第159回 友劇日和
群青色カレーの継承者がめでたく誕生した次の日のこと。
「ジャガイモとニンジンとタマネギと肉を切って炒めて」
「……うむ」
ミントは食堂で朝食兼昼食に、茶色のカレーを注文した。
「水入れてルゥ入れて」
「……うむ」
彼の正面に座っている短髪プリンは、何やら周囲から熱視線を浴びながら、目の前のカレーに目を落とす。
「そこまでまあ多少っていうかかなり流血沙汰にもなってたけど、鍋のフタを閉めるところまでちゃんとソラさんとオレが見てたよね?」
「……うむ」
ミントの言葉に、うつむいたまま相槌を打つプリン。
「っ、じゃああの色とあの味はどこから来たのさ?! インディゴか!? インディゴ入れたのか?!」
すると、ミントが痺れを切らしたかのように思い切り突っ込み始めた。
「い、インディゴは入れてない」
彼の突っ込みをまともに返すプリン。
「んなこと百も承知だよだから茶色が群青色になるって言うのさ?!」
「ふ、不足している栄養素を補おうと」
「いやなんでオレたちがちょっと目を離した隙に化学実験的なことしちゃうのさ?!」
「ぼ、僕は――」
「あーもーこんなんだからダメなんじゃんかぁ!!」
食堂の隅っこでぎゃーぎゃーと主にミントが騒いでいると、
「? どしたんだァ?」
鹿サンドを持ってやってきたポトフが、その騒ぎに首を傾げた。
ガタンッ!!
すると、テーブルに両手をつけて乱暴にイスを鳴らしながら立ち上がったプリンは、
「っ、ミントのばかぁ!!」
そう言って、食堂から走り去っていった。
「……」
「……」
「「……」」
しん、と静まり返った食堂。
テーブルに残されたミントは、プリンの背中を見送った後、席に座ったまま無言でうつむいた。
「ミント……」
そんな彼の名前を呼びながら、ポトフが隣の席に腰を下ろすと、
「……。……そりゃあ、学年トップからしたら、学年平均なんてバカに決まってるじゃんか……」
「っえ、そこ?!」
ミントがぼそっと呟いたので、落ち込みポイント違うくない?! と彼はミントの代わりに突っ込んだ。
「あーもー、ホント何やってんのさ? こんなんだから」
すると、ミントはこつんと頭をテーブルに乗せ、
「……オレのバカ……」
食堂の床に向かって自己嫌悪。
「あは、ミントは喧嘩がへたくそだなァ?」
彼の隣でテーブルの縁に背中を預けたポトフが、困ったように笑いながら鹿サンドの包みを開けた。
「……へた?」
床とにらめっこしたままの状態で、ミントが弱々しく聞き返すと、
「喧嘩ってのは、謝ったら負けなんだぜェ?」
はぐっと鹿サンドをいただきながら、ポトフが優しくそう教えた。
「ああ……だからキミらは絶対に謝んないんだね」
「おォ!? そ、そう、だな?」
俺の話にされたっ? と、びっくりしつつも、ポトフが肯定すると、
「……じゃあ、オレは自分から仕掛けといて負けちゃったわけだね?」
喧嘩慣れしていないミントは、顔をあげないまま呟いた。
「んなことより」
するとポトフは話をぶった切り、
「今気付いたんだけど俺、ミントと喧嘩したことなくねェ?」
と、鹿サンドの包みをくしゃっと丸めながら、どうでもいい話を持ち出した。
「……。そだね」
ミントもミントで、その話題に素直についていく。
「滅多に喧嘩しねェのに、するときは枕とばっかだよなァ」
「……何? オレと喧嘩したいの?」
くーるくーると包み紙を丸めながら口を尖らせている彼に、ミントが無気力に質問すると、
「だって、喧嘩するほど仲が良いって言うだろォ?」
とうっとゴミ箱に向けて包み紙ボールを投げたポトフがそう言った。
「……。詰まり、キミはプリンと仲良しということを認めると?」
見事にシュートを決めた彼に、一向に顔をあげないミントが尋ねると、
「え?! い、いいいいやっ、そォいう路線ではなくてっ!」
慌てたポトフはわけの分からない否定をした後、
「そ、それに。ミントはまだ負けてないぜェ?」
自分でねじ曲げた話を強引に修正した。
「……へ?」
「だって、まだ枕には謝ってねェだろォ? それに」
ようやく顔をあげてくれたミントに、ポトフはにこっと明るく笑ってみせた。
「あいつ、バカみたいに単純だから」
『そー。それであとは煮込むだけだよー』
『うむ』
家庭科調理室の扉の前に長いこと座っていると、扉の隙間から漂ってきたのはカレーのかおり。
「な? 単純だろォ?」
「……」
ポトフの問い掛けに答えずに、扉に背中をつけて体操座りしながら腕の間に顔を埋めていたミントは、すくっと静かに立ち上がった。
「あは……」
喧嘩向きじゃねェなとしみじみ理解したポトフも、つられて一緒に立ち上がる。
ガラッ
「「?」」
突然ノックもなく開いた扉に、室内にいたプリンとココアが驚いてそちらに顔を向けると、
「プリン」
そこには、ミントが立っていた。
「ごめんね」
泣きながら。
「……! ううむ、悪いのは僕だっ!」
それに驚いたプリンは、慌てて首を横に振ってそれを否定した。
「プリン……!」
「ミント……っ」
互いに涙目になりながら名前を呼び合った後、
「プリンーーーーっ!!」
彼らは互いに駆け寄った。
「ミン」
ドカアアアアアアアン!!
――ところ、プリンの腹にポトフの右足がめり込んだ。
「「ってプリンーーーーー?!」」
飛び蹴りによって勢い良くぶっ飛んだ彼を心配するミントとココア。
「っ、き、貴……様……っ突然何をするっ!?」
腹を押さえながらよろっと立ち上がるプリン。
「……前からな。テメェに言いたかったことがあるんだ」
そんな彼を、真剣な眼で睨み付けるポトフ。
「ぽ、ポトフ? 悪いのはオレなんだよ―…」
彼の剣幕に、自分の為に怒っているのかと思ったミントの発言の途中で、
「ミントと仲直りする為にちゃんとしたカレーを作るのはいい。だがな」
ポトフは、それを遮った。
「ココアちゃんと、いちゃつくなァァァァァ!!」
という、理由で。
「えぇ?! カレー作るの手伝ってただけで別にいちゃついてないよー!?」
「……。……ああ、オレがドアの前で座ってる間ずっと隣で我慢してたんだね。ごめんポトフ」
ドカンバコンと喧嘩を始めたプリンとポトフを眺めながら、焦るココアと謝るミントであった。