第171回 疑問日和
暗い暗い闇の中、小さな体いっぱいに確かに感じるものは、震えるような恐怖と気を失いそうな痛み。
――金にならねえガキなんて、いらねえんだよ。
「――っ?!」
ガバァ!!
とても怖い夢を見ていた少年は、茶色の双眼を開けて飛び起きた。
「……、……ゆめ……?」
起きるとそこは、だんだんと見慣れてきたフラント家のリビング。
カーペットの上でどうやらいつの間にか眠っていたらしい彼には、きちんと布団がかかっている。
「……! いいにおい!」
かけてくれたのはきっと、現在キッチンで夕飯を作っている茶髪のお兄さん、ソラ。
彼は起き上がると、てこてことそちらに移動した。
「あ、起こしちゃった?」
彼に気が付くと、リビングとキッチンが繋がっているため、包丁を止めたソラが申し訳なさそうに尋ねてきた。
「ううん。おにィさん、なにつくってるの?」
それに首を振って答えた後、彼は別の疑問文をお返しした。
「カレーと、ポテトサラダだよ。はい」
答えながら、にこっと笑ったソラは、切っていたソーセージの切れ端を彼の口に入れた。
「♪」
食欲旺盛な彼は、こうしてつまみ食いさせてもらうのが大好き。
「おにィさん、なにかてつだえることないっ?」
そしてその後、決まってそう質問する。
「うーん、そうだね……」
何を手伝ってもらおうかとソラが考え始めたちょうどその時、
「ただいま〜」
玄関の方から、金髪のお姉さん、エリアの声が聞こえてきた。
「じゃあ、エリアをお迎えに行ってくれる?」
「うん!」
ソラのお願いに、彼は元気に頷いた。
「おかえりなさァい、おねェ――」
パタパタと玄関へやってきた彼は、
「ただいま♪」
「にゃにゃにゃっ?! エリたん、その子はもしや……!?」
エリアの隣に、大きな猫を発見した。
「うふふ、さあアミュ、あがってあがって♪ その体じゃ立っているのも疲れるでしょう?」
否、猫耳と猫ヒゲと猫尻尾を生やした妊婦さんを発見した。
「ただいま、ソラ」
「お邪魔しますにゃ、ソラソラ!」
突然のお客さんにびっくりしながらも、彼は彼女たちをキッチンへとご案内した。
「おかえり、って、あれ? アミュ?」
お皿にカレーライスを盛り付けていたソラ。
彼は、アミュの姿を見るなり手元のカレーに目を向けた後で、
「アミュが来るなら、群青色にしとけばよかった」
何かボソッと呟いて、エリアとアミュの顔を青くさせた。
「にゃ、にゃはは……それよりソラソラ、いつの間ににゃ〜?」
ぐんじょういろ? と疑問符を浮かべている少年を見ながら、アミュはさらっと話を変えた。
「え? ああ、いろいろあって」
いろいろ、とは、雨の日にエリアが彼を捨て犬みたいに拾ってきてからそのままここにおいているということで、
「にゃ〜ん♪ ソラソラ、今はお食事前にゃ〜♪」
決して食欲が削がれるような意味は含んでいない。
「……にゃんこ……」
その間、楽しそうに動くアミュの尻尾に興味津々な少年。
ぎぃーって引っ張ってみたい。
「も、もう、アミュ? 子どもの前で何言ってるのよ?」
「……?」
顔を赤らめながらも注意するエリアと、小首を傾げるソラ。
「あ、子どもって言えば、おめでとうアミュ」
今のどこがいけなかったのかな? とか思いながら、ソラはアミュのお腹に目を向けてそう言った。
「にゃ、ありがとにゃソラソラ〜♪」
「ふふふ、サラダくんに妹ができるのね」
幸せそうに笑って返すアミュとエリア。
「? いもうと?」
そこで疑問符を浮かべる少年。
「そうにゃ〜。お姉さんのお腹には赤ちゃんがいるのにゃ〜」
彼の小さな手を取り、自分のお腹にくっつけながら教えるアミュ。
「おなかの、なかに?」
「そうにゃん」
彼女の猫の手のふわふわの毛とふにふにの肉球にも興味を持ったものの、
「どうしておなかのなかにあかちゃんがいるの?」
彼が唯一口にした疑問は、その場をぱきっと凍り付かせた。
「そっ……それはあれにゃ〜。お父さんとお母さんが結婚すると生まれるのにゃ〜。にゃっ、にゃはははは……」
数秒の間を置いて、アミュがぎこちない笑いを伴う回答をした。
「そうなの?」
それに、少年は素直に納得した。
「そ、そうにゃそうにゃ〜!」
「さ、さあ、ごはんにしましょ!」
「うん。沢山食べてね」
よって解凍されたフラント家で、楽しい夕食が始まった。




