第161回 反対日和
「……ん」
カーテンの隙間からやわらかな朝日が差し込み、ミントは温かな布団の中で目を覚ました。
「ふわぁ……」
靴を履いてベッドから離れて、クローゼットの前に移動したミントは欠伸をしながらパジャマを脱いでワイシャツとスカートを身につけた。
「……。……、……ん?」
そのまま自然な流れでローブをはおったミントは、はたととある異変に気が付いた。
「オレ、何スカートなんてはいてんだろ?」
ミント、素朴な疑問。
「……ぐぅ……」
「……すぅ……」
「……」
答えが返ってこないまま、穏やかな寝息が聞こえること十二秒。
寝呆け眼で見渡せば、やたらと少女趣味な内装と、ベッドで眠る綺麗な長髪の美少女が二人。
「って、えええええええええええええええええ?!」
朝の静かな女子寮に、ミントの仰天ボイスがこだました。
パンケーキとイチゴパフェと紅茶を載せたお盆を手に、プリンとポトフ振り向いた。
「じゃァ、席探しとくねミント♪ 行こ、お姉ちゃんっ」
「……ん。ミント、先行ってる……」
妙に可愛らしいメニューをお揃いでチョイスした二つ縛り元気っ娘ポトフと頭にでかいリボンをつけたお嬢様プリンは、仲良くカウンターから離れていった。
「……う、うん……」
性別もそうだが、いつもとは正反対でオープンに仲良しな友人に並々ならぬ違和感を抱きつつ、
(なんでこんなに長髪なのさオレ……?)
ミントは、自分の髪の長さに甚だ納得がいかないでいた。
(こんな前のプリン並に長いとか、帽子被ってる意味皆無だしって言うかよくここまで伸ばせたもんだよって言うかそのおかげで静電気炸裂だよって言うか)
友人を見送ったミントは、腰まで届く自分の髪にイライラしながら、
("あ、オレの髪って二つに縛るとき便利〜♪"とか本気で思っちゃった自分が許せないよオレのバカオレのバカオレのバカオレのバカあああああああああ!!)
左右で色がくっきり違う為にきっちりと真ん中で分けられた二つ縛りの髪にしてしまい、彼女は激しく自己嫌悪していた。
ちなみに、カウンターの前でそんなことをしている彼女は、当然ながら敵意の的になっている。
「うにゃああぁああ……っ!!」
そのことに気付いていないのか、ミントは頭を抱えて奇声をあげている。
「グッモーニンっ」
と、そこへ、
「ミント〜〜〜〜〜っ!」
金髪イケメンが、飛び込んできた。
「ふみゃあ?!」
猫のような奇声をあげていたミントは、猫のような情けない悲鳴をあげつつ、金髪イケメンとともに勢い良く床に体当たり。
「ったた……ごめんミント――……」
彼女にのしかかっている状態の彼が、ゆっくりと起き上がりながら謝ると、
「……にゃ? ――!」
ミントの猫化が治まった。
「も、もしかして……チロル?」
イケメンオーラを放ちまくっている彼に、確認するように尋ねるミント。
「……」
その問いに、何も答えずに彼女のライトグリーンの瞳を見つめるチロル。
「? って、ああ! ちょっと待って次はオレ――」
そんな彼に疑問符を浮かべた直後、いつぞやの時と同じように列を詰められたミントが、いつぞやの時と同じようにチロルを退かそうとした。
「――!?」
が、しかし。
(う、動かない……っ?!)
男女の差が、彼女の前に大きく立ちはだかった。
「……ミント。俺、ぞくぞくしてきた……」
彼女の危機顔に構うことなく、チロルはいつぞやと同じ台詞を口にする。
「な、ななな、何言ってんのさチロル――……」
いやな予感をすぐさま肌で感じ取るミント。
ガッ!!
「――……っ?!」
瞬間、彼女の両腕は、彼の両手によって力強く塞がれた。
「……チロル"きゅん"、だろ?」
(え、この場合それオレが言うの?!)
なんて、呑気に突っ込んでいる場合ではない。
「……おバカさんには、お仕置きが必要だな?」
ふっと意地悪く素敵に微笑んだチロルは、ツッコミ中毒なミントにケダモノのごとく襲い掛かった。
「いっ、いやいやいやいや何考えてんのさチロルさん?」
「チロル"きゅん"だって言ってるだろ?」
「いやだからなんでオレが"きゅん"とか言わなあきまへんのん?」
「……ミント……」
「って、止まれ?! 何オレの疑問点を総無視されてんの!? って言うか無理無理無理止まって止まってって言うかありえないって言うか止まれってば?! くっ、意地でも止まらぬ気かっ? やめておけ、さもなくばおぬしの大切な何かに禍が降り掛かるであろうて!!」
必死に抵抗するあまり、言葉がおかしくなっているミント。
「……煩い口だな?」
そんな彼女の口を、彼は自分の口を使って塞ごうとした。
「とうっ」
瞬間、チロルの大切な何かに禍が降り掛かった。
ドサリ
「さてと」
ドサリと地に伏してぐってりしている彼はほっといて、すっくと何事もなかったかのように立ち上がったミントは、
「どうしたもんかね、この状況?」
うーむ、と何故に性別が変わっているのかを考えだした。
「あ、コーラください」
目の前の惨劇に無意識のうちに身を退いた男子生徒たちの前に割り込んで、何食わぬ顔でコーラを注文しながら。