第188回 苦手日和
高校からの帰り道。
プリントを渡すよう先生に頼まれて、友人宅にやってきた黒髪の彼はユウ。
「……」
すれ違う人が思わず二度見してしまうような整った顔をした背の高い彼。
しかし、人格がひねくれているためか性格が悪いためか、興味の対象にない相手はことごとく突き放す。
更に口数も多い方ではないことも加わって、彼は彼の通う高校において、クールな硬派野郎で通っている。
「……っ」
そんなクールな硬派野郎にも、弱点があった。
そのうちのひとつは、甘いもの。
甘味に何一つとして魅力を感じないらしい。
って言うか、もはやきゅうり以外の食べ物は邪道だと思っている勢いである。
もうひとつは、高いところ。
安定感のない、足が竦むような場所が単純に怖いようだ。
更にひとつは、オバケ。
なんて言うか、存在しちゃダメだろ。
そしてもうひとつは、
『ヘッヘッヘッヘッヘッ』
――動物。
都会というわけでもないこの辺りは、広い庭のある住宅がわりと多い。
それは、小綺麗な美容院の隣に建つ、この簡素な家も例外ではなく。
ぴくっ
日向という表札のある門から一歩足を踏み入れると、気配に気付いて庭にある大きめの小屋から顔を出す。
「く……っ!」
ピンク色の舌を垂らした白くてもこもこした、やたら存在感のあるそいつは、家にやってきたユウを確認すると、のそのそと小屋の外に出た。
『ヘッヘッヘッヘッヘッ』
大型犬の彼の名は、モコモコ。
安直すぎるその名前をつけたのは、彼のご主人様、アオイ。
彼は、舌を出したまま呼吸をしつつ、つぶらな瞳をきらきらと輝かせる。
――遊んで遊んで!
まるでそう言っているように、おもむろに近付いてくるモコモコ。
「……!!」
――来るな来るな来るな来るな!
まるでそう言っているように、素早く距離をとるユウ。
人懐っこいモコモコは、動物嫌いのユウにしてみたら尋常じゃないほどのいい迷惑。
よって、彼の一番の友人であるアオイの家の門から玄関までの約数メートルは、彼の前に立ちはだかる最大の難所。
『ヘッヘッヘッヘッヘッ』
リードで繋がれているが、アオイの優しさからか、残念ながらあまり行動が制限されていない。
「っ……!!」
ゆえに、積極的なモコモコはユウに急接近。
クラスの女子がなしえなかったことを難なくやってみせるのが彼である。
――ねえねえ、遊ぼうよ!
ふさふさの尻尾を元気に振って、きらっきらの瞳を彼の整った顔に向けるモコモコ。
――動くな動くな動くな動くな……っ!!
冷や汗を滝のように流しつつ油断なく彼を見張りながら、そろりそろりと前進するユウ。
モコモコの可愛さは一割り増しだが、ユウのかっこよさは九割減である。
『ヘッヘッヘッヘッヘッ』
しかし、モコモコ。
一向に構ってくれないユウにちょっぴりむくれたらしく、
『わおん!』
と、一吠え。
「――!?」
ドサッ
――直後、ユウはカバンを取り落としたことなど気にする余裕もなく、
どぴゅーん!!
と、素晴らしい速さで日向家から去っていった。
――あ。
『ヘッヘッヘッヘッ?』
帰っちゃった、と門の向こうに顔を向けつつ、何しに来たんだろうと首を傾げるモコモコ。
犬に不審者に見られたユウは、現在、声にならない悲鳴をあげながら川原添いを爆走中。
ガチャ
「あれ? モコモコ?」
すると、玄関から現われたのは銀髪の彼、アオイ。
「あ。これ、ユウのカバン……」
先程窓から確認したユウの姿がないことに疑問符を浮かべていると、アオイは彼のカバンを発見した。
「もう、ユウをびっくりさせちゃダメでしょう?」
それを見て、モコモコが友人を驚かせてしまったと考えたアオイ。
『……きゅーん……』
怒られちゃった、と頭と尻尾を垂れるモコモコ。
「ユウ、なんの用事だったんだろう? あと、これ返さなきゃ」
ユウのカバンを拾い、ついでにモコモコのリードを杭から外して握るアオイ。
「さ、謝りに行こう?」
『わおん!』
恐らくアオイに、悪意はない。