第193回 睡眠日和
お日様の光がちょうど一番強く南向きの窓から差し込む時間帯。
「む……」
プリンはゆっくりとその青い瞳を開けた。
寝心地抜群な大きいベッドには立派な天蓋がついていて、いかにもなおぼっちゃま。
この大きなベッドが余裕で納まるほどの広々とした部屋は、どこもかしこも綺麗に片付いている。
「……」
が、プリンは一ヶ所だけ散らかっている場所を横になったまま発見した。
そこはこの部屋の隅で、散らかっているのは目覚まし時計。
おかしい。
あれは昨夜まではまっとうな状態で枕元にあったはずだ。
なのに、あんなところにあって、しかも大破されている。
だがしかし、この部屋のセキュリティは万全。
人間はおろか、あの黒くてカサカサ動く昆虫すら一匹たりとも侵入することはできないはずだ。
詰まり、あの目覚まし時計をあそこまで動かして、しかもあそこまで大破させたのは、
「……。僕か」
そう、お前だ。
「……むう、記憶に無い」
こんな単純明快な状況把握にえらく長いことかかったのは、寝起きだからなのかどうなのか。
プリンはのそのそと起き上がると、お亡くなりになられた目覚まし時計のもとに移動した。
「……ぷわあ……」
壁が微妙にへこんでいる。
どうやらお休み中の彼は、けたたましく鳴り響くように自分で設定しておいた罪の無い目覚まし時計を、風魔法か何かで豪快にぶっ飛ばしたようだ。
「……ねむねむ」
しかしそんなことはまったく記憶に無いプリンは、悠長に欠伸をしながらバラバラになった目覚まし時計のパーツを拾い集めた。
そしてその場に座り込み、哀れな目覚まし時計を器用に復元し始める。
「……」
修復魔法も使えるが、このくらいは朝飯前。
と言っても、朝飯の時間はとうに過ぎ去っているのだが。
ぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ
とか言っているうちに修復完了。
見事に生き返った目覚まし時計の音を聞き、プリンは一言。
「……ミントすごい」
何故この程度の音でばっちりお目覚め出来るのか。
そう言う自分も、この音を不快極まりなく思ってぶっ飛ばしたのであろうが。
実はこれ、夏休み前にミントから貰ったもの。
いい加減一人で起きられるようになりなさい、そう言って。
詰まり、彼は一応努力はしたようだ。
「……むう」
だがしかし、眠いもんは眠い。
原因は重々承知している。
――彼のねむねむヒストリーは、彼が保育所に通いはじめた頃から始まる。
ねむねむ理由その一、非常に退屈だったから。
『じゃあ、あしたオレのいえにしゅうごうな!』
『『うん!』』
それは、授業そのものもそうだが、その他の時間にも当てはまる。
『……』
朝の馬車から始まって帰りの馬車まで、彼はいつも一人きり。
文字を覚えるのが早かったことと、本を読む以外に暇を潰す方法を知らなかったことから、授業中はとても退屈。
知らず知らずのうちについた知識は、いわゆるエリートな保育所であるここでのレベルを超えていた。
よって、授業中にだんだん眠くなる。
しかし、頭はいいから勉強はできる。
ゆえに、エリート意識の高い周りからしたら非常に面白くない。
したがって、人が離れていく。
『……ぷあ』
護衛がついていた頃は、皆にこにこ笑って話し掛けてくれていたけれど、その笑顔は彼ではなく彼の護衛を通した父親に向けてのもの。
頭が必要以上によく働くのはどうもいけない。
それが鬱陶しくて護衛を解いて貰ったら、ものの見事にひとりぼっち。
『ねむねむ……』
――睡眠は、一番のストレス回避法。
そんな言葉をどこかで聞いたのか、彼はいつしか、いつでもどこでも眠れるようになっていた。
『ずっとともだち! やくそくだよ?』
そんな暮らしのなかで、やっと出来た一人の友達。
怪我のこともあって、名前を聞くのも忘れてしまったが、確かに嘘偽りなく自分のことを友達と言ってくれた。
『うふふ。プリン、支度はできました?』
『はっはっはっ! さあ、お見合いに行くぞ、プリン!』
しかし、あれ以来一度も会っていない。
彼を送った病院にも行ってみたけれど、結局わからず仕舞い。
住所も名前も分からないのだから、他に探しようがない。
『……。僕、忘れ物した』
『うふふ、あら、プリン?』
『先行ってて』
それでも、公園で遊ぶ、自分と同じくらいの歳の子どもたちを見かけると、無性に彼に会いたくなって。
『……わんわん?』
いないと分かっていながらも、彼と別れた森の中へと足が動く。
『わんわん』
しかし、やはりそこに彼はいなくて。
『……わんわん……』
彼の残した血のあとが、白い岩の上にあるだけで。
『わんわん、わんわん……っ!!』
探して呼んで、泣いて疲れて。
これが、彼のもう一つの眠る理由。
『トモダチ……』
『……いや?』
『違う、……嬉しい』
『そっか、よかった! よろしくね、プリン!』
それからいくつもの月日が流れて、魔法学校に入学。
ミントと出会って、それから、長いこと家から出ずに本を読んでいたせいか、体力が恐ろしくないことに気付いて。
『テレポート』
これが、更にもう一つの理由。
――そして、今。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ
「……む?」
目覚まし時計の音に気付いて目を覚ます。
「! 僕、起きられた!」
かちっと止めた、目覚まし時計はジャスト7時。
しかし一体いつ寝たんだ僕は、とか思っていると、プリンはとあることに気が付いた。
「……。月が出てる」
詰まり、夜の7時。
「ふむ、よい子はもう寝る時間だな」
よっこらせ、と立ち上がったプリンは、迷わずベッドに向かう。
どうやらまだまだ眠いようだ。
寝る子は育つ、と言うが、彼は本日何も口にしていない。
コンディションは最悪だ。
「ぷわ……」
だがしかし、眠いもんは眠い。
「……ねむねむ」
プリンは枕元に目覚まし時計を置くと、ピンクのヒラヒラがついた枕を――現在の主なねむねむ理由であるそれを抱えながら、再び眠りだした。