第156回 ヘア変日和
秋の日の昼下がり、国立魔法学校の中庭の中央で、一陣の風が生まれた。
ザンッッッッッッッッ!!
――その刹那の出来事は、ミントとアオイとココアにとって、とてつもなく長い時間に感じられた。
身の丈ほどもある巨大な鎌の柄を両手でしっかりと握り締め、からだ全体を上手に使うことによって生み出された斬撃と太刀風。
その勢いを殺すことなく、三日月型の不揃いな刃は、口を塞ぐと同時に五体の動きを封じている薔薇の鞭によって身動きが取れないプリンの首を、風を切る音とともに真一文字に掻き切った。
ドサ……
全身の力の支配を失った彼の体は、勢いを殺すように刃の軌跡に従って倒れ、
バサァッ
それに少し遅れて、首を通った際に一緒に切れてしまった彼の長い綺麗な髪が、宙を舞って地に落ちた。
「「――!?」」
その瞬間の出来事を、ミントとアオイは為す術もなくただただ目を見開いたまま眺めていて、
「――っ、きゃあああああ!!」
バスケットとポットを取り落としたココアは、その両手で視界を遮り、恐怖に引きつった悲鳴をあげた。
「……ん?」
彼女の悲鳴に疑問符を浮かべて振り向いた死神は、
「ああっ! もったいない!」
クッキーがココアの足元に散らばっていることに気が付いてそう言った。
「し……死神……さん……っ?」
上体を起こしてこちらを見ていたアオイの、酷く震えた声に死神が反応したところ、
「ん、で……、っ、なんでプリンを殺したのさ?!」
がっとミントに胸ぐらを掴まれた。
「? 何を――」
「オレはっ!! オレは、プリンを……助けて……って……」
吊り上げた眉が力なく下がり、ミントはライトグリーンの瞳いっぱいに涙を溜めてその場にへたりと座り込んだ。
「? ……おお。めんご、めんご」
ぼろぼろ泣いている彼を見て、ようやく今の状況が飲み込めた死神は、
「オレ様の鎌子は、オレ様が斬ろうと思ったものだけ斬れるんだ」
そう言って、ちゃんと首がくっついているプリンを彼らによく見せた。
「え?」
その言葉に、プリンに恐る恐る目を向けた三人は、
「……」
「……」
「……」
ちゃんとくっついているプリンの首を、凝視した。
「オレ様が狙ったのは、魔物の魂。詰まり、プリッツは死んでないぞ」
えへん虫! と、死神が胸を張ると、
「……む? ……ぷわぁ」
プリンが目を覚ましてむくりと起き上がった。
「! 枕っ!」
手元にある筈の枕がなく、慌ててキョロキョロして遠くにそれを発見し、プリンが枕を取りに行こうとしたところ、
「プリンーーーーー!!」
「ぴわぁ?!」
呼べばいいのかと魔法で手元に枕を移動させた彼の胸に、泣きながらミントが飛び込んだ。
「み、ミント?」
「うわーん!! よかったよー!!」
「うむ? 何が――」
「ふえええん!! よかったー!!」
「こ、ココア?」
「よかった、よかったぁっ!」
「あ、アオイ……?」
「フッフッフッ。流石オレ様」
「「うわーん!!」」
「???」
一人が不敵に笑って三人が泣いて六人が気絶という混沌とした状況下で、ただただ疑問符を浮かべてわけも分からずひっついているミントの頭を撫でていたプリンは、
「――?!」
自分の髪が、辺りに散乱していることに気が付いた。
「か、髪がないっ!?」
そして、ある筈の髪がないことにも気が付いた。
何やら先程から誤解を招きそうなことを言っているのは、気のせいなのかどうなのか。
「フッフッフッ。プリッツの髪が左だけ短いという不自然な長さだったからオレ様が揃えてやったんだぞ? 一瞬カットで」
首の付け根辺りで一直線にぶった切られた髪に驚くプリンをよそに、死神は、十分カットに勝ったとばかりに、何故か誇らしげだったという。
「将来はチョコレートはやめて床屋さんになろうかな?」
「いや、ハサミの代わりに大鎌使う床屋さんなんて誰もこないから! 前髪とか絶対切れないから! そしておかっぱヘアー大流行しちゃうから! って言うかチョコレートってなんなのさ?!」
「ちちち。切るだけじゃない。オレ様は、"刈る"のも得意だ」
「"刈る"の意味違って言うか怖ぇぇぇ!?」
元気なミントと死神と、いまだに泣いているココアとアオイと、ボロカスで倒れているポトフとアセロラとリンとユウとウララをよそに、
「す、すーすーするっ!」
今までが伸びまくっていた分、短髪の涼しさに青くなるプリンであった。
優しい風に木々が揺れる静かで小さな街、アクリウム。
森で囲まれたその街の外れにある青い屋根の家の一階にある美容室に、
「ぴ、わ……」
プリンは座っていた。
「わぁ、これは思いっきり切られちゃったねぇ」
あんなに綺麗な髪だったのに、と残念そうに今やセミロングと化した水色の髪を梳いている途中で、
「わわ……」
茶髪お兄さんのソラは、プリンが固まっていることに気が付いた。
「? ……もしかして、こういうとこに来たの初めて?」
というソラの問いに、プリンがこくりと頷いたのを見て、
「はェ?! じゃァ、お前今まではどォしてたんだよ!?」
驚いたポトフが更に質問した。
「自分で」
ハサミを使って適当な長さにちょっきんと。
「ああ」
「成程ねー」
だからたまに後ろ髪が短くなってたのか、とか思いながら、ぽんと手を叩いたミントとココアの隣で、
「おま……そんなずぼらなクセにモテモテだったのかァ?!」
制服はきちんと着るくせに私服のみならず身だしなみもずぼらだった彼に、ポトフは衝撃を受けていた。
「ず、ずぼらじゃないしモテモテでもないっ!」
プリン、否定。
「バカかお前よくレディたちの間で俺と比べられてんだぞ?!」
ポトフ、具体例。
「知ってる知ってるー。付き合うならポトフで結婚するならプリンってやつだよねー」
ココア、複雑。
「なんなのさその議論?」
ミント、げんなり。
「ホント綺麗な髪だなぁ」
ソラ、うっとり。
そうして和やかに時間が過ぎ、
バサッ
「はい、おしまい」
ソラの仕事が、終了した。
「……」
「……」
「……」
「……」
今、鏡の前に座っているプリンは、以前の長髪でもなければ、さっきまでのセミロングでもない、
「……ふ」
「ふっ……」
「「双子……っ!!」」
――ポトフヘア。
「ちょ、おにィさん?!」
「わあ、双子双子♪」
「双子じゃな――いや双子だけどって言うかなんでストレートだったのにちょっと撥ねてんですか?!」
「いやぁ、短くしたら自然と撥ねちゃって♪」
「ぴわわ、だ、だから僕は短くしたくなかったんだっ!」
「僕、プリンくんとポトフくんが双子だって聞いたときから、二人を同じ髪型にしてみたかったんだぁ♪」
「「ヤーーーーー?!」」
こうして、プリンのながったらしい髪は、見事に短くなりましたとさ。
「プリンが短くしたら撥ねるってことは、ポトフが長くしたらサラサラストレートになるのかなー?」
「……。それってどうなのさ?」




