第178回 火山日和
冬の寒さがまだ残る三月初頭。
「森はまだ寒いよね!」
という、クー先生の温かなご厚意で、
「わは〜、超あったかい」
学年末の実技試験は、セイクリッド島の南に位置する火山で行うことになったのであった。
「って、暑すぎるわ!!」
いきなり乗り突っ込みをかましたミントは、外は寒いからと首に巻いてきたマフラーと手袋を地面に叩きつけた。
「ふふふ、ミントと一緒」
その隣には、ご機嫌プリンが、
「って、あれ? プリン、暑くないの?」
何やらいつもと変わらぬ涼しげな様子で立っていた。
「む? むしむしのあつあつだぞ」
「? の、わりには汗ひとっつも掻いてないじゃんか?」
小首を傾げたら傾げ返してきたミントに、プリンはさらりとこう言った。
「僕、あんまり出ない」
発汗作用に問題あり。
「え、ちょ、やばいよそれ体温調節出来てないってことだよ!?」
「ふふふ、僕はトカゲさんか」
「え?! な、何言い出すのさプリン!?」
「てっきり哺乳類だと思ってたぞ」
「や、哺乳類だから! まごうことなき哺乳類だから!!」
「そう言えば、最近しっぽが切れたな」
「しっぽ!? あ、いや違う違う違うあれしっぽじゃなくて髪の毛だから!! いや確かに一つに束ねてたからしっぽに見えなくもなかったけどさ?! って言うか最近って言うけど結構前な上に着実にちょっとずつ伸びてきてるから!!」
「保護色!」
「って、やめてプリンんんんんん?!」
ローブを被って変なことをやり始めた頭が参ってしまったかっこいいプリンを、直視することができないミントであった。
ところ変わって南へ進むと、
「あーっつーいーいー」
うだるような暑さに、ココアが実際にうだっていた。
「っもー、いい加減降ろしてよー!? この暑いなかおかしいでしょー?!」
毎度のごとく、ポトフにお姫様だっこされながら。
「ココアちゃんの誕生日にココアちゃんとペアになってココアちゃんと二人きり……!」
しかし、
「これはもォ、運命としか言いようがないぜェ!!」
聞いてないポトフ。
「だからちゃんと聞きなさいってー!」
そんな彼のウサギさん寮生の証であるネクタイを引っ張りながら、
「なんでこのクソ暑い時にお姫様だっこなんかしてんのよー!?」
暑さもあいまって、イライラしながら訴えた。
「え?」
すると、きょとん顔をココアに向けた彼は素で、こう言った。
「だって普通のだっことかおんぶだと、俺、たぶん我慢できなくなっちゃうぜェ?」
何が。
「ダークネスサクリファイスー!!」
とは敢えて聞かずに、ココアは闇の十字架を振りかざした。
「……ったく、さっさと終わらせるよー?」
かなりの至近距離で直撃を食らって吹っ飛んだ彼を起き上がらせると、ココアはスタスタと歩き出した。
「ココアひゃん、あんで鼻つまんでるの?」
ポトフの鼻を、つまみながら。
「……だって、ポトフは狼男でしょー?」
すると、ココアは鼻をつまんだままこう言った。
「私、汗だくなんだもん」
狼だから、鼻が利く?
「……大丈夫だぜ、ココアちゃん」
右手を離させたポトフは、汗のにおいを気にする彼女に、爽やかに微笑んでみせた。
「むしろそそられ」
「ダークネスサクリファイスー!!」
至近距離、再び。
光属性の弱点は闇属性。
効果抜群な上に渾身の一撃を何度もその身に受けていながらも、いまいち学習しないポトフであった。
暑くて汗が出ないのならばと、プリンを薔薇の鞭で縛って溶岩の上すれすれに吊すという強行手段に出たミントは、
「あっつ〜……出口見えてこないね、プリン?」
脱いだローブをタオルさながらに用いながら口を開いた。
「うむ。そうだな」
こちらは冷や汗だくだく。
「でも、ここって魔物がいないからまだいいよね」
『キシャー!!』
「ってうわ出たー」
安心したそばから現われやがった魔物は、燃え盛る炎の体を持つ大きな鳥。
「もう、ただでさえ暑いんだから運動させないでよね?」
「うむ。まったくだ」
と、いつものように薔薇の鞭を構えたミントと魔力を高めたプリンは、
「蓮華!」
『キシャー!!』
「て、……あれ?」
「旋毛風!」
『キシャー!!』
「……ぷゆ?」
とあることに、気が付いた。
「わは、そっか。植物ってモロ燃料だもんね」
「ふむ。風も全力でいかない限り、火の勢いを強めてしまうだけようだな」
互いに、火とは相性が悪いということ。
「燃えにくい植物の魔法は使ったことないからなぁ」
「この暑さで全力でいくとなると、僕の体力が出口までもつ自信がない」
『キシャー!!』
魔物の攻撃を避けながら、冷静に状況を分析した結果、
「あれしかないね」
「うむ、そうだな」
一つの答えに、たどり着いた。
「行くよ、プリン!」
「うむ!」
ミントの掛け声とともに、プリンは右手を、ミントは左手を魔物に向けた。
「「結合魔法」」
それは、二種類の魔法を組み合わせる高等術。
互いの息がぴったりあっていないと、絶対に成功しない業。
「「――桜吹雪!!」」
二人の声が重なった直後、結合魔法は形をなした。
『――?!』
視界一面に広がる無数の桜の花弁が、風に吹かれて舞い踊る、見事なまでに美しいその魔法。
「うにゃあああああ!!」
「ぴわわわわわわわ?!」
――使用用途は、単純に目眩まし。
互いに変な叫び声をあげながら、ミントの箒に乗った二人は、ものすごいスピードで出口を目指すのであった。