第180回 花屋日和
王都市、シャイアの大通り。
様々な店が立ち並ぶその中に、小さな花屋が建っていた。
『ジェラァ♪』
「そう言えばさ」
その店のカウンターにて咲き誇っている、植物とも動物とも形容し難いマッドプラントを撫でながら、
「この前、チロルと何か話してたの?」
お手伝いのミントは、ふとそんな疑問を口にした。
「んぼ?」
「どんな反応ボイスさそれは?」
すると、この店の主にして彼の母親、ジャンヌが振り向いてこう言った。
「何唐突に一週間以上も前のこと聞いてんのよ?」
「や、それは諸事情があるからでしょうよ」
裏事情にさりげなく触れるミント。
「んー、そうね。話してたっちゃあ話してたけど」
並べられた花々を綺麗に整えながら、
「あやつ、求婚しにきたみたいだのぅ」
ジャンヌはさらりとそう言った。
「? 球根?」
「チューリップじゃないわよ?」
「え?! もしかしてマッドウィンプスベルゼモーネの!?」
「あんた随分とマニアックな植物知ってるわね?」
疑問符を浮かべた次には目を輝かせて思わず立ち上がった息子に、ジャンヌは珍しく突っ込んだ。
「球根じゃなくて求婚。あんたを嫁にくださいって」
「いや、そこ嫁じゃなくて婿じゃない?」
「ああ、そうね婿だわね」
なんて、普通に訂正をしたのも束の間。
「って、求婚?!」
やっと本題に突っ込みを入れたミントは、
「は? え? な、何がどうなってそんな話になるのさ?!」
あたふたしながら疑問文を重ねた。
「カエルが輪になって」
「うわめっちゃ仲良し?! っていやいやそうじゃないしカエル関係ないし意味分かんないし!?」
ケロリと答えた母親に突っ込みを続けるミント。
「まあ、あれよ。海草よ」
「海草って、ノリって言えばいいじゃんかもう分かりにくいなぁ!」
「回想よ」
「"うまいこと言った"って顔で言ったぁ?!」
≫≫≫
「そう……あんさんが愚息を婿にしたいってのは分かったわ」
コトリ、と湯呑みをテーブルに置いたジャンヌは、その眼鏡をきらりと光らせた。
(え、オレ、なんでそんな話になったのかを聞いたんだけど。って言うか愚息って言ったよ愚息って)
聞きながら、頭で突っ込みを入れているミントはほっといて、
「でもね。あのすっとこどっこいが、どんなにすっとことっこ、ぴょーんのぽんぽんぽーんでも、おまいさんが嫌っていた男には一応変わりないことは、ゆめゆめ忘れるでないぞよ?」
回想ジャンヌは言葉を続けた。
「は……はい、分かってます……?」
ミントが男だと言うことは分かっているが、彼女の発言のせいで疑問符を付加するチロル。
「こないだも、あいつのベッドの下で発見したのよ」
「え?!」
やれやれとため息をついたジャンヌの言葉に、チロルは思わずびっくり仰天。
「あ……や、そ、そうですよね、ミントきゅんももう大人――……」
予想外のことに動揺しながらも、さも当たり前のようにチロルは振る舞おうとした。
「カブトムシが」
「って、めちゃくちゃ少年みたいな?!」
が、無駄だった。
≫≫≫
「あのさ、なんでそんな小話を今したの?」
ご尤な疑問を投げ掛けたミントは、
「んん、いい質問だわね、ゴキ三つ!!」
「何その全然嬉しくない評価?」
ジャンヌにグッと親指を立てられた。
「あんたの部屋にカブトムシがいたのよカブトムシ! ゴキじゃなくてよりによってカブトムシが!」
「なんでカブトムシより、しかもよりによってゴキを希望してるのさ?」
「時期的におかしいでしょ?」
「と思ったら、おお、まともな疑問」
「思わず食べちゃったわよ!!」
「と思ったら、食べ……」
ちょっと待て。
「……」
「……」
「「……」」
沈黙。
「……美味しかった?」
取り敢えず、聞いてみた。
「夏の思い出の味がしたわ!」
取り敢えず、答えてみた。
「……」
「……」
「「……」」
夏の思い出の味?
カランコローン♪
「あ、いらっしゃいませー」
『ジェラジェラァ♪』
気にしたら負けだ、って言うか気にしたら気持ち悪いと思ってミントは、ちょうど入ってきたお客さんをいいことに、カブトムシから離れようと必死に努めるのであった。




