第162回 活躍日和
「はあ……」
中庭の木の下に座って、ミントは小さな溜め息をひとつ。
「プリンとポトフは仲良しだしココアとチロルはイケメンだしアロエはアセロラだしみんな性別逆転してるし……」
理由は、性別が逆転している現実と、
「……誰も相手にしてくれないし」
それについてまともに取り合ってくれる相手がいない現実に対して。
「……このまま戻らなかったらどうしよう……?」
見た目は女の子で中身は男の子なミントは、ネガティブオーラを放ちながら再び溜め息をついた。
「お困りのようだね、お嬢さん?」
すると、隣から低音ボイスが降ってきた。
「?」
それに反応して、ミントがしょげていた頭を持ち上げると、そこには緑色の長髪を毛先だけを纏めているなかなかの爽やかイケメンボーイが。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
さわさわと木の枝が風に揺れ、静かな時間が穏やかに流れた。
「ぁ。久しぶり、バジル」
「フハハ、今の長ーい間はなんだねお嬢さん?」
長ーい間を置いて久しぶりの挨拶をしたミントに、バジルは今にも泣きそうだ。
「って、バジル?! なんでここにって言うかなんで男のままなのさ!?」
ガラスハートを華麗にスルーして、ミントは性別が逆転していない彼に疑問をぶつけた。
「なんでと言われても、私の方が驚きなのだが」
その問いに、バジルは肩をすくめてみせた後、
「ちなみに、目が覚めたら同室のアセロラ君がいなかったから探しに出かけて、気付いたらここにたどり着いたのさ!」
ぐっと親指を立てて、爽やかに答えた。
「そっか。分かんないか」
「あれ?! スルー!? 君は確か炎のツッコミ役ではなかったかい?!」
「う〜ん」
「ほら、なんでアセロラ君を探してたのに海を超えたんだーとか! と言うか今自分でボケの説明しちゃったよ?! これ一番寂しいパターンだよ!?」
ミントが突っ込まない為、急遽ツッコミ役になるバジル。
「……。……んんっ」
一通り突っ込んだ後、バジルは咳払いすると、
「……詰まり、目が覚めたら性別が逆転していたんだね?」
真面目に現状を確認した。
「うん。でもみんな聞いてくれなくて」
オレ頭よくないのに、と、ミントがほとほと困った表情で呟くと、
「私でよければ、協力するぞ?」
バジルはふわりと微笑んでそう言った。
「……!」
驚いたように顔を上げたミントは、彼の顔をまじまじと見つめ、
「バジルって、いいひとだったんだね……?!」
「フハハ、私は軽く傷ついたぞ?」
びっくりフェイスで発言すると、バジルは笑顔で傷ついた。
「ともかく現状の整理だ。学校の生徒全員に、しかも見た目だけではない完全な性別逆転魔法をかけたとなると、相当な魔力の保持者だ。しかしこの魔法を使える魔物はこの地域には存在しない筈で、これほどの魔力を持った魔物を国が放置するわけがない。とするとこれは強力な魔法使いが」
が、意外とタフだったバジルは顎に右手を当てて真剣に考え始めた。
「……」
そんなバジルを見て、
「……? なんだい?」
「バジルって、意外とまともだったんだね?」
「フハハ、君は今まで私を一体なんだと思っていたんだい?」
「色ボケナルシス残念キャラ」
「……。も少しオブラートに包めなかったのかい?」
ミントは思ったことをそのまま発信し、バジルの心を深々と傷つけた。
「だってだって、たまにしか見ないし、その度にアホみたいなことして残念な結果に終わってるじゃん?」
「会ったときに思い出せなかったわりにはそういうことをバッチリ記憶しているのはどうしてだい?」
「それなのにスラスラスラーって解析しちゃって、なんかかっこいいじゃん!」
「か――」
「それでそれでっ?」
彼に尊敬の眼差しを向けつつ、ミントは立ち上がって話の続きを促した。
「……そうだね。ここからは私の仮説なんだが」
彼女から期待の眼差しを身に受けながら、バジルはすっと人差し指を立てた。
「その魔法使いは、お菓子が貰えなかったからいじけたのではないだろうか?」
その推測に、
「は?」
当然のごとく疑問符を浮かべるミント。
「ほら、昨日はハロウィンだっただろう? だからお菓子が貰えなかった代わりにイタズラを仕掛けて」
別にふざけている様子がこれといってあるわけではなく、バジルは真剣な顔で言葉を続ける。
「いやいやいや、確かに昨日はハロウィンだったけどそんなわけ」
そんな彼に、お菓子が貰えなかったってだけで性別逆転魔法なんて超高度な呪魂魔法使うヤツなんて流石にいないだろう、と突っ込むミント。
「ぎっくり腰」
――が、
「? ワタル?」
ぎっくり腰のごとくギクッとした死神が突然登場し、
「な、何故分かった?!」
バジルの推測が、現実のものとなった。
「って、ええ!? ホントにお菓子が貰えなかったくらいで性別逆転魔法なんて超高度な呪魂魔法使っちゃったの?!」
「いかにも」
「無意味に偉そう!?」
「だってだってぇ、うららんがお菓子くれなかったんだモン」
「"モン"じゃねえよ?! つか、ウララが原因ならオレたちの世界は関係なくね!?」
「は。うっかりんこー」
「"うっかりんこ"じゃねえええええ?!」
うっかりんこな死神に、ミントの制裁が下ったのは言うまでもなく。
「ふう、これで一件落着だな」
ミントにボッコボコにされた後、死神が魔法を解くと、バジルはふうと胸を撫で下ろした。
「フッフッフッ。オレ様の巧妙なトリックを見破るとは、なかなかやるな、緑少年」
すると、ボロボロなのにきりりとカッコつけて死神が彼を讃えた。
「フハハ! なあに、私にかかればこの程度の謎などおちゃのこさいさいといったところだよ」
そんな彼に、バジルはすっと右手を差し出した。
「それに、私は緑少年ではない。バジルだ」
「! ……そうか。では改めて、なかなかやるな」
その手をしっかりと握り返し、死神はバジルを真っ直ぐに見た。
「ばじりこ」
という、ニックネームを添えて。
「友情を深めてるとこ悪いんだけどさ」
「「?」」
キラキラとした友情が生まれた二人の間に、ミントの声が割って入ってきた。
「なんでオレだけ戻ってないの?」
ミント、素朴な疑問。
「うっかりんこー」
死神、うっかりんこ。
「フハハ! いいじゃないか、そのままで」
バジル、めろりんこ。
「……」
「……」
「……」
「……は?」
たっぷりと間を置いて、ミントが疑問を顕にすると、
「どうやら私は、ミント嬢に恋をしてしまったようだ……!」
バジルは、ときめく胸に手を当てながらそう言った。
「……」
「……」
「……」
静寂。
「おお。ひゅーひゅー」
死神、古い。
「はあああああああ?!」
「私のこの気持ちを受け止めてくれるかい、ミント嬢!」
「ふざけんなこの色ボケそして早く元に戻せボケボケえええええ!?」
色ボケ(バジル)とボケボケ(死神)に振り回され、ミントが無事に男の子に戻ったのは、その翌日のことだったそうな。
ウララ
「っえ、終わり?! 私たちのくだりはなんだったの!?」
死神
「フッフッフッ。ただの問題提起といったところだ」
ちゃんちゃん。