが青春らぶロマンスなのか!!
「掃除」
「掃除ー?」
ミントと普通に会話している、ボブで言うところの運命のひと(アリエッタ)に、ポトフは早速声をかけてお茶のお誘いをした。
スッパアアアアアアン!!
――……のに、何故かいきなり渾身の平手打ち。
「私女好きは好きくないしー」
そして否定。
「離してよー!!」
更に拒絶。
「ななななな何するのよー?!」
精一杯の抵抗。
(……?)
おかしい。
今までの経験からか、ひとの気持ちを人一倍に感じ取れるポトフは、その能力ゆえに混乱していた。
あまり好ましく思っていない目、詰まり、敵意を向ける男子生徒たち。
向こうが嫌いなら、こちらからわざわざ近づかなければいい。
きゃいきゃいと寄ってくる女子生徒たち。
こちらは安全、害はない。
親しみをもってそばにいてくれるミントとプリン。
ミントは分かりやすく、プリンはちょっと難儀な感じだが分かりやすい、初めてできた大切な仲のいい友達。
――だが、ココアは。
「ダークネスサクリファイスー!!」
好意を持ってくれているのに、攻撃してくる。
これはどういうことだ。
好いているようだが嫌われている。
嫌われているようだが好いている。
うーむ、不思議だ。
青春らぶロマンスは奥が深い。
「――は!」
そんなこんなを過ごしていくなかで、ポトフはひとつの結論にたどり着いた。
「もしや、これが"ツンデレ"……?!」
なきにしもあらず。
≫≫≫
る、ぴるるるる
「……お?」
朝ご飯を終えて自室に戻ってきたポトフ。
彼は、カバンの中から機械音が漏れていることに気が付いた。
そこからごそごそと取り出したのは、夏休み前にプリンから渡された携帯の試作品。
ぴ
「と、も……しもし?」
すげえ、ホントに電話だ、とか思いつつ、そう言えば電話なんてほとんど使ったことがなかったポトフが疑問系で電話に出る。
『ふえ?! ……あっ! え、えっと、ポトフっ?』
すると聞こえてきたのは、ココアの声。
「ココアちゃん?」
おおう!
本当にスゲーな枕!
こんなちっこい電話!
これが文明の利器か!!
「どォしたの?」
などと感動しつつ、用件を訪ねる。
『へ!? あ! え、えっとー!』
すると、先程から挙動不審っぽいココアの声が聞こえてくる。
『えーと、ええとね?』
「うん」
『えーと、……あのー……ええと……』
「うん」
『えー……とー……』
「うん」
長い。
ひたすら長い。
用件を一向に伝えない彼女だが、ポトフは根気強く次の言葉を待つ。
『――……べ、べんきょ、頑張ってね!!』
ブツン!
あ、切れた。
「……」
確かに受験勉強は必須。
エリアのような立派な医者になるために。
ココアが伝えたかった用件は、恐らくそんなことではなかったと思われるが。
「うん、俺頑張る!!」
が、ポトフには効果絶大だったのでよしとする。




