第164回 図書室日和
分厚い本をぱたんと閉じると、
「終わった?」
「!」
背後からミントの声が聞こえてきた為、プリンはパッと振り向いた。
「ぴわわ……ごめん、ミントっ」
気付けば夕陽でオレンジ色に染まった図書室で、彼は読み耽ってしまったことを謝った。
「いやいや、プリンは凄いよねぇ? オレなんて一冊の途中で挫折したのに」
すると、当初の目的である古びた分厚い本を脇に置き、代わりに趣味全開の植物図鑑を眺めていたミントがすっと指差した。
「こんなに読み終わるまで集中できるなんて」
プリンのテーブルの上に築かれた、分厚い本の山を。
「ううむ、凄くない。言葉の呪いの解き方、結局分からなかった」
それを首を横に振って否定するプリン。
「いやいや、凄いって。だってプリン、本を読んでる間は何しても反応しないんだもん。呼んでも揺らしても叩いても引っ張っても首を絞めても」
「む? そんなことをされ――首を絞めても?!」
「生命の危機すら無視するなんて、半端ない集中力だよねぇ」
「しかも殺す勢いで絞めたのかっ!?」
などと、珍しくプリンが突っ込んでいると、
「でもそれだけ読んで見付からないなんて、言葉の呪いってのは相当凄い魔法なんだねぇ」
彼の突っ込みを聞いて何故か満足気なミントは、さり気なく首を絞めた話をうやむやにした。
「前に呪魂魔法が得意らしいバニラに聞いてみたんだけど、"かける専門"、って一言で片付けられちゃったし」
次期王女が呪魂魔法かけるのが専門ってどうなんだ、とか思いながら、ミントはやれやれと溜め息をつく。
「……」
しかし、そんな急遽本題に戻した話で誤魔化される彼ではなく、
「えいっ」
プリン、ささやかな逆襲。
「った!?」
ぷちっと髪の毛一本を引っこ抜かれ、ミントは地味なダメージを受けた。
「ご、ごめんってば」
「ふふふ、許す」
一言謝ると、あっさりと許した彼。
「……。ポトフの時とはえらい違いだね?」
首を思い切り絞めた罰として髪の毛一本抜くというなんとも不釣り合いな刑に、ミントはぽかんとした顔になった。
「む? ミントに"かまいたち"なんてやるわけないだろう?」
すると、プリンは当然のことのようにそう返した。
「あ、"かまいたち"で思い出したんだけど、あれって凄い魔法だよね?」
ポトフだったら"かまいたち"なんて大業使うのか、と、若干顔を引きつらせるミント。
「む? ……ああ、学園祭の時の?」
"かまいたち"使用の記憶をめぐらせ、プリンが小首を傾げると、
「や、あれも凄かったけどさ。この前プリンが取り付かれてる時に使ったのを見て。厚さ一メートルくらいの氷の壁をスパーって斬っちゃってたから、もし学園祭で本気出されてたらオレ死んでたな〜とか思って」
ミントは、ほのぼのと笑いながらゾッとした。
「な――ぼ、僕がミントを殺すわけないっ! それに、流石に学園祭で死者を出すほど先生も考えなしではないだろう?」
その気になれば鉄筋コンクリートづくりな学校の壁もストンな切れ味をもつ風の刃がミントを襲うところを想像してしまい、プリンもつられてゾッとした。
「あは、そだね。……あ、だからジャッジがセル先生だったのか」
魔法は使い方次第で殺人兵器。
それをぶつけ合って戦う学園祭のジャッジを務めていたセル先生を思い出し、ミントはふと口にした。
「む?」
彼の言葉に、プリンが疑問符を浮かべると、
「セル先生って、回復魔法が得意で、防御魔法にも長けてるんだって」
ミントは、医務室でベル先生に教えてもらったいつぞやの情報を伝えた。
「む、そうなのか?」
「そうそう。それにね、ルゥ様が言ってたんだけど」
意外そうな顔をしたプリンに、ミントは意外情報を付け足した。
「セル先生、身分違いだったクー先生を追って、愛ゆえに家出したんだって」
「ミント=ブライト」
すると登場、セル先生。
「うわはっ?! せ、せせセル先生っ!?」
突然の声にびっくらこいて振り向くと、
「その話、ルクレツィア=シャイアルクから聞いたんだな?」
泣く子も黙る鬼の形相。
「え……あ、ははははいぃっ!!」
冷や汗を滝のように流しながら、ミントはぶんぶん頷いた。
「そうか。悪い。邪魔したな」
それを見て、セル先生は首と右肩の骨を鳴らしながら図書室を出ていった。
「ちなみに」
「「っ?!」」
と思いきや、彼は突然立ち止まり、首が回る分だけ振り向いた。
「他言無用だ。ブライト、アラモード」
「「は、はいぃっ!!」」
今度こそ図書室から去っていったセル先生。
捉え方によれば、ミントとプリンは彼の弱味を握ったも同然なのだが、この場合は少し違う。
「……る……ルゥ様、ごめんなさい……っ」
何故ならば、
「うっ、うむ。ご愁傷さま……」
口にしようものなら、この国の国王と同じ末路を辿ることになるのだから。
――その夜、シャイアに悲鳴がこだました。