第16回 ときめき日和
「……たく、なんなのよ、この城は?! 無駄に広すぎよ!!」
シャイア城の廊下の曲がり角で、狐色の長い髪をツインテールにした少女が、疲れた様子で壁に手を置きながら文句を言った。
「……"おかげでユウとはぐれてしまった"、ですか?」
彼女の隣で、セミロングの髪と瞳が栗色な、至極無表情の少女がそう言うと、
「そうそう―…って、何変なこと言わせてんのよ、リン!?」
台詞の途中で顔を真っ赤にした少女は、壁から手を離し、彼女、"リン"に向かって叫んだ。
「ウララが勝手に言った、です」
そんな彼女、"ウララ"に、リンは冷たい言葉で対応した。
「ごっほん! そ、それにしても、大丈夫かしらね、この娘?」
わざとらしい咳払いをして、ウララは目の前に倒れている桜色の髪の少女、ココアに話題をずらした。
「……何を言っている、ですか? 大丈夫なら、倒れているわけがない、です」
「……はい。そーですね」
が、その話題でも、リンからは冷たい言葉が返ってきた。
「……。つついても反応がない、ですね」
リンはそう言って、頭がぐるぐるととぐろを巻いている木製の杖先でココアをつつくのをやめ、
「首尾いっ―…」
「やめえええええい?!」
大きく振りかぶった杖をココアの喉元に振り下ろそうとしたので、ウララが必死になって彼女を止めた。
「……冗談、です」
「見えねえよ?! 全っ然冗談に見えねえよ!?」
「うっせー、冗談だって言ってんだろ、です」
「あい! すみませんでしたー!!」
鋭く尖った杖先を無表情で喉元に向けられ、テンション高めで謝るウララ。
「……分かればよろしい、です。《癒しの風》」
杖を下ろしたリンは呪文を唱え、それで床を突いた。
すると杖先が白く光り、ココアの上をふわりと風が吹き抜けた。
不思議な風が、ココアの体を癒していく。
「……う……」
すると、ココアは小さく呷き、
「ふぇ……?」
瞳を開きながらむくりと起き上がった。
「あ! 目が覚めたみたい! 流石リンね! よかった〜」
それを見て、ウララはぱあっと顔を明るくした。
「……? えっとー……誰?」
そんな彼女を見て、ぱしぱしとまばたきをし、小首を傾げるココア。
「私はアシカワ ウララ。で、こっちが」
「シラトリ リン、です」
その問いに答えながら、ウララはにこっと笑い、リンはぺこりと頭を下げた。
「ウララにリンね……。私ははココア。ココア=パウダーだよー! よろしくねー?」
ココアは確かめるように二人の名前を繰り返した後、すっくと立ち上がって名前を名乗った。
((……ココアパウダー?))
随分と変わったお名前をお持ちで、とか二人が思っている途中で、
「?」
ウララが右側から聞こえてくる声に気付き、曲がり角からそっと顔を出した。
「!」
そして、すぐに赤くなった顔を引っ込めた。
「……ふーん。ウララってあの人のことが好きなんだー?」
すると、ウララのすぐ下から、ココアの声が聞こえてきた。
「なっ?!」
見ると、ココアもウララと同じように、右側の廊下を覗き込んでいた。
「なっ、ななな、何言って―…」
「大正解、です」
「あ、やっぱりー?」
「って、リン?!」
隠そうとしたのにリンに頷かれた為に、自分の気持ちがバレてしまった憐れなウララ。
「ちちち、違うわよ! そっ、そんなんじゃないんだから!!」
が、それでもウララは必死に抵抗した。
「隠さなくても大丈夫だよー、ウララー! 私、背中押したげるからー!」
そんな彼女に、ココアはにっこりと素敵な笑顔を向けた。
「え――?」
その笑顔を見て、ウララが隙を見せた瞬間、
「レッツらゴー♪」
どんっ
「って、本当に押しちゃったあ?!」
ココアは文字通り彼女の背中を押した。
「――っと、きゃ!?」
それによってバランスを崩したウララは、廊下に飛び出し、
ばふっ
「「!!」」
丁度そこを通った人物――ユウに抱きつくかたちになってしまった。
「きゃー! ウララってば大胆ー!」
「ココアのせい、です」
小声でエキサイトしているココアに、小声で突っ込みを入れるリン。
「ご! ごごご、ごめん、ユ―…」
顔が真っ赤になったウララが、慌ててユウから離れようとすると、
すっ
「……え……?」
彼の両腕が、静かに彼女の腰にまわされた。
「……」
その両腕に、無言で力を込めるユウ。
「ゆ……ユウ―…」
予想外の素敵な展開に、ウララが赤くなった顔を更に赤くすると、
ゴキッ♪
彼女の腰から素敵な音がした。
「ぐは?!」
直後、ユウがパッと両腕を離した為、文字通り腰が砕けたウララは血を吐きながら仰向けに倒れた。
「い、いきなり何すんのよ?!」
驚くべき再生能力!
ウララはすぐに立ち上がって、ユウをズビシッと指さして怒鳴った。
「それはこっちの台詞だ。変態」
すると、ユウがそう言ったので、
「む? "いきなり何すんのよ"がか?」
彼の後ろにいたプリンが小首を傾げた。
「どアホ」
すると、ユウはプリンにそう言って、再びスタスタと歩き出した。
ユウに変態と言われたウララの怒りが爆発している頃。
「……う……く……っ」
その先の廊下でうつ伏せに倒れていたポトフが意識を取り戻した。
「いっ……て―…」
そう言いながら、ポトフが後頭部に右手を当てて上体を起こすと、
「―…え?」
彼は目を見開いた。
「え、ええええェえ?!」
それは、彼の下に人がいたから。
そのことに気付いて、ポトフは驚いてそこから飛び退こうとしたが、彼の動きは止まってしまった。
何故なら、
「……か……可愛い……」
彼の下にいる人物が、人形のように可愛かったから。
美少年とも美少女とも取れる中性的な顔のその人物は、気を失っているのか、目を瞑ったまま動かない。
「……」
それをいいことにじっと見つめていたら、ポトフの右手は自然と彼の後頭部から離れ、ゆっくりとその人物の、短めの綺麗な銀髪へと伸びていった。
――そして、その手が髪に触れるか触れないかというところで、
「《壮麗なる龍はすべてを呑み込む》!!」
「終焉の闇! ダあああああああクネスサクリファイス!!」
ちゅどおおおおおおん!!
「ぐはァ?!」
全身水で出来た巨大な水龍と、漆黒の巨大な十字架が勢いよく飛んできて、彼を思い切りぶっ飛ばした。
「貴様、アオイに何をしたあああ?!」
「こンのど変態がああああ!!」
直後、ユウとココアの怒鳴り声が城に響き渡った。
彼らから見ると、それはそれは大変危険な状態だったようで。