第190回 ダンス日和
強い日ざしが容赦なく照りつける夏の午後。
「ダンスパーティ?」
首が隠れて暑いのか、切ればいいものを後頭部で一つにまとめた黒髪の彼、ユウがおうむ返しをした。
「そォ、ダンスパーティ」
それに頷いて見せたのは、こちらも同じく黒髪の彼、ポトフ。
「お前気持ち悪いな」
「いや、俺と一緒に踊れとは言ってねェよ?!」
あからさまに身を退いたユウに、ポトフは透かさず突っ込んだ。
「俺はココアちゃんとに決まってんだろォ? んで、ユーはウララちゃんを誘ってこいって話」
誰が野郎と踊るか、と、ポトフ。
ちなみに、ユーとは、ユーやっちゃいなよ! のユーではなく、ユウのことである。
「……って、何耳塞いでんだよ?」
言ってる途中で、ユウが耳を塞いでいることに気が付いたポトフ。
お前がやっても可愛くねェぞと言ってやると、
「無理だ!」
ユウは、胸を張ってそう答えた。
「お前のクールキャラどんどん崩壊してんな?」
この暑さのせいか? とか思いつつ、ポトフははふーっとため息。
「いいか? ダンスパーティだぜダンスパーティ。パーティは夜の涼しくなった頃に始まってしかもパーティってことはすなわちレディはドレスアップしててめちゃくちゃ綺麗で可愛くてそんな相手と長時間ずっと一緒にいて二人きりなわけで――ココアちゃんラブーーー!!」
後、説明の途中で何か思い出したのか思わずエキサイト。
「つまりだ。きっかけ作ってやるからとっとと誘ってこい」
発作か!? とびっくりしている彼に、こほんと咳払いして、ポトフはぴんと指を立てた。
「……」
「……なんだよ?」
無言で見返してきたユウにポトフが言うと、
「お前、なんでそこまで」
協力してくれるのか、とユウ。
「ユーじゃねェ。ウララちゃんのためだ」
するとポトフは、照れ隠しでもなんでもなく、きっぱりすっきり言い切った。
「……? ……しかしお前は踊れるのか?」
何故にあいつのためになる? とか思いながら、鈍いユウは別の質問を繰り出した。
「はァ? 踊れるに決まってんだろォ?」
それを、ポトフは当然のごとく肯定した。
「まァ特に密着するヤツがだな――ココアちゃんラブーーー!!」
ただの変態発言である。
「お前も踊れるのか?」
また発作を起こしているポトフはほっといて、ユウは彼の後ろにひょこっと顔を出した。
「む?」
その先にいたのは、アオイと死神とほのぼのティータイムをしていた、プリン。
「ふむ、そうだな……」
彼はその質問に対して、少し考えた後でこう言った。
「ラジオ体操なら」
きりり。
「……は?」
ラジオ体操は踊りなのか否か。
「肩の力を抜いて背伸びの運動ー」
ユウがそんなことを考えている間に、プリンがさらりとそう言うと、
「あ、それなら僕も踊れるよ」
アオイはくすりと笑って立ち上がった。
「いち、にー、さん、しー」
「ごー、ろく、しち、はち」
プリンの掛け声に合わせて背伸びの運動を始めるアオイ。
「……」
「……」
はきはきとした、見事な動きである。
「おお。オレ様の得意分野だな」
すると、死神も得意げに参加した。
「いち、にー、さん、しー」
「「ごー、ろく、しち、はち」」
彼らの頭のなかでは、あの爽やかな音楽が流れているに違いない。
「……おい。なんかラジオ体操始まったぞ?」
「だな。ってェか、枕は言ってるだけでやってねェじゃねェか」
食堂で急にラジオ体操を始めた彼らを眺めるユウとポトフ。
「いち、にー、さん、しー」
「「ごー、ろく、しち、はち」」
プリンの掛け声に合わせて、完璧なラジオ体操をするアオイと死神。
「……」
「……」
そんな彼らを、無言で眺めるポトフとユウ。
「いち、にー、さん、しー」
「……」
「「ごー、ろく、しち、はち」」
「……」
「いち、にー、さん、しー」
「……」
「「ごー、ろく、しち、はち」」
「……」
しかし、
「いち、にー、さん、しー」
「「ごー、ろく、しち、はち」」
最終的には、彼らもラジオ体操に参加した。
「……」
暑さの厳しい夏の日の午後。
コーラを購入したミントは遠巻きに謎の行動を始めた彼らを発見し、
「植物学のレポート終わらせなきゃ」
何も見てない聞いてない、と自己暗示しながら、自分の部屋にすったすった帰っていった。